一緒に
「いや~美味ェ!!こんな美味いメシを食うのは久しぶりだ!!」
「ホント、そうだね。今までは落ち着いて食べることも出来なかったし」
新世代の英雄にして天竜人に牙を剥いた大罪人、モンキー・D・ルフィ元海軍本部大佐とウタ元海軍本部准将は現在、女ヶ島に身を寄せていた。
二人の境遇を聞いて親身になった七武海”海賊女帝”ボア・ハンコックが匿ってくれたのだ。
それだけのみならずこうして夕餉まで提供してもらった。質も量も伴った満足のいく食事は久しぶりだ。
海賊嫌いのウタだが、ハンコックから聞かされた彼女の過去、そしてここまでの支援がしてもらえたともなれば相応に態度は軟化する。
事が終わったら恩を返さないといけないな等と、柄にもないことを考えていた。
「いやホントに美味ェよこの海王類入りペンネ・ゴルゴンゾーラ!!ウタ、一回でいいからいつか作ってくれよ!!レシピ教えてもらったんだろ?」
「ふふ、仕方ないなあ。いいよ、ここにいる間は作ってあげる」
こうした何気ない会話も長らく出来ていなかった。よほどおいしかったのか、ルフィが名物料理をフルネームで記憶するという珍しい事も起こっている。
海軍を追われる前のことを思い出して、無意識に頬が緩む。
だからだろうか。ほんの少しだけルフィが寂しそうな表情をした事に、ウタは気づかなかった。
「――――――なァウタ。おれ思ったんだけどよ」
「ん、何?」
そうしている中、ルフィが食事をやめ、いつになく神妙な表情で口を開く。
思わずウタも手を止めてルフィに目線を向ける。
「お前はおれから離れてここにいるのも良いんじゃねェか?」
「えっ……」
予想だにしなかった物言いにウタの手からフォークとナイフがこぼれる。先端の料理も床に落ちたがそんなことは些事だ。
今、ルフィは何と言った?
「今のおれじゃあお前を守り切れるかわからねェ。このままずっと逃げ続けるのも埒が明かねェ」
「……」
「でもここはハンコックがいるしメシにも困らねェ。海王類と”凪の帯”に囲まれてるから安心だ。それにこの島には女しかいねェだろ?だからよ――――――」
なにやらルフィはしゃべり続けているが、ウタの耳には入ってこない。
頭の中でリフレインするのは、ただの一言のみ。
すなわち、「おれから離れて」。
「……嫌だ」
口から出たのは否定の言葉。か細い響きであったハズのそれは、ルフィの耳にもハッキリと届いた。
思わず喋るのをやめてウタを見やる。
「ウタ……?」
「嫌だ……嫌だよそんなの!!なんで、なんでそんなこと言うの!?離れないって言ったじゃん!!」
「おい、ウタ―――――」
ルフィの静止を聞くことなく、ウタは激情を駆り立て言葉として紡ぎはじめた。
その胸の中で蘇るのは、12年前にシャンクスに置いて行かれた時の記憶。
大切な人に裏切られた最悪の思い出。
もしかして、ルフィも同じように私を置いて行ってしまうんじゃ……。
そう思ってしまうと、叫ばずにはいられなかった。
「私が無能だから!?足引っ張ってばかりだから!?それとも愛想尽かしちゃったから!?」
「そうじゃねェよ!!おれはただお前には安全な――――――」
只事ではないと感じ取ったルフィは、慌ててウタを安心させようと言葉を投げかける。
しかしそれも、今の彼女には届かなかった。
「次からは頑張るから!!なんだってするから!!なんでも言う事聞くから!!もう迷惑かけないから!!」
最早完全に余裕をなくし、ルフィの服を掴んて半狂乱でまくしたてる。それはまるで泣くしかできない幼子――――――かつての自分と同じ――――――のようで。
「だから!!……だから……」
そこまで叫んで、もう限界だというかのようにウタはルフィの胸元に顔をうずめ。
「お願い……捨てないで……置いていかないで……もう、一人ぼっちにしないで……離れたくないよお……ルフィ……」
消え入りそうな声で、泣き縋っていた。
……分かっている。こう見えてルフィは思慮深い部分がある人だ。
今の物言いも、心から自分のことを心配してくれているからこその物。
実際、立地に加え七武海のお膝元という事もあって女ヶ島は世界政府の介入がほぼ皆無な場所だ。ここにいればひとまず身の安全は保障される。
どんな形であれ、ルフィは決して自分を見捨てることはないだろう。
それでも、耐えられない。耐えられる訳がない。
野に下って以降ろくに戦えなくなってしまった時から……否、シャンクスに捨てられた時から、ルフィはずっと自分の事を傍で支えてくれた。
そんな彼に依存するしかない今の己を心底情けないと思いつつも、そうする事を止められなかった。
そんな最愛の幼馴染とどうしても離れたくない。
……どれほど胸の中で泣いていただろうか。ややあって、背中にルフィの手が回されるのを感じた。
抱きしめられる格好となったウタは思わず顔を上げる。そこには申し訳なさと優しさを纏った笑顔のルフィがいた。
「……ごめんな、ウタ。そうだよな、離れないって言ったもんな」
ポンポンと頭を優しく叩かれる。
子供じゃない、と抗議したかったがそうされて心底安堵する自分がいる。
「ごめん……ごめんねルフィ。わがまま言っちゃって」
「わがままなもんか。おれは何があってもお前を見捨てねェ。お前を傷つける奴はブッ飛ばすし、お前が逃げたいならどこまでも一緒に行ってやる。それが……」
ルフィが思い出すのは12年前、シャンクスと別れ際に交わした約束。
ウタに内緒で出港する赤髪海賊団から麦わら帽子とともに彼女を置いていくと聞かされ、そして「ウタのそばに居る事」を誓った記憶。
当のシャンクスから置いていくことを黙っていてほしいと言われた事、ウタがシャンクスを恨んでいる事もあって、口にすることはなかったが。
ともあれ、あの時もウタは今と同じように泣いていた。痛々しくて見ていられなかった。
その様を見続けた事でもともと破るつもりもなかった誓いはより強固となり、原初の信念としてルフィの中に根付いた。
それを危うく反故にするところだった。これではシャンクス達に合わせる顔がない。
なにより……。
「……ルフィ?」
「いや、なんでもねェ。それに、おれだってお前と離れたくねェよ。お前がいなきゃ生きてる意味なんてねェ。ウタが隣にいねェ世界なんて、死んでもゴメンだ。おれは――――――」
ウタの目を見つめ、はっきりと口にする。
「おれは、ウタと一緒に生きていきたい」
なにより、最愛の幼馴染の隣に居てやれない男がどこにいるというのだ。
「あ……」
また涙があふれてくる。しかし今回は悲しいからではない、嬉しいからだ。
一番欲しい言葉をくれたから。己にとっての彼がそうであるように、彼にとっての己が大切な存在だと言ってくれたから。
なにより、大好きな人が隣にいてくれるから。大好きな人の隣にいられるから。これまでも、そしてこれからも。
「ど、どうした!?どっか痛むのか!?食い過ぎたか!?横になるか!?」
「ふふっ……ううん……大丈夫……大丈夫だよ……!!私も、ルフィがいなきゃ嫌。ルフィと一緒に生きていきたい……!!」
先ほどまでの凛とした雰囲気はどこへやら、慌てふためくルフィ。そんな彼を見ていると、泣きながらでも知らず知らず口元が弧を描く。
でも、おかげでどうにか落ち着くことができた。
この人の存在がこれほどの安らぎを与えてくれるなんて、海軍にいた頃は思いもしなかった。いや、自覚がなかっただけか。
そしてそれはルフィにとっても同じらしい。その事実が、ウタの胸の内をどうしようもない程の多幸感で満たしていた。
「……約束だよ。どんなことがあっても離れないって」
「ああ、約束だ。何があってもずっと一緒にいる」
抱き合った二人は優しく笑い向かい合う。
目の前にいる大切な人を離さないように。
そして万感の思いを込めて、愛の言葉を伝え合った。
「ありがとう。大好きだよ、ルフィ」
「ああ、おれも大好きだぞ、ウタ」