一護と死神
名も無き駄文書き夜の町を駆け抜け、この町の担当死神である朽木ルキアは指令にあった虚を探していた
近くであるのは分かるのに何故か霧がかかっているかのように位置が掴めない
これがその虚の能力なのだろうか?だとすれば厄介だな
気配を探りながら侵入した部屋、住人がいたが気にする事無く気配を探り続ける
だがやはり気配が掴めない、むしろ先程より酷くなってる気がする
このまま深追いするのは危険なのではないか?
ともすればそんな気弱な考えすら浮かびそうになる
何を馬鹿な事を、こんな任務すらこなせないなど朽木家の名折れだ
「……い」
信じて送り出してくれた虎徹三席の顔に泥を塗る事にもなる、絶対にこの任務を成功させねばならない
そんな考えに没頭していた故か
「おいっつってんだろ!!」
先程から声を掛けていた少年の存在に気付かず、遂に切れた少年から蹴りの一撃を食らった
「人の部屋でいつまでもブツブツうっせぇんだよ!用がねぇんならさっさと出てけ死神!!」
「き…貴様…私の姿が見えるのか…?ていうか今蹴り…、いやそれより死神を知っているのか!?」
「知ってて悪いか!?つかあんたがここにいるって事は近くに虚がいんだろ!?さっさと仕事しに行け!!」
「…虚の事も知っているのか、どこでそれを…あ、いや私も探しているのだがどうも気配が感じられなくなって…」
「!聞こえた!近いぞ!!」
「は?」
言うやいなや、少年はドアを開け外に出る
途端、それまで分からなかったのが信じられない程の霊圧を感じた
それに混乱しそうになるルキアを置いて少年は階段を駆け下りて行く
「待て!お前が行っても何も出来ん!」
それでも止まらぬ少年を追って階段を降りると
「伏せろ!!」
少年の声に僅かに遅れて何かが壊れる轟音がした
ルキアが見たのは壁に空いた大穴と、妹と思われる二人の少女を守るように抱き締める少年と、穴からこちらを見る虚の姿だった
「…おにいちゃん、なにが」
「……一兄、…あれなに」
何が起こったのか全く分かっていないだろう茶髪の少女と、黒髪の少女は見えているのか虚に恐怖の目を向けている
そんな二人をしっかりと抱き締め、少年は虚を睨みつける
どうやら三人とも目に見える怪我はなく、室内には他に誰もいないようだ
「下がっていろ!」
ルキアは刀を抜き虚に対峙する
「おい!死神!!」
おそらくルキアの外見の幼さに心配しているのだろう
「案ずるな、私はこう見えても貴様の10倍近くは生きておる、このような雑魚に遅れはとらん…貴様は自分の妹達を守れ」
そう言い残し、虚に斬り掛かる
通常、虚と戦う時の基本は虚の隙を伺っての不意打ちだが、この状況でそんな事言ってはいられない
虚は丸太のように太い腕を振るいルキアを押し潰そうするが、それをすり抜け腕を斬る
痛みで咆哮を上げた隙に弱点である頭に全力の一撃を入れるとあっさりと虚の頭が割れた
だが
(?…手応えが、軽い?)
以前の現世任務で倒した虚の時と違う感触にルキアは戸惑った
「後ろだ!死神!」
「な!?」
少年の声に振り向こうとしたがそれより早く背中に激痛が走った
地面に倒れそうになるのを堪え、距離を取り振り返ると、そこには倒した筈の虚と全く同じ虚がいた
「…なん、だと!?」
驚くルキアを嘲笑うかのように更に三体の、全く同じ姿をした虚が現れる
姿だけでなく霊圧も同じ事から、この虚の能力は分身か分裂なのだろう
相手が一体だけだと油断した
傷は決して浅くない、これでこの数の敵を、しかも少年達を守りながら…
どう考えても結末は見えている
ならば…
「逃げろ!私が食い止めている間に妹達を連れて早くここから逃げろ!!」
「な!何言ってんだ!そんな怪我で!」
「貴様らがいたのでは邪魔だ!さっさと逃げろ!」
「心配するな…貴様らの後は一体たりとも追わせん…私が全てここで倒す」
たとえ…私の命に代えても
あの人の命と引き換えに永らえたこの命、この者達の為に失うなら…本望だ
覚悟を決め、虚の群れに特攻を仕掛けようとした
その時背後で凄まじい霊圧が現れた
ふざけるな!
そう叫びたかった
あの深手ではまともに戦えはしない、確実に死にに行くようなものだ
「…おにいちゃん」
「…一兄…あの子」
見えなくても唯ならぬ事態だと察し怯えている遊子、見えているが故に事態を理解し死神の身を案じている夏梨
大切な、守るべき妹達
自分がやろうとしている事は二人を危険に晒す事に繋がるかもしれない
自分達の平穏を優先するなら、あの死神を見殺しにする方がいいのかもしれない
だけど
「…夏梨、遊子を頼む…遊子は夏梨の言う通りにしろ」
「一兄?」
「おにいちゃん?」
(オイオイ、やる気か?本当に甘ちゃんだな)
(一護、その意味を分かっているのか?)
頭の中に響く二つの声
自分と良く似た、嘲りと呆れを込めた声
低く落ち着いた、自分の決意を見定める声
(悪ぃ、だけど……あいつを見捨てたら、俺は一生、俺を許せなくなる)
(……なら、さっさと済ませて来い、王よ)
(それがお前の決めた事なら、私達は力を貸そう)
(ありがとな)
右目に手を翳すと慣れた感覚が呼び起こされる
手を離したそこには
「……どういう、…ことだ」
一瞬、正に一瞬の内に四体の虚が消え去った
自分を庇うように眼前に立っているのは先程の少年
だが
(先程と気配が変わっている!?どういう事だ、この気配は!それに、あれは…)
少年の右目周辺を覆うのは、一本角が生えた禍々しさを感じさせる仮面、それはまるで破れた虚の仮面を思わせる
手にした黒い短刀を振るえば黒い刃のような斬撃が虚を切り刻んだ
その実力も霊圧も、単なる現世の子供にありえない程
そして何より、その気配は虚のそれに似ている
(まさか虚が人間の振りをしていたのか?いや、それなら正体を明かす必要など)
あまりにも有り得ない状況にルキアは混乱していた
「こんばんわ〜」
だから気付けなかった、否、混乱してなくても気付けなかったかも知れない
その声を最後にルキアの意識は途切れた
「浦原さん!?」
顔馴染みの唐突な登場に一護は驚きの声を上げる
そこにいたのは浦原商店の店主にして一護の師の一人浦原喜助であった
「怪我人は、こちらの死神だけですね…では」
瞬間、浦原は妹達の前に現れ、その眼前で小さな爆発が起こる
「このお二人が知るにはまだ早いですからね…壁の穴は適当に事故って事にさせていただきました」
一護も何度か見た記憶置換の道具を手に、倒れそうになった二人を受け止める
「それから、そちらの死神はこちらで引き取ります」
「!、…浦原さん、こいつは!」
「ああ、心配しなくても口封じに命を、なんてしませんよ…ただ怪我をある程度治した上で記憶を書き換えます……多少の手傷は負ったが無事虚を倒して貴方々への処置もして立ち去った、という記憶にね」
淡々とそう告げる浦原に一護はホッとしたが、何度見ても無断で記憶書き換える事に罪悪感は拭えない
そして彼とそれなりの付き合いを持つ浦原がそれに気付けない筈もなく
「一護さん、貴方の事が尸魂界に知られれば危険に晒されるのは貴方だけじゃない、それは分かっていますね?」
分かっているそんな事は、それでも死を覚悟しても自分達を守ろうとしてくれたこの死神に対して申し訳無いと思ってしまう
「…それに記憶を消すのは彼女の為にもなるでしょうし」
「え?」
葛藤する一護を見かねたのか、浦原はそんな事を言い出した
「こちらとしては尸魂界に知られる訳にはいかない、なら彼女には黙っていて貰うしかありません、それこそ彼女の意思は関係なく……ですがそれは事が明るみに出た時に彼女の責任問題になりますし、軽い処分では済まされない可能性も多いにある」
そう語る浦原の目は一切笑っておらず、その場の空気すら重たくなった錯覚さえさせた
「…ですので、それならいっその事全部忘れてしまえば彼女もアタシ達も安全でしょう」
それは一護も納得出来た、というより一護の罪悪感を軽くする為の理由付けなのは明白だ
ならば自分にはこれ以上何も言うべきでは無い
「分かった…浦原さん、そいつの手当て頼む」
「はい、承りました」
では、と言いながら死神を抱えると浦原は夜の町へと消えていった
「…う、…あ、ここは?」
痛みに呻きながら目を覚ますとビルの屋上にいた
記憶を辿れば、自分はあの虚に手傷を負わされたのだと思い出す
あんな雑魚に無様な、そうは思うがあの兄妹を守れた事は満足だった
どうやら私は、まだ死ねないようだ…
誇らしさと自嘲が混ざった複雑な思いを抱え、手当てを終えるとルキアは再び夜の町に駆け出した
「上手くいったようですな、店長」
「ええ、違和感も感じてないようで何よりです」
ルキアのすぐ側に潜み様子を伺っていた浦原と鉄裁は胸を撫で下ろした
技術に自信は有ったが万が一が無いとも限らない
用心はいくらしても充分などないのだから
(とは言え、今夜の件は何がある)
何故、あんな雑魚が一護の縄張りであるクロサキ医院を襲ったのか
これまで無かった事をただの偶然と片付ける気は更々無い
(まあ、今は『これ』の新しい隠し場所を探すのが優先ですね)