ヴェルゴの弟の話

ヴェルゴの弟の話


物心ついた時には、兄さんと二人きりだった。

両親も、頼れる大人という物も知れやしなかった。暖かい家庭なんてのは御伽噺だけの存在だと信じていた。

だが、兄さん…ヴェルゴと一緒に居れたのが救いだった。向こうもそうだったと信じたい。決して大きくは無かったであろう背中について行って、寒さで身を寄せ合って、食べかすを取ってあげて、ゴミ山から拾った絵物語で笑い合って。

幸せではなかっただろう。いつも空腹で、物を盗んで、痛みで軋む身体を引き摺って、「どうして自分達だけが」自分よりよっぽど身なりのいい子供を見てそう思った。

神なんて信じていなかったし、世界を恨んだ時もあった。でも、孤独では無かった、兄さんが居た。

だが、ある日兄さんと逸れた。海辺に行って、海を見てた。久しぶりの海にはしゃいで、寒いはずなのに足を海水に浸からせた。しかし、後ろから来る大きな波に気づかず、攫われてしまった。

最後に見たのは兄さんが何か叫ぶ姿。その後は石か何かに頭をぶつけたのか気を失った。

何故かは分からない。信じてもいない天が味方してくれたのかもしれない。奇跡的に、沖に流れ着いた。意識を取り戻してから探し回ったが当然兄さんは居なかった。

泣きながら一人で歩いた。どうやって生きて行けば良いのだと。孤独に耐えれる気はしなかった。

涙も枯れ果てた頃、ゴミ山の中に小屋か何かを見つけた。そこから人が二人出てきて、此方の存在に気が付かれた。

逃げなきゃ、とは思わなかった。死んでも良いと思った。生きれる気もしなかったから。

周りより一際痩せてる猫背の男と長身で細身な男が近づいて来てこう聞いてきた。

「「どうしたんだ?」」

まさか質問をされるとは思わなかったが、おれは馬鹿正直に答えた。

「兄さんと逸れた」

枯れたはずの涙がまた込み上げてきた。二人は顔を見合わせると、「同じだ」そう言った。

話を聞けば二人とも兄と逸れてしまった事があるらしい。おれらの仲間にならないかとも言われた。おれは一人よりはマシだろうと承諾する事にした。

アジトに入ったら色々な事を聞かれた。名前とか年齢とか。

名前はよく兄さんが呼んでくれたし、誕生日を覚えてくれて、歳も数えてくれていた。向こう側にも同じ事を聞いた。

痩せてる男は(♧弟)と、長身の男は(♢弟)と名乗った。驚いたのはすっかり大人だと思っていた二人がまだ子供だった事。

そこからは色々あった。幼児を拾ってその世話に悪戦苦闘したりとか。

ある時、街が騒がしくなった。(♧弟)が言うには新しい住民が来たらしい。贅沢な豪邸と一緒に。(♢弟)がそう付け加えた。金は有るらしいのにどうしてこんな所に来たんだろう。そう思った。

少し経った頃、新たな事実が発覚した。どうやら新しい住民は天竜人らしい。

聞けば、この世界で一番偉くて神のような存在だと。おれは良く分からなかったが、(♧弟)が険しい顔で関わらない方が良い、と言ったので善い人達ではないのだろう。

新しい住民が天竜人と分かってから、そいつらをゴミ山の近くで見る事が増えた。世界で一番偉いと聞いたのにどうしてだろう。

それから二年だろうか、街の何処かが燃えていた。人々の怒鳴り声なんかも聞こえた。よく見ると一家が壁に吊るされて矢を打たれている。何故かは分からないが怖くなってしまって、急いで離れた。

随分歩いてアジトに着きそうな時に後ろから泣き声が聞こえた。

さっき吊るされていた天竜人だった。おれと背丈が同じくらいの方だ。金髪が血で汚れていて、長い前髪から覗く瞳が震えていた。走ってきたのか息も絶え絶えで泣きながらなにか言っている。

「あぁ…兄上がッ…ち、父上を……」

嗚咽混じりでよく聴こえなかった。

もしかしたら兄と父が逸れてしまったのかもしれない。そう思うと途端に助けたくなってしまった。家族と逸れる辛さは知っている。

でもどうしようか。(♧弟)に何があっても"天竜人"に関わるなと口酸っぱく言われていた。

あぁそうだ。

「お前は天竜人か?」

「…えぇ?」

「天竜人なのかどうかきいてる」

「……ち…父上が…人間……って」

「よし分かった」

人間となれば話は早い。早速アジトに向かおうかと声をかけて歩き出したらそいつがすっ転んだので、抱えて行く事にした。

アジトに向かう途中で色々聞いた。名前はロシナンテといい、年はおれと同じだった。

アジトに着いたので降ろすとロシナンテがまたすっ転んだ。

「おかえり〜…!??ってお前そいつは!!」

「ロシナンテだ」

「…天竜人と関わるなって(♧弟)が言ってただろ」

「こいつは人間だ そう言ってた」

「おかえり…ってだれ?新しいなかま?」

「ただいま(♤弟) 仲間になるかは分からない」

「えっと…」

「ロシナンテこいつらはおれの仲間だから安心しろ」

「…そいつが人間な事は分かったが仲間に迎え入れるつもりはな …(ブゥゥーーーン…!!!)

いきなり汽笛の音が聞こえた。何事かと海の方を見ると、海軍の船。遠くの海を走っているのを見た事はあれど、ここまで近くで見たのは初めてだ。

そもそもなんで海軍が?偶然なのだろうか?そんな事を考えていたら声が聞こえた。

「おーーい!!そこの子供達ーー!!」

海軍のコートを羽織った巨大なアフロの海兵が船から降りてきた。

「どうも。私の名はセンゴクだ」

急に自己紹介をしておれらを見回して、色々質問をしてきた。質問が終わるとおれらをもう一度見回した。

そして部下らしき海兵に声をかけると、海兵がでんでん虫を取り出して通話を始めた。

「北の海ーーーで子供を5名保護」

保護?おれらが困惑していると、センゴクが言った。

「船に乗れ。明日からは海軍にでもなってもらうからな」

海軍は正義の味方だと聞いた。それにこんな所に居るよりはマシではなかろうか。

海軍になったら兄さんを見つけられるかもしれない。そう考えたら乗らない選択肢はないだろう。

ロシナンテ達もどうやら乗るらしい。

早速船に乗り込もうしたら、またまたロシナンテがすっ転んだ。

…もしやドジなのか?

船に乗ったら体を洗ってこいと言われたので皆で風呂に入った。入った後に新しい服を渡された。袖の所に「雑」と書いてある。

「新人は雑用からだ。ゆくゆくは戦い方も教えよう まぁ詳しい話は本部に着いた後でいいだろう おかき食うか?」

そう言われて渡されたおかきをバリボリ食べていると机の上に変な果実が置いてある事に気づいた。

渦巻き模様のある、大きめの果実。美味しそうには見えなかったが気になったので近くで見る事にした。

先程から元気が無かったロシナンテも興味深々で見ていた。そしたら急にロシナンテが手を伸ばして果実を手に取った。「一口だけ」と。

やめておけと言っても、「大丈夫」と聞かない。

センゴクに怒られても知らないぞと、一応忠告をした。

「??!!何をしている!!!」

「まっっっっずい!!!!!」

ほぼ同時だっただろう。センゴクが続けて言った。

「それは"悪魔の実"だ!!!食べたら一生カナヅチになるんだぞ!!」

「そんなぁぁーーー!!!」

舌を出したままのロシナンテが叫んだ。海軍なのに泳げなくなるのは痛い。あと、ロシナンテの事だから海に何度も落ちるだろうし。

「おれは食べるなって言った」

「「「おれも」」」

「ちょっと!」

センゴクが呆れた顔をしていたが、ゴホンと咳払いをして実の説明を始めた。

「お前が食べたのはおそらく"ナギナギの実"。触れた物や自らの音を消し"凪"にす…(ドンガラガッシャーーン!!)

ロシナンテが何故かすっ転んでセンゴクに受け止められた。ただのドジっ子ではないのかもしれない。

「……………!?……!!!」パクパク

「「「え!!??」」」

センゴクが何か喋ろうとしているが声が出ていない。これがロシナンテが得た能力なのだろうか。

「取り敢えず解いてやれ!」

「やり方は分かるよな!!」

「……分かんない…」

控えめにロシナンテが呟いたのを聞いてから、センゴクは何処かへと行ってしまった。少し後に戻ってきた。手錠と一緒に。

「うわぁぁぁーーー!!!ごめんなさい許してください!!」

ロシナンテが喚いているのも気にせずセンゴクはその手錠を彼の体へと押し付けた。

「ぐへぇ〜〜〜」

ロシナンテが体の力が抜けたようにぐったりしている。一体その手錠はなんなのだろうか。

「…能力者は"海楼石"に触れると体の力が抜けて能力も使えなくなる」

センゴクの体も力が少し抜けている様に見えた。

「じゃあロシナンテにはずっと付けとこうぜ」

「被害が増えても困るしな」

「動けないならおれが抱えてあげる!」

「そうだな純度の低いのを用意しよう」

「うぅぅ〜」

涙目になって床に突っ伏したままのロシナンテを壁にもたれ掛けさせた。

騒ぎが聴こえたのか今になって他の海兵達がやって来た。

「センゴクさん…!」

「悪魔の実は!!」

「すまない……こいつが食べてしまった」

そう言いながらロシナンテの頭に手を置いた。

「…ごめんなさい」

ロシナンテが今にも泣きそうな声で言った。

「…やってしまった事はしょうがない せめてその能力を使いこなすんだな!」

センゴクは何故か笑顔だった。そして眺めていたおれ達をまとめて抱きしめた。抱きしめられるのは久しぶりだった。

「今日からお前らは私の息子だ!!」

血が繋がっていないのに息子になれるのだろうか。おれには分からない。

抱きしめられた温もりが心地よくてこちらからも抱きしめ返した。五人も居るせいで狭かった。押し出し合いをしていたら全員センゴク…センゴクさんに拳骨を喰らってタンコブが出来て正座させられた。痛いはずなのに何故か少し嬉しくなった。

そんな事をしていたらどうやら海軍本部に着いたらしい。船から降ろされてセンゴクさんの部屋へと向かった。

「使ってない個室があるからそこで寝てもらう」

部屋に入って真っ先に目についたのは壁に飾られている額面。「君臨する正義」と書いてある。

センゴクさんが言うには海軍は正義を掲げて背に負うんだと。

いつか正義を背負うようになったら、センゴクさんと同じような正義を掲げようとロシナンテ達と約束した。



ーそれから数年の月日が経った。海軍にも慣れ、全員揃って「海軍本部少尉」になった。

そんなある時、センゴクさんに呼び出された。会わせたい奴がいると。楽しげな声色だったので期待しながら向かった。

ーーーおれは目を疑った。

幻覚じゃないのなら目の前に居るのはきっと、…兄さんだ。

おれは泣いた。こんなにも泣いたのは兄さんと逸れたぶりだろう。兄さんを強く強く抱きしめたら、向こうも抱きしめ返してくれた。

「…ヴェ、ヴェルゴ……会いたかった………ひぐっ…」

「兄さんと呼べといつも言っただろう。…だが、本当に(♡弟)なんだな……あの日から一度もお前を思わない日はなかった」

「……ぐすっ…へへ…」

日常だった会話が出来て泣きながら笑った。きっと酷い顔をしている。兄さんの目はサングラスでよく見えなかったが、優しい視線を感じた。


兄さんは優秀だった。正式入隊一年目にしておれよりも階級が上になった。おれは誇らしかった。立派な海兵の兄が居る。

だが、兄さんはG-5支部に異動するらしい。正義感が強い兄の事だから荒くれ者一歩手前の海兵達を正すのだろう。

久しぶりに兄さんが本部に来たので出迎えた。兄さんは頬にハンバーグをつけて微笑みながら土産を持って来たんだ、と言った。

「ん?あれおかしいな土産がないぞ…」

「ヴェルゴの事だから買ってないんだろ」

「ああそうだ おれは土産なんか買っちゃいなかった。あと訂正しろ"兄さん"だ」

兄さんは最近度々こうなる。自分には無いはずの設定で喋り出したりする。前は魚人空手の使い手、その前は剣士、さらに前は自分の事を海賊などと言った事もあった。あの時は焦ったな。


そんなでおれらは着々と経験を積み、ついには「海軍本部中佐」になった。

ーーーーそんなある時、全員がセンゴクさんに呼び出された。机には手配書が置かれている。

重要な極秘任務。"「ドンキホーテファミリー」に潜入し情報を手に入れよ"

ロシナンテが今まで見た事の無いような顔をしていた。他の奴らも「最高幹部」の手配書を見るなり息を呑んでいた。

センゴクさんは続けた。

「詳しい内容としては、北の海で海賊団を立ち上げたという程でドンキホーテ海賊団傘下の海賊を襲う。そして目をつけさせてドンキホーテ・ドフラミンゴとの接触を試みファミリー幹部になり情報を入手せよ。だそうだ…」

ドンキホーテ・ドフラミンゴ。ロシナンテから聞いた事があった。実の兄らしい。ロシナンテはいつも「兄上を止めたい」と言っていた。

「…ありがとうございますセンゴクさん 必ず果たしてみせます」

「…ロシナンテ」

そう言うと思った。

「…(♡弟)お前はどうする」

「行かせてもらいます」

この究極のドジっ子を補佐する"相棒"が必要だしな。

極秘任務なので兄さんにも言うなと釘を刺された。元より言う気は無かった…無かったはずだ。

任務開始は一週間後。それまでに準備を終わらせろとの指令。

取り敢えず海賊らしい格好をしなければならない。厳つくするためにロシナンテにピエロメイクをして、ドフラミンゴとお揃いのファーコートを着せた。ロシナンテ以外の奴らもサングラスをかけたりマントを羽織ったりなどした。

「船長は誰にするんだ?」

船長か。全員の視線がロシナンテへと向いた。

「…もしかしたおれがやる感じ?」

「「「お前以外に誰が居るんだよ」」」

なるべく早く目をつけられねばならないのでロシナンテが船長になるのは必然的だった。弟が船長として傘下の海賊を片っ端から襲っているなんてのを放っておく兄は居ないだろう。

そういえば言い忘れていた。

「…ロシナンテおまえは潜入中は口が聞けない事にしておけ」

「えーなんでだよ」

ドフラミンゴはファミリーの幹部を選ぶ際、必ず"悲惨な境遇"にあった者にするそうだ。共に迫害にあった弟が口を聞けなくなっていれば色々と察するだろう。…それと絶対にドジって言ってはいけない事を言いそうだからだ。本人には言わないが。

任務開始日、そこらで買った船に旗を掲げて出港した。

ドンキホーテ傘下の海賊は沢山いた。幸いな事におれらより強い奴らは居なかった。

傘下を潰しに北の海を回る。そんな日々が一ヶ月程続いていた時に奴は現れた。

特徴的なフラミンゴの船首。ドンキホーテ・ドフラミンゴ率いるヌマンシア・フラミンゴ号。

どうやら船を沈める気は無いらしい。ドフラミンゴ直々にこちらの船へと降りて来た。

「フッフッフ 久しぶりだなァロシナンテ」

「…」

「なんだ?返事もしてくれないのか」

おれはロシナンテにメモとペンを渡した。ロシナンテはメモに書きつけるとドフラミンゴに見せた。

『口がきけない』

「…フッフッフ 聞きてェ事は山程あるがまぁいい こんな船もなんだアジトに来い」

『わかった』

おれらはドフラミンゴの船に乗り込んだ。

「そうだなロシナンテ 何が望みだ?」

『ぜんいんかんぶに入れてほしい』

「フッフッフ!まぁいいだろう…だがまさか何も手土産が無いとは言わねェよな?」

『ちゃんとある』

(♢弟)が大きなカバンを持って来た。中身は傘下を潰した事で稼いだ金や宝。

「ならばこれで契約は成立だな」

ドフラミンゴは口角を吊り上げた。そして誰かを呼び出している。

「フッフッフ!そろそろ良いぞ トレーボル、ディアマンテ、ピーカ」

やって来たのはドンキホーテファミリー最高幹部の三人。ロシナンテ以外の三人の表情が変わった。

「久しぶりだな〜!!べへへ〜!!とっくにのたれ死んでると思ったぜ」

「久しぶりだな 兄貴」

「ウハハッ!!!(♢弟)!!また会えるとは思わなかったぜェ……」

「……久しぶり」

「本当に(♤弟)なのか??おれの目がおかしくなった訳ではないよな…まさか生きてるとは…」

「久しぶりだな兄ちゃん」

…それぞれが弟と再会の挨拶を交わしている。見る限り幹部になるのは思っていたより簡単そうだ。おれは誰の兄弟でもないが…まぁロシナンテに取り持って貰えれば大丈夫だろう。

「それでお前は…」

ドフラミンゴが此方の方を見た。おれは名乗ろうとしたが、

「(♡弟)だな?」

「ーな」

言ってもいない名前を当たられた。おれが困惑してるのに気づいてないのかドフラミンゴは続けた。

「フッフッフ!!やっぱりかお前だな ヴェルゴが言ってた弟ってのは」

何故その名をお前が。

「ヴェルゴは数年前から遠征中だ 再会出来ないのは残念だったな」

頭が真っ白になった。兄さん、いやヴェルゴは海賊のスパイだったのか?あれもこれもそれも全部ただの演技だったのか?

…そういえばヴェルゴが「正義」を背負っているのを見た事が無い。

見せかけだったのか?市民に見せた笑顔も不祥事を起こした部下への対応も全部「善良な海兵」を演じていただけだったのか?

「フッフッフ…どうした 会えないのがそんなにショックか?」

「…いや」

あぁそうだ。

おれには立派な海兵の兄がいた。全部嘘だった。

あれは兄じゃない。弟すら欺いた「化け物」だ。


ーーおれらはそのまま幹部へと迎え入れられた。ロシナンテは二代目コラソンとなり、おれは腹心の部下へとなった。




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