一度布巾で冷やすべし
ホットケーキというのは食べる前が一番美味しい。なんならホットケーキミックスを買おうと買い物かごに入れたときが一番美味しいのだ。
「いや言ってる意味がわかんねぇわ」
「あたしちょっとわかるかも!」
「せやんな!織姫ちゃん大好き!一護は減点や」
「……減点されるとどうなるんだ?」
「アンタだけかけるもんがめんつゆになる」
「だいぶキツいじゃねえか!!!」
大変にどうでもいい「ホットケーキがパッケージ通りに焼けたためしがない」という話からいつものメンツで黒崎の家に押し入り、ホットケーキを焼くことになった。
浦原商店でもよかったけど、浦原さんとテッサイさんのせいで15センチくらいの高さになった聳え立つホットケーキが爆誕する可能性を考えてやめた。あの二人はアタシのことをまだ赤ちゃんだと思っているので、はしゃがせようと過剰なことをしがちだ。
「チャドはホイップクリーム係にしよか」
「ム……砂糖はどうする?」
「黒崎くん計るやつある?」
「あー……ちょっと待ってろ……」
あれがいるこれがいると無意味に買い込んだのでやることはホットケーキだけではない。アタシと織姫ちゃんが盛り上がったのでなんか色々あるのだ。
そんなことを思いながらバリッとパッケージを開けると、買い物袋から出した材料を律儀に使う順に並べていた石田が怪訝な顔をした。
「それ、なんに使うんだい?」
「ベーコンは普通に焼いてホットケーキに乗せるんやけど」
「ええ……なんでまた」
「アメリカやと普通なんやって、なんやお好み焼きみたァにカリカリベーコンに生地垂らすのもあるらしいで」
「僕は普通でいいよ」
「石田は食事に保守的やなァ、若いうちは挑戦を忘れたらあかんのに」
これでも一応織姫ちゃんが冷凍餃子に目移りしたときは止めたのだ。ベーコンくらいいいじゃないか、アメリカ人は毎朝これ食べてるんだぞ。知らんけど。
カリカリかぁと言いながら勝手にコンロを使ってベーコンを焼く。砂糖を計るための計りは見つかったらしい、ついでに計量カップもあったみたいなのでホットケーキは問題なさそうだ。
「なんでベーコン焼いてんだ?」
「ホットケーキに乗せるんや」
「は?なんで?俺のにか?」
「減点の結果とちゃうわボケ、ベーコンと甘いもんはアメリカじゃ鉄板やぞ」
「ここアメリカじゃねえしなぁ……」
「当たり前やろ、エルビス・プレスリーなんてベーコンとピーナッツバターとバナナ合わせてパンに挟んどるんやから、本場ならこんなもんじゃすまんわ」
サンキューローズ、マジで音楽関係ないやん拍車をかけていらん知識やと思ってたけど役に立ったわ。ついでに聞いといてロックようわからんって言って膝から崩れ落ちさせたのはごめん。
ベーコンの焼けるいい音に混ざってサクッと混ぜるのサクッてなんだとか泡立て器じゃねえヘラだとか聞こえてくるけど、まぁ大丈夫だろう。
「ベーコン焼けた?」
「焼けた焼けた、カリカリや」
「甘いものとしょっぱいものって無限だもんね!」
「試してみる価値あるよなァ!」
織姫ちゃんと一通りキャッキャしたのでもうそれなりに満足した。もしも不味かったらベーコンとホットケーキ別々に食べればいいだろうと思うくらいには満足した。
そう思ってたけど、さすがに車に引かれた蛙のような芸術的な一護のホットケーキの生地にはさすがにツッコミをいれたい。理由はわかってるが。
「えっ……ド下手やん気ィ使うわ……」
「お前も俺がお玉落としたの見てただろ!」
「なんや慎重になりすぎて手ェプルップルさせて落っことしたとこまでしか見てへんわ」
「全部じゃねえか!」
案外こういうのはガッと行く男気も大事やねんでとかなんとか野次を飛ばすだけ飛ばしておく。ついでに織姫ちゃんにもガッと行く男気を見せてほしい。
こういう時に「俺が焼いてやるぜお前のホットケーキ」みたいな……死ぬほど馬鹿みたいな会話なので却下したかったけど、織姫ちゃんならときめく気がしたので保留にしておこう。
「お、石田は上手やん」
「器用だよねぇ」
「比較対象が悲惨極まるからね、あれと比べたらなんでも綺麗だよ」
「俺のは事故だろ!」
「ホイップクリームができたがどうする」
わちゃわちゃと人の家の台所でホットケーキを作るなんて、本当に普通の学生みたいだ。なんて言ったら皆から「普通の学生じゃないか」って不思議な顔をされるかもしれないけど。
でも案外皆もそんなものかもしれない。普通だったら世界を救うだのなんだの言ってたのに、ホットケーキの焼き色ひとつで揉めたりなんてしないだろうし。
結局ボウルいっぱいの生クリームのほとんどが織姫ちゃんのお腹の中におさまったので、やっぱり栄養が全部乳に行ってるんじゃないかという疑惑を一人で強くした。
これは余談だけれど、一護の最初に焼いたひしゃげたホットケーキがなんやかんやで織姫ちゃんのお皿に乗っていたことは、多分アタシと織姫ちゃんしか知らない。