三年、二人、一夜。ゼロ距離まで。

三年、二人、一夜。ゼロ距離まで。


 地元が好きだ。ぶっちゃけつまらない場所だと思ってはいるど、それでも好きだ。

 よそ者が当然そうな顔してほっつき歩いてるのを見ると、ムカッ腹が立つぐらいに。

 そんなよそ者に恋をするとは、全くもって人生は分からない。……と、たかだか十何歳だけど思う。

 だいたい三年ぐらい前になるか。林間学校でパルデアからやってきたそいつは、ハルトという名前だった。ちょうどあたしの弟のスグリと同じ年頃。だけど何だかんだこのあたしと血を分け合っているだけあるスグリに比べれば、さほど目鼻立ちはハッキリとはしていない。いかにも十代前半の子供って感じの顔だった。将来有望そうではあったと、一応の注釈ぐらいは入れてあげてもいい。


 あたしはぶっちゃけ美人だ。少し眉が太めなのは血筋を恨むとして、まあ整えれば済む話だと思えば十二分に恵まれた容姿をしている自信がある。

 キタカミどころか、もしパルデアに行っても人目を引くような顔だと正直思ってる。デレデレされるのはキモいけど、自分の好きな部分を褒められて悪い気はしない。

 林間学校の課題でペアを組んだ男子も鼻の下伸ばしてた気がするしね。今自意識過剰とか言ったヤツ、口に気をつけないと手が出るわよ。三年経って記憶が美化されてるって言ったヤツも同罪。いいわね?

 ……が、当のハルトだ。この男、全くあたしの容姿を褒めない。ポケモン勝負でも一切手を抜かない。

 手を抜かれたらキレるけど、「ここここ、こんな美人さんっと戦えるなんておおおっ畏っ、畏れ多いよ〜〜〜!!」ぐらいなってもいいじゃん。

 で無駄に強いし。キタカミに到着してからあたしとやり合うまでの短い間に捕まえたポケモンだけで何でそんなに強いのよコイツ。あたしの方が絶対キタカミのポケモンのことわかってるのに腹立つわね。唯一パルデアから連れてきてた相棒もバカみたいなレベルだったし、きっと純朴そーな顔してるけどとんだ戦闘狂なのね。


 そんなハルトの強さにスグが憧れるのも無理はなかったんだろうなって、今にして思う。

 強くて、優しくて、明るくて。真面目……かはわかんないけど、惹かれるのも無理はない。

 強いて挙げるなら、お人好しすぎて何でもホイホイ安請け合いするタイプっぽいのが欠点だ。誰にでも優しい人ほど、優しくしちゃいけない人にまで優しさを振りまいて根っこを腐らせてしまう。

 スグも、そういうことだったのかもしれない。

 とはいえ今は姉弟仲も良好に戻ったというか、健全にケンカできるぐらいには立ち直ったからいいけど、立ち直らせてくれたのがハルトなら、そもそも歪みが表に出てきたのもハルトがキッカケって面は確かにある。良い友達だけど、良い友達すぎて劇薬だ。

 だからってスグ、「おれ、姉ちゃんが安心してお嫁さ行けるようけっぱる。ハルトのことさ好きなんでしょ?」とか言うのはやめて。

 認めたら負けだと思ってんだから。


 ……と思ってたのも今は昔。ふとした胸の痛みに気付かされたらそこから先は一直線で、あたしはあっさりハルトへの想いを認めるに至った。

 あたしは追う側より追われる側の方がお似合いなのに、よりにもよって弟と同じぐらいのガキ相手に心を千々に乱されるなんて! 不覚よ、不覚!!

 でもまあ? あたしの方が先に好きになったからといって? あたしから告白しなきゃいけないなんてことにはならないし?

 そうだわ。ハルトのことをオトして告白させてやれば最初の負けもチャラじゃない! ……なんて意気込んでたらとっくに三年。林間学校だの交換留学だのが終わってからというもの、スマホロトムでの通話ぐらいでしか顔を合わせられないのがきっと大きなディスアドバンテージになってるのね。

 というかあの男、バトルに相当IQ持ってかれてると見て間違いないわ。

 ニブすぎる。

 恋する乙女(しかも美人)のアピールよ? もっとありがたがりなさいよ。

「姉ちゃんのそういうとこがダメなんでねえか?」

 うっさいスグ。

 本当あの唐変木ときたら、自信なくすわ。いやなくさないけど。後生大事に持ち続けていく所存だけど。

 もっと気軽にデートに誘うとかできれば楽なんだけど遠距離恋愛(片想い)なのがネック……。というか、こんなのあたしらしくないわよ。バトルで勝てない分他のところで最強お姉さんやってやろうと思ってるのに何ひとつとして上手くいってないじゃない。


 ……と、アレコレ思い悩んでいるときに限って急に来るのがハルトクオリティだ。

「久しぶりゼイユ。元気そうでよかった」

 初対面のときから何故だかあたしを呼び捨ててくるハルトだけど、「あたしの方が歳上なんだからさん付けしなさいよ」とか何とか、噛み付く言葉は空気の漏れる音に変わって消えた。

「う、うん……」

 代わりに、生まれて初めて出すほどのしおらしい声。

 スグに身長を抜かれた日に、何気なく心に思い浮かべた光景。いざ実現されるとたまったもんじゃない。

「? どうしたの?」

 どうしたはこっちのセリフよ。何を食ってたら三年でそんなに背ぇ伸びんのよ。

 あたしだって結構高身長のモデル体型で通ってる方なのに、真正面を向けば視線がぶつかるのはハルトの胸板。あの頃はこんな厚みだって感じさせやしなかったはずの場所が、今のあたしの目線の高さにある。

 記憶より陰影のハッキリした鼻筋。低くなった声。……あたしの隣にいて見劣りしないぐらいには、見目麗しいイケメンに育ったわね。

「やっぱ男子なのね、あんたも」

「? それはまあ」

「……何しに来たの」

「オモテ祭り、そろそろだったなと思って」

 覚えてたんだ。毎年のように話に出してたワケでもないのに。

「ゼイユのじんべえ姿、もっかい見たいなって……ダメ?」

 ダメなわけないでしょ……とは即答できなかった。よくよく、恋をするとニンゲン臆病になるもんよね。

「今年はきちんと見とれてくれるのかしら?」

「最初だって見とれてたよ。勝負には持ち込まなかっただけ」

「ぅぐ」

 どこで覚えてきやがったのよその殺し文句は!!! アカデミーってそんな勉強までするわけ!?

「スグリにも会いたいな。彼は元気にしてるの?」

「ええ元気よ。ムカつくぐらいね」

 お陰様で「ハルトに告れ」「ライバルさどんどん増えるぞ」と耳にタコができるレベルでせっついてくるお節介弟の誕生よ。

「そっか、良かった。……ああでも」

「? 何よ」

「今日はゼイユと二人がいいな。スグリと会うのは明日でも明後日でもいいんだし」

「そ、そうなの?」

 いけない、声が裏返った。ハルトのヤツ、いつの間にこんな積極的な男になったのよ。

「うん。スグリは友達だもん。会いたくなったらいつでも会える」

「……っ」

 そう言って屈託なく笑うハルト。ああもうコイツは本当に、なんでこんなに、あたしを安心させる言葉ばかり吐いてくれるんだろう。

 スグのことをあっさりと、でもキッパリと友達として扱ってくれること、何だかんだ姉として、すごく嬉しい。

 あの頃は色々拗れたけれど。ハルトはずっとスグを変わらず友達だと思ってくれてたんだ。

「……りがと」

「?」

「ありがと!!」

「……何が?」

「何が……って、色々よ! ほらアンタ来なさいよ、どうせ着替えなきゃなんだから!」

 勢いに任せて掴んだ右手の、節くれだった男の感触。

 あたしはハルトの手を引いてずんずんと進んでいく。

 振り返りはしない。この頬に集まる熱を、知られたくはなかったから。


 その、わずか数分後。

「……あの、ゼイユ?」

「何よ」

 場所はあたしの家。

 あたしは何故かハルトの体に腕を回してた。ネッコアラみたいに。

「苦しいんだけど」

「……体の傷より痛むわけ?」

 そう。

 慣れたもののあたしが手早く着替え終わって、ハルトの様子を見に来たときのことだった。

 あたし(美女)が入ってきたというのに一切構わず着替え続けるハルトの、その背中にあたしは我が目を疑った。

 小さいけれど、決して少なくはない傷痕の数々。

 見慣れないライドポケモンと共に、パルデア中を駆け回ったというハルトの冒険の日々。その日々の中の、無視できない痛み。どれだけ無茶苦茶してきたのかと呆れるより先に、あたしの頭はハルトへの言いようもない感情に埋め尽くされたのだった。

 その結果の、このザマ。

「体の傷は、全然痛まないよ。アカデミーじゃ医務室のミモザ先生とかに毎回すごく怒られるけど、本当に大したことはないんだ」

「あんた、バカなのね」

「えっ」

「あんたがどう思おうと勝手よ。だけどあんたの周りの人があんたを心配するのだって勝手。……あたしはあたしで」

「心配、してくれた?」

「というより、ムカついた」

 ハルトが「えっウソ」と声を上げるけど、悪いがこればっかりは偽らざる本音だ。

「あたし、普段あんたの近くにはいられない。このキタカミの里があたしの故郷だし、学校だって離れてるから」

「う、うん」

「悔しいのよ。あんたが無茶するのを止めることもできない。それどころか、こんな風に後から知ることしかできない自分に腹が立って仕方ない」

 回した腕に、ハルトが手を添えてくる。労るような、慈しむような、壊れ物に触れるみたいに優しい感触。

「……ゼイユ、意外と優しいよね」

「「意外と」は余計よ。バカ」

「僕のこと、そんなに大事なんだ?」

「大事よ」

 一瞬の迷いなく、答えが口を突いて出た。

 今なら勢い任せで言える気がして、ハルトの背に顔を思い切り埋めて呟いてみる。

「友達じゃ収まらないぐらい、あんたのことが大事。……大好き、なのよ」

「ゼイ、ユ」

「好き。もう、友達としてじゃない。女としてあんたのこと求めてる。手を繋ぎたい。抱きしめたい。抱きしめてほしい。それに、キ────」

 言いかけて、ハルトの手に強い力がこもった。踏み込みすぎたかと今更ながら我に返って、回していた腕をほどいてしまう。

 振り返るハルト。複雑そうな表情だったけど、その頬には確かに朱が差していて。

「「それに、」の続き」

「ぇ……」

「聞かせて」

 言葉とは裏腹、近づいてくる顔。

「今からすることが正解か、僕にはわかんないから」

 言わせるつもりないじゃない。

 「バカ」の二文字だけが喉の奥でつっかえる。

 言葉は結局言葉にはならなくって、そのまま生ぬるい空気が、あたしの口からハルトの口へと移っていくだけだった。


 いつの間に眠ってしまったのかも、正直いって分からない。

 目を覚ますとまだ夜だった。

 着崩されたじんべえ。とはいえ何事があったでもないことは────残念ながら────体の感覚でわかった。

(そわそわしすぎて着方が雑になってたってとこかしら)

 辺りを見回すけどハルトはいない。

(……結局、あいつの方から「好き」とは言ってもらってないわね)

 うだるような熱帯夜が、熱に浮かされたような夢を連れてきただけだったのか。

 それは流石にない(色んな意味で)と思っていたら、部屋にハルトがおずおずと入ってきた。

「どこ行ってたのよ」

「え゙、その……スグリと、お祭りに」

「ハァ!?」

「ひっ」

 信じられない野郎だ。女ひとり部屋に寝かせて友達とお祭り行ってやがったわよこの男。

「呆れた。やっぱあんた、女心ってもんが分かってないわ」

「ご、ごめん。……その、二人で話したいこととかもあったから」

「何……いや聞かない。あたしには言えないことなんだもんね」

 皮肉っぽくなってしまったのは性格のせいか。

 ついツンと言ってしまうあたしに、ハルトは苦笑いで返してきた。

「その、僕のこと、お義兄さんって呼ぶことになっても平気か……って」

「…………え」

「そりゃ、キスしかしてないけど、でもキスだけだって、結構な覚悟がいるっていうか……! 僕だって、そんな無責任なアレでは決して、その!」

 しどろもどろなハルト。昨日のアレが嘘みたいだ。

 なんだかおかしくって、ぷっと噴き出してしまう。

「ちょ、笑わないでよ……」

「締まらない男ね、あんた」

 でもまああたしは優しいから、挽回のチャンスぐらいはあげてやってもいいわ。

 手を差し出して、請う。

「あたしのこと、ちゃんと好きって言いなさい。最後ぐらいカッコよくキメたいでしょ、ハルト?」

 女王様みたいだけど違う。心から、あたしがその言葉を求めてるだけ。

「……わかったよ」

 ハルトが耳まで赤くなって。

 そして。

「────────」

 かくしてあたしはハルトに敗北宣言を頂いたわけだけど、そのときハルトが何を言って何をしたのかの詳細は、伏せさせてもらうことにする。ハルトの名誉のため……と言いたいけど実際は違う。あの唐変木に守る名誉なんて大してないもの。

 守りたいのはあたしの名誉。

 三年越しの恋心にいちげきひっさつを受けてどうなったかなんて、語れるワケないじゃない!

Report Page