三つ巴マイナス1
死の足音が聞こえる。
一対一の決闘に敗ければ、死は必定。
脳も、肉体も、神経も、骨の一片に至るまでそれを受け入れている。
なのに、魂はまだ戦えると叫んでいる。
過去も今も誰一人とて救えてないのに、ここで斃れて良い筈がないのだと、地面に指を突き立てて。
「がっ…!」
路傍の虫のように踏みつけられた。
「似てねぇ」
兜の奥の瞳は、何の感慨もなさそうに暗く。
「バーサーカー!」「あぁ、令呪使おうってんなら無駄だぞ。お前が喋るより早く殺す」
振り上げられた剣は、死神の鎌にしてはあまりにも輝いていた。
光が、喉元へと近づいてくる。
目に映るは走馬灯ではなく。
遥か空から飛来するもう一つの光が。
早く。
速く。
大きく。
「…あ?」
──────────銀の魔弾が、爆風と衝撃と共に自分達の間を貫いた。
吹き上がる砂埃と、キィィィンと耳に残り続ける響音に包まれる。
「ァあ…三回目かよ…」
心底腹立たしそうな声とほぼ同時に、砂煙は収まり、砂塵の中に影が浮かび上がる。
砂煙と爆音の母胎、魔弾により作り出されたクレーターの中心。
その佇まいは余りにも美しく、砂塵荒れ狂うこの戦場とは凡そ似つかわしくない。
その瞳は、自分の内をも、過去すらも見透かされているようで…ひどく不愉快だった。
「………お仲間がいるかと思いましたが…どうやら、見当違いだったようですね」
小鳥の囀りに似た声で紡がれる言葉。されど、その言葉には明らかな殺意と…諦念が含まれていた。
「…悪ぃが俺は女が死ぬ程苦手でな。降参してくれるってんなら助か───────」
「ですが」
男の声が聞こえぬのか、聞いてないのか。
天使は愛おしそうな眼で、自分と男を見つめて。
「─────────英雄(ヘルギ)は、二人も見つけられました」
瞬間。銀の魔槍が顕現する。
天使の身の丈をゆうに超える三叉の槍は、一切の迷いなく男に向かって振るわれる。
「あぁ、クソッ!だから女ってのは…!」
忌々しそうに舌打ちをしながら、男は自らの剣で槍を防ぎ─────その瞬間には既に天使の姿はなかった。 ただ一瞬の閃光と衝撃のみを残して、彼女は男の頭上にて、再びその槍を振り下ろす。男も、咄嗟に剣で防御し─────轟音と衝撃がこの戦場に響き渡る。
ただ呆然と立ち尽くしたまま、自身がどうすべきなのか分からなかった。今、ここで自分が飛び出す意味はあるのだろうか。それとも傍観するべきなのだろうか。
答えは出ないままに────────ならば自分は自分のなすべきことをするべきだ、と身体を這わし主の身元を身を寄せる。
主は、衝撃に気を失なっているのか、それとも別種の要因か、樹木の根へと身体を寄せて倒れていた。
「マスター!」
そう叫んで主の身体を抱き上げるも、返答はない。ただぐったりと力無く自らの腕に抱かれるだけの人形と成り果てていた。
とにかく、あの二騎が争ってる内にその場を離脱しなければ。 そう考え、この場から離れるべく立ち上がろとして。
眼前に迫る、魔槍の穂先を補足した。
「え────」
大きく身体を仰け反らせて、なんとかその槍を避ける。背後の樹木は大きく抉れており、あのまま棒立ちであれば───そう考えるだけで背筋が凍る。
「いけませんよ、もう一人の英雄(ヘルギ)…こちらの英雄(ヘルギ)を殺した後に貴方も殺してあげますから、動かないでください…」
「………あ…」
主を背負ったままではとても逃げ切れない。
そう判断して、主を降ろし、再び寝かせる。
それを視認した天使はニコリと微笑み、また男との戦いを再会した。
「マス、ター…」
自分は、何故。どうして、弱いのだろう。
死の間際に逡巡し続けた問いを、今再び逡巡する。
強く、なりたい。
あの悲劇を、また繰り返したくないから。
もう誰にも、涙を流させたくないから。
───────本当に?