三ノ輪銀の幸せ①
ナナシ最近、『幸せ』が怖くなった。
幸せの絶頂って言葉の通り、誰もが幸せってのは上に昇るものだって思う。
『幸せ』と『不幸』の二つの言葉を聞いて、二つを上下に分けるとしたら、たぶん皆『幸せ』を上、『不幸』を下にするんじゃないか?
少なくともアタシならそう分ける。
だったら今が幸せなら、後は転がり落ちるだけなんじゃないかって、最近思うようになったんだ。
……らしくないってのは分かってる。
元気が取り柄の銀様がなーにしょぼくれたことを言ってるんだ!
……って、きっと昔のアタシが聞いたら笑い飛ばすさ。
でも、今のアタシにはそんな元気はないんだ。
そう、この間のアレのせいで……。
・・・・・・・・・・・・・・
「おーい、銀! 見てくれよ! ついに完成したんだ!」
「んー? お昼でもできたのか? アタシ、今日は肉うどんが食べたい気分だぜ?」
「ちげーよっ! 昼ごはんは野菜炒め……じゃなくてっ! 義手だよ! 義手っ! お前の義手ができたんだよ!」
「え……マジで?」
「マジで!」
「ワイが?」
「俺がっ!」
「作った?」
「作った……って、なんだよこのコント!?」
「ハハハ! わりぃ、わりぃ! 嬉しくて、ついからかっちまった! ……本当に、作ってくれたんだな……」
「当たり前だろ! なんのために、わざわざ家から遠いあんな大学まで通ってると思ってんだ! ほれ、着けてやるから、こっち来いよ」
「お、おう!」
「えーっと、これを、こうして…………できた!」
「うおぉぉぉ! すげぇ! 本当の腕みたいだ!」
「ふっふっふっふ……! すごかろう……! ヤバかろう……! これぞ我がワイ研究所(仮)の最高傑作よぉ……!」
「ほんとに、すげぇ……。本物の腕が、戻ってきたみたいだ……」
「どうだ? 特に動かすのに支障はないか?」
「あぁ……全く問題ないぞ! へへへ、パーフェクト銀様の復活だ!」
「よっしゃぁっ! 苦労して造った甲斐があったぜ……!」
「な、なぁ……ワイ。本当に……ありがとう、な……。アタシ、この恩は一生忘れないから……」
「なーに、良いってことよ! オレと銀の仲だろ?」
「あ、ああ! そうだなっ!」
「だから、銀。オレからも一つ伝えたいことがあるんだ」
「え……な、なんだよ、急に……」
「実は、オレと……」
「う、うん……」
「オレと……別れてほしいんだ」
「……………へ?」
「いやー、銀が隻腕だったから、オレが面倒みてたけどさ? 両手使えるようになったら、もう大丈夫だろ?」
「へ? え? ……は?」
「よかった、よかった。これからも、ずーーーーーっと、お前なんかの面倒みないといけないなんてイヤだったからさー。頑張って義手を作ったんだよー。くーっ! これで、ようやくオレも自由だぜっ!」
「え、いや、おい? わ、ワイ……? 冗談にしては、わ、笑えないぞ……?」
「冗談じゃねえよ。お前とはこれでお別れだって言ったんだよ」
「な、なんで……? なんで、だよ……? あ、あんなに、アタシのこと……す、好き、だって……」
「嘘に決まってんだろ。家事もできねー。胸も小せー。おまけにエロいことする時も、いつもマグロ。そんなヤツを好きになる男なんているわけねーだろ?」
「う、嘘だ……うそ……お前が……ワイが、そんなこと……言うわけ…………っ」
「じゃあな、元隻腕女。その義手はくれてやるから、幸せになー」
「ま、待ってくれ……! 待って……! こ、これからは何でもやるからっ! 料理も、洗濯も、全部する! え、エロいことだって、が、頑張って、満足してもらえるように……!」
「わりぃな。オレ、胸のない女に興味ねーんだ」
「い、嫌だ……! あ、アタシは、ワイが……お前が、いないと……っ!」
「じゃーなー」
「あ……っ!? ま、待ってくれぇっ! 置いて行かないでくれぇっ! ワイいいいいいいいぃぃぃッ!!!」
——ちゅん、ちゅん
「……はっ? ゆ、夢……?」
・・・・・・・・・・・・
——バカみたいな夢だろ?
アイツが……ワイが、そんなこと言うわけないのにさ……。
でも、その時にアタシは思ったんだ。
……アタシは、アイツの何の役に立ってるんだ、って。
だってそうだろ?
片腕がないせいで料理は上手くできないし、洗濯だって一苦労。
掃除くらいはなんとかできるけど、それだってワイがいる時はアイツが率先してやっちまう。
え、エッチなことだって、アタシは、その…………い、いつもアイツに任せきりで、き、気持ち良くさせてもらって……ばかりで……。
アイツは、アタシに貰ってばかりで……何も返せていないんじゃないかって……思っちまったんだ……。
……だから怖いんだ。
もし、これ以上幸せになっちまったら、不幸のどん底まで落ちちゃうじゃないかって……。
アイツが……ワイが、アタシの前から……いなくなっちまうんじゃないかって……。
……どうしても、思っちまうんだ……。
なぁ、ワイ?
アタシは女らしくなくて、意地っ張りで、お前に迷惑ばかりかけてるけどさ……。
そんなアタシでも、お前の横に……居てもいいか……?
アタシは……。
アタシは、お前がいないと……もう、ダメなんだよ……。
ワイ……。
好きだ。
愛してる。
だから。
だから。
だから。
——だから、なんでもするから、アタシを横に置いてくれ……。
なぁ、ワイ……頼むよ……。
お願いだ……。
ワイ…………。