一日目 夕方 セカイの星、天翔ける

一日目 夕方 セカイの星、天翔ける


 【クロスオーバー注意】



 シブヤのスクランブル交差点にて、金髪の学生――天馬司は孤独に立っていた。

 司は消え入りそうな己の輝きを必死に保ちながら、付近の看板に目を向ける。

(やはり、いない。“歌姫”初音ミクが。何故だ?昨日は何もなかったはず。)

 先日までの光景であったのならば、CDショップに彼女のウィークリー特集コーナーが堂々と鎮座し、スクランブル交差点ともなれば人々が見慣れてしまったのか無視をするのだろう。

 だが、残ったのものは歌姫が見当たらぬという事実のみ。全ての携帯端末には司の知る音楽プレーヤー・アプリはなく、バーチャルシンガーたちは歌い手から語り手へと変化していた。

 信号が青になり、人々の足音と、視覚障がい者用のアナウンスが響く。司はようやく気付いた。信号機に備えられている黄色の拡声器、そこから流れていた音楽が、かつての歌姫の声に変わっていたことに。

 そして、ふと、思い出す

(そうだ、


✔ビビッドストリートへ行こう。冬弥たちがいるはずだ。あそこならば……

・フェニランへ行こう。青龍院や慶介さん達がいる……。あそこならば…

                )

 そうして司は行く先を宮益坂女学園から、ビビッドストリートへと変えて歩き出した。




◆◆◆



 冬弥の言っていた『WEEKEND GARAGE』という喫茶兼バーに向かって、地図アプリを片手に街を歩く。

 そして、司は異変に気付いた。

(人々に活気がない。冬弥達の話によるとストリート音楽が活発な街だと言っていた。……だが、これではまるで、西部劇のゴーストタウンじゃないか。)

 夕日に染まりかけていたこの街は、人通りがあまりにも少なかった。見かけたとしても顔色が悪く、まるで存在しないナニカを求めて生きている、そのような雰囲気を司ですら感じ取っていた。

 通常の彼ならば即興のショーを執り行い、人々を元気付けようという熱を持っていたのだろう。だが、早朝から放課後の今に至るまで、随所に異変を感じ取り、消耗していた。

 最たるものとして、相棒ともいえる存在、神代類だ。と言っても、彼にはほんの少しキレが無かっただけで、事実、他の人物よりも大きく変わってはいなかった。だが、楽しいのに物足りないという感情を持ったこと、これを司は感じ取っていたのだ。

(――ッ!すまない……。今のオレには人を笑顔には出来ない……。ああ、誰かを笑わせるには自分が笑顔でなければいけない。なのに、どうして、笑えない。笑うことが出来ない!……何故だ……オレ……!)

 彼は多少、ここに来たことを後悔していた。自分一人では誰も笑顔に出来ない。無意味な謝罪を繰り返すことしか出来ない己を恥じていた。



 抑止力に選ばれ、異変解決の為のチカラ/キオクを持った彼の翼は、ここで折れようとしていた。



 だが、目的地に着く前、路地裏にて、明確な異変を目に映した。





 ここから先は、もう戻れない。


・『いや、オレはスターになりに征く。そう!今!決めた!!』


・『オレには関係がない……。が、今、出来た。それが理由だ!』




 ストリートから溢れ出た悪性。それがいわゆる“デーモン”を形取り、四十代付近の気絶した男性を襲おうとしていた。



 凶りかけていた翼を張り、ペガサスは翔けた。



 フェニックスステージの30周年公演の練習で鍛えた観察眼と脚力を活かし、悪魔の正面下半身にタックルを行う。

 二足歩行の悪魔の身体をくの字に曲げ、コンクリートの床との摩擦で悪魔を削る。

 ズザザザザッッッ!!!


(オレは何を……いや!ひとまず、コイツが立ち上がるまえに……)


 そう思考し、彼は左側の通路に目をやり、そこに悪魔を誘き出すために動き出し――――



 飛んだ。



 彼の目論見通り、左の通路に行く事はできたし、十m程度離れる事ができた。

 その代償として、背中の通学カバンの破損と全身の擦り傷、そして、頭を打つ結果となった。

 全身に激痛が奔る。負った怪我以上の痛みが彼を襲う。

 悪魔かセカイか、そのどちらかかはたまた両方か、それによって増幅された痛みによって司は悶えることも出来ずうずくまることしかできなかった。




◆◆◆




 そして、悪魔が起き上がる。

 当の悪魔がすることは体内魔力(オド)と体外魔力(マナ)を操り口内に溜めることだった。

 これから起きることは、熱線による天馬司の消滅。人間が蚊を殺した後にゴミ箱へ棄てる様に、視界から存在を抹消する。

 悪魔が行うことはとても単純。手を汚したくないが故に殺虫スプレーを、羽虫である名もなきニンゲンにかけること。

 手を汚さない、視界から消す。その2つを同時に行えるお得な方法が、熱線による焼却なのだ。





 いわゆる、一石二鳥。


 


 だが―――――――








◆◆◆




 悪魔が魔力を溜めている間、天馬司は痛みにより一周回って冷静になっていた。走馬燈はとっくに流れており、何処か余裕を感じさせていた。


(ありがとう。父さん、母さん、咲希に冬弥。オレは世界のスターに成ることはできなかったが、どうだっただろうか。皆を笑顔に出来ていたか?)


 むっ!何故か冬弥の罵倒が聞こえる、と幻聴/想いを聴き、掠れ声でつぶやく余裕がある。


(類、えむ、寧々、ありがとうな。オレの夢を掴むために手伝ってくれて。今こそ!オレの想いを越えて征け――――っと、オレがここに居たら意味が無いだろう。ハッハッハ!)


 本来ならば思わないことを考えるほど追い詰められており、それこそ、司の余裕を生んでいた。忘れないでほしいが、彼は放っておけば失血死するほとに弱った灯である。


 奇跡と言うべきか悪運と言うべきか、奇しくも彼は魔術回路を開いていた。兄妹揃って一般人から突然変異した回路を持ち、物理的逆境に立った上で、暖かな思い出を思い出すことで、無意識下での回路の開閉を可能にしていた。

 ただ、戦闘前に開けば変わったかと聞かれると、NOと言うしかないものではあるが。




 そして、悪魔の口が輝き出す。


(先程の男性を助けたかったが……オレという犠牲が増えただけか。)


 そう反省し、司は後悔する。

 家族は笑顔になれず、暗いまま過ごしてゆく可能性があることに。


(いかん、人生の最後くらい、笑って、終わらねば。何事も笑顔が1番だ、そう、わんだほーい。上手く出来たか……?)


 そうして、彼は振り返る。



 笑顔で終わるために、



 沢山の笑顔を。









(いや、いいや!まだだ、まだここでは終われん!!スターになっていない!追い付いていない!)




 彼にとって、スターに追い付く方法とは――――




(オレが変えていない笑顔が!この世には溢れかえっている!!!)



(生きる。生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生き足掻く!!!)


―――――――足掻いて藻掻くこと。その一点のみだ。


 ジジッ、と右手に微かでありながら、明確に感じられる痛みが奔った。





 魔力が収束し、熱を帯びる。

 空気が熱風になり、身体を襲う。





 そして空間が食い破られ――――――



 




◆◆◆





二兎を追う者は一兎をも得ず





 とも言われる。






◆◆◆





――――――――空気が凪いだ。





 青の燐光と膨大な魔力と共に、一柱の幻想が顕現した。


 王であり、騎士であり―――――冒険者であるその青年。


 裏地が水色である白銀の外套をはためかせ、司を背にした仁王立ち。


 黒のインナーに白銀の軽甲冑を着ており、

 左腕は白銀の篭手、右腕は赤い線の奔った黒。


 腰には鞘にしまわれた白く、快活な剣がある。



 清廉かつ、勇猛な一柱が



 黄昏のソラ―――――




 ――――――此処に顕現した。





◆◆◆





 此処には、魔方陣はなく、時計塔の鬼才もいない。

 さらに、魔術知識なんてものもなく、魔力の操作方法もわからない。


 それなのに、ナニカが現れた。

 それは何故か。


 セカイが創り出されたからだ。


 強固な想いはあるが、いずれ薄れる。それに加え、積み上げられた想いではないので、創るには至らない。



 だが其れは、無から有を創り、広大なセカイが産まれる場合。



 では、此処はどこだ?

 産まれた広さは?



 つまり、ビビッドストリートを侵したセカイを糧に、ごくごく小規模のセカイを産み出した。




 次に、何故、バーチャルシンガーではないナニカが現れたのか。



 それは、世界――――抑止力の後押しにより、シンガーの枠が別の存在で埋まったのだ。

 シンガーたちが今の司の問題を解決出来ないという点もあるが。




 そして、抑止力による、もう一つの後押しがあった。



 虚ろを渡る星見台に辿り着いた電脳姫。彼女が送った五柱の使徒。



 セカイが喰い破った特異点の穴を通り、最も相性の良い剣士が此処に顕現したのだ――――――!!!



◆◆◆






「ありゃりゃ、これ、ピンチってやつかい?」


 天馬司は霞む目を見張った。まるで、絵本や物語から出てきた空想の騎士が、目の前にいる。

 魔力が消費されたことにより、痛みを忘れ現実が今の異常に追いついた。

 現代風のレンガとコンクリートの建物。

 髑髏に獣を混ぜた様な顔を持ち、捻じくれた角、蝙蝠の翼、熊の様な大きな爪。人の姿を取りながら人に最も遠い歪さと神秘性を持つ悪魔。

 こちらに振り向いた、“本物”の甲冑と剣をごく自然に纏った空想の騎士。


 そして、全身の痛み。

 声にならない叫びで返答し、騎士は敵を再び目に入れる。


「くそっ!ここで見捨てたらカッコわりぃ!治癒できんのが恨めしいなー!ホント!」


 そして、悪魔の熱線が羽虫に向かって放たれるが――――


 白く波打った剣――――フランベルジュを居合の様に引き抜いた瞬間、緑色の風が、風に乗った流水が、摩擦から出た炎が剣に纏わり、白く輝いた。


 熱戦と三元素を纏った剣が拮抗する。だが、それは一瞬も経たずに熱線が剣の軌跡に従う形で両断され、霧散する。

 剣から発せられた斬撃が悪魔の牙にヒビをいれた。


 霧散した熱線は流水を蒸発させ、蒸気が煙幕となるが、それを気にせず騎士は突っ込んだ。


 ドガッ!!

 突風が巻き起こり、煙幕が晴れる。

 すると、騎士が立っていた場所は蜘蛛糸の様にヒビが入っており、残光が残っていた。


 魔力放出(光)。それは聖者の持つ悪性を討つための力。これにより、本来の速さを超え、全身を音に迫る速さとなることを可能とした。



 赤と青の対となる剣を顕現させながら。





 そして、謳う。謳う。


 己の王勇を





「永続不変の輝き、



 千変無限の彩り!」



 赤と青の対となる剣が6対顕現し、王の前方で舞う。

 剣の通り道の煙幕が吹き飛ばされ、悪魔が現れる。



「万夫不当の騎士達よ、



 我が王勇を指し示せ!」



 6対の剣がいつの間にか12本の武器に変化し、

 それぞれ色の違う光を纏う。



    ジュワユーズ・

「―――『王勇を示せ、




 王自身は青の光を纏い――――




    オルドル

遍く世を巡る十二の輝剣』!!!!」




 十三条の流星が、悪魔を滅ぼした。





 光を目に焼き付け、座長は意識を手放した。






◆◆◆




「おっ!目が覚めたか!」


 司が目を覚すと、仰向けになっていた。都会であるため、星は見えないが、何がの変革を感じさせる神秘的な夜だった。

 そして、腕を支えに立ち上がろうとすると。


「痛ッッっあぁ!!」

「おいおい、怪我人なんだから無理はするな。」


 背を地面にぶつける直前、騎士が背中を支え、地面なゆっくりと下ろしてくれていた。

 騎士は司を労るような笑顔を見せ、頬の汗を拭っている。


 そして、司があることに気付き、掠れた声を出す。


「ん?…………ああ、気にしなくていいぞ。魔力があれば服なんて好きに出せるからな。」


 そう、騎士が来ていた外套が消えており、司の包帯になっていた。

 心配するな、と騎士は言う。だが、司は騎士に何を返すか真剣に悩んでいた。


「ンーー。いやぁ、そこまで気にしなくてもいいんだが……」


 むむむ……と、騎士が悩み、悩みに悩んでいると、ふと、何かを思い出したように騎士の顔が晴れた。

 が、すぐに悩ましそうな顔になり、変わらず唸っていたが、司が掠れた声で言うように言うと、


「はぁ、アンタ、強情だなぁ。まったく、パスが繋がってるし、いつか気付くか。」


 騎士は仕方ないとでも言うようにある提案をした。

 そして、騎士は立ち上がり、多少司から離れて剣を抜き、左手で杖にして跪いた。そして右手で司の右手を握ると、


「ふぅ、はーっ。よし、



 我が真名はシャルルマーニュ!

 十二勇士の長にして、幻想の王!

 さあ、アンタの名を教えてくれ。」


 戒めを胸に電子を生きた、欧州の父。

 世界に否定され、それでも生きて偉業を成した、潔い、聖騎士の帝王。


✔「オ…レは、っあま、かけるペガ、サス……とか、きっ!てんま!、せ、かいをっ、つかさ、どると、かいて、つかさ! てんま、てんまっ!つかさだ!シャ、ルル!」


 掠れたとしても良く響き、通る声を出す。

 不死鳥への憧れを尊敬に変え、天空へ翔ける途中である。


「オーケーツカサ!

 じゃあ聞こう。


 サーヴァント、セイバーだ。


 アンタが、俺のマスターか」



✔「ます、たーと、やらが、なにかは、しらん。……だが、先ほど、の、ような、奴が、現れ、た、ときに、力を、貸して、くれるか!」


「…………ああ!もちろんだ!!この剣に、俺の命に、そして、天に輝く満月に誓おう!」




 ここに、契約は成された。

 司はシャルルマーニュと共に異形を討つために。

 シャルルマーニュは司と志を同じとし、彼の王道を見守るために。






 今宵は快晴の満月。


 星は宇宙に昇らず、想いは墜ちた。


 なれど、大地に星/音が満ちる其の日まで、この運命を忘れることはない。










「で、ツカサ。この後……どうしよ」

「とりあえず……きゅう、きゅう、車、だ!」






 黄昏時、某所にて。



 砂塵が舞い降りた。


 とある医者と同じことをされた。


 漆黒が夢想を超えた。


 星が星を照らした。



 特異点に空いた穴は、星見台がそれを広げる。

 墜ちた音たちは何を思い想うのだろうか。

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