一夏だけの、わたしの先輩(らんらん誕生日SS)

一夏だけの、わたしの先輩(らんらん誕生日SS)


 はにゃあ!? ナルシストルーの発明品ブンシンシャドーが暴走して拓海先輩がいっぱい増えちゃった。

 何やってるの、あまねん!?


「なんで私のせいなんだ」

「どうせまた悪巧みのためにナルシストルーに裸土下座して作ってもらったんでしょ?」

「心外な、裸にまでなってない。私が品田以外の男に肌を晒すものか」

「つまり土下座して作ってもらったのは認めるんだね……。どうすんのコレ」


 ゆいぴょんへの愛が重い拓海先輩がこんなにいたら、きっと幼馴染を巡って血で血を洗う激闘が──


「「「「「エルちゃんのパパは俺だぁ!!」」」」」


 あ、そっち?

 てか、全員パパじゃないでしょ。ツバサくんまで混ざらないで。


「エルちゃんのママは私……つまり私の夫の座を巡って品田たちが争っているのか。ふっ、私も罪な女だ」

「あってるのは罪って部分だけだよ、あまねん。そろそろ自分の罪を数えたら?」

「半額の件は本当にすまんかった」

「ジェントルー時代の悪行はもう良いんだよ!? そっちじゃなくて最終回以降の(あま拓スレでの)悪行だよ!?」

「はて、謝罪するようなことなどした覚えは無いな?」

「ゆいぴょんに散々すまないって言ってたじゃん!?」


 あまねんがボケ倒しているうちに拓海先輩バトルロワイヤルの決着がつき、エルちゃんパパ争奪戦は拓海先輩が勝ち取っていた。これオリジナルかどうかもうわかんないや。

 こんな光景、ゆいぴょんに見せられないよ……と思ってたらゆいぴょん、らんらんの隣でたこ焼き食べてた。


「拓海〜、落ち込まないで、ほら一緒にたこ焼き食べよ?」

「あ、ああ……サンキューな、ゆい」


 ゆいぴょん、当たり前みたいな顔して、たった一人だけに話しかけてる。もしかしてアレがオリジナル先輩?

 他の先輩たちも特に気にせず遠巻きに見守ってる。なんで?


「あ、あのさ先輩。なんで、ゆいぴょんとあっちの拓海先輩の間に割り込まないの?」


 って、近くにいた拓海先輩の一人に訊いてみた。


「仕方ないさ。ゆいが選んだんだから……」


 そのクローン先輩は、ちょっと泣きそうな目で微笑んだ。


〜〜〜


 んであれから数週間後。

 わたし、らんらんが話しかけた拓海クローン先輩は、なんだかんだあって今はわたしの家で居候してる。


「らん、チャーハン二人前上がったぞ。三番テーブルだ」

「はにゃ、早いね!? わかったすぐ持ってく!」


 流石は先輩、オリジナル同様めちゃくちゃ有能で飲食店業だと即戦力だね。

 ナルシストルーがブンシンシャドーを直してくれたから、本当はもう元に戻れるんだけど、七月も中旬に入って、


「コレから連休、そして夏休みとまた掻き入れ時が続く。そんな時に品田が増えてくれたのは幸運としか言いようが無い」


 ってどっかの悪魔がみんなの耳元で囁いたものだから、夏休みが終わるまで、って約束でそれぞれの家で働いてもらうことになった。

 拓海先輩はそれで良いの?


「まぁ、ゆいがそれでも良いって言うし」

「あのね、ちょっと変なこと訊くけど……良い?」

「どうした?」

「あの……先輩って、もしかしてオリジナルさんだったりしない?」


 その質問に、先輩の顔からちょっとだけ表情が消えたように見えた。

 わたしは慌ててごめんなさいって謝ろうとしたけど、それより早く先輩はまた笑顔を作ってこう言った。


「ゆいに選ばれた男がオリジナルさ。……俺は、それで納得している」

「……ごめんなさい」

「謝るなよ。俺は、らんのこと好きだぜ?」

「はにゃ!?」


 え、え、いきなり告白ですか!? なんで!? なんでわたし!?

 らんらん、ちんちくりんだし、思ったこと全部口に出しちゃう変な子だよ!?


「ほんと、全部口に出てたな、今の」

「はんにゃあ!?」


 拓海先輩は閉店後の皿洗いの手を休めないまま、笑った。


「これでもさ、俺、落ち込んでたんだ。分裂した瞬間から、自分でもオリジナルじゃないって心のどこかで感じていたけど、ゆいに選ばれなかった時に、ああやっぱりって感覚と、それでも悔しくて泣きたい気分とで、めちゃくちゃ苦しかった……そんな時だったよ、お前から声をかけられたのは」


 先輩が皿洗いを終えたので、わたしは彼にタオルを差し出した。

 先輩はタオルで手を拭き、そのタオルをわたしに返すフリをして──

──受け取ろうとしたわたしの手を握った。

 はにゃ!?


「せ、先輩!?」

「らん、お前あの時、俺になんて言ってくれたか、覚えてるか?」

「え、えと!? な、なんでゆいぴょんとの間に割り込まないの…でしたっけ?」

「その後だよ」

「え、えと、えっと──」


 仕方ないさ。ゆいが選んだんだから……って、ちょっと泣きそうな目で微笑んでた先輩の姿に、らんらん、なんかすごく切なくなっちゃったから、つい言っちゃったんだ。


──本物とか関係なく、そういう風に言える先輩はカッコいいと思います!


 ……って。

 今から思い返したら、なんかすごく恥ずかしい事言った気がする。

 その事を思い出しながらおずおずと伝えたら、拓海先輩はわたしの手を握ったまま言った。


「らんがそう言ってくれたから、俺は自分を受け入れることができたんだ。だから、感謝している。この恩はいっぱい働いて返すよ。夏休みが終わるまでの間だけど、しばらくよろしくな」


 わたしの手を取る拓海先輩の握り方は、握手のそれだった。

 それはきっと感謝を示すやり方で、甘酸っぱいものじゃないとは思うんだけど……。

 手を離そうとした彼の手を、わたしは握り返した。


「らん?」

「い…嫌です」

「へ?」

「夏休みだけの間とか“わたし”嫌です!」

「……っ!?」

「わたしじゃダメなんですか!?」


 思わず口走ってしまった想いに、拓海先輩は目を細めてわたしを見つめた。


「……俺は、オリジナルじゃない。偽物だ」

「そんな事ない。そんな事、関係ない。ゆいの事を一番に想って身を引ける優しい人が、偽物のはずが無い! わたし、そんな先輩だから好きになったんです。……ずっと前から、好きだったんです。だから……だから……」


 もうその先は言葉にならなかった。わたしは先輩の手を両手で握ったまま、俯いて、溢れそうになる涙を必死に堪えていた。


「らん……」


 先輩の手が、わたしの俯いた頭に置かれて、そっと撫でてくれた。

 その優しい感触に未来を期待してしまいたくなったけど──


「ごめんな」


 彼の言葉に、わたしの涙が溢れて、頬を滴り落ちた。


〜〜〜


 夏休み後、拓海先輩は元の一人に戻った。でも、分裂した他の拓海先輩の記憶は知らないみたい。


「それぞれの品田の希望らしい。この一ヶ月の間、他の子たちとも色々とあったらしいな。その記憶と感情の全てをオリジナルに背負わせたく無い……とさ」


 そう語るあまねんも、どこか遠い目をしていた。彼女が預かっていた拓海先輩と、いったいどんなことがあったのかな?

 遠い目をする彼女の横で、わたしも彼の事を思い返す。

 ごめん、とわたしに謝ったけれど……

 最後にはゆいの元へ帰ると、彼は決めていたけれど……


 だからこそ、それまではわたしのそばに居てくれる事を約束してくれた。


 さよなら、とわたしは呟いた。




──さよなら、わたしだけの、一夏の先輩……

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