ヴィランIF
一段、一段。階段を登るたびに足が重くなる。
疲労からか、それとも緊張か。
ダリアには大丈夫だと言われたけど…、でも本当に大丈夫かな。
緊張で頭がクラクラしちゃう…。
「ふふ、アーシャ。そんなに緊張しないで大丈夫。余程の事をしなければ、王は怒りません」
「は、はい!王妃様っ…!」
そっと肩に手を置かれ、ゆっくりと擦られる。
その動きに合わせて呼吸をすれば、だんだんと頭が鮮明になっていった。
「アーシャ、私は貴女を推しているの。
貴女が弟子に選ばれたなら、ロサスは今以上に発展し幸福な国になるでしょう」
逆光で王妃様の顔が見えない…けれど、口元は優しく微笑んでいる。
「さぁ、王はこの部屋にいます。
また後で会いましょう、アーシャ」
部屋から出ていく王妃様に頭を下げ、中を見渡す。
辺り一面本ばかり、これ…全部読んだのかしら。
「…?あれは…」
大小様々な本が並ぶ中、一冊だけケースに入れられた本が目に留まる。
思わず近付きそうになった時、ダリアに言われた「何にも触らないように」が脳裏をよぎり、一旦深呼吸して落ち着いた。
よし、良い感じよ私。このまま何事もなく…。
「次の応募者か?」
後ろから声を掛けられ、大きく体が跳ねる。
慌てて後ろを見れば、クツクツと喉を鳴らして愉快そうに笑うマグニフィコ王が。
バクバクと跳ねる心臓を抑えながら、肺の酸素を入れ替えた。
「あぁ、すまん。そんなに驚くとは思わなかった。さて、もう一度聞くが…弟子の応募者であっているかな?」
「あ、はい!アーシャですっ!」
腰の角度を直角に、バッと頭を下げる。
勢いが付きすぎたかも知れないけれど「お辞儀をする」という目標は達成できた。
「元気があってよろしい」
また笑われてしまったが、ようやく私の面接が始まった。
「なるほど、ロサスに来た者にガイドを…。
では、君のお陰でロサスは栄えていると言っても過言ではないな」
「いえッ、私はただロサスの良い所を…」
「言葉を間違えれば人は違う意味で受け取る。
ロサスに沢山の人が訪れるのは君の言葉が適切で御力的だからだ」
恐らく…多分、面接の殆どが終わり私達は雑談をしていた。
何度か緊張でおかしな事を言ったかも知れないけれど、マグニフィコ王はそんな私を叱ること無く、寧ろ寛容に受け止めてくれた。
なるほど…、ダリアがあんなにお熱なのにも分かった気がする。
「君が弟子になったら広報関係の仕事をさせるのが良さそうだ。最初は王からの知らせを国民へ届けてもらい、ゆくゆくは外交の手伝いをしてもらおう」
これはほぼ合格じゃ…?と取れる発言にドギマギしつつ、その後も話を続けていると――
コンコン
「あなた、少し話があるの。大丈夫かしら」
儀式の準備をしていたはずの王妃様が部屋に入ってきた。
なにか、あったのだろうか。真剣な顔をしている。
「今行く。すまないが少し待っていてくれ」
そう告げると、マグニフィコ王はアマヤ王妃の元へ向かった。
さっきまでの騒がしさはどこへやら、途端に静かになってしまった部屋へ寂しさを覚える。
「……触らなければ、色々見ても良いわよね…?」
触らない、駄目そうな物は見ない、と自分に言い聞かせ近くの本棚を覗いてみる。
「……これ、全部魔法の本…?王様は勤勉なのね…」
クルクルと部屋を練り歩き、そろそろ帰って来る頃だろうか…と扉に近付くと、微かにだが二人の声が聞こえてくる。
…ウズウズとお父さん譲りの好奇心が湧いてくる。
扉が開かないよう気をつけながら、そっと外の会話を聞いてみた。
―…れで、今回の儀式で叶える願いだけど、アーシャの祖父の願いはどうかしら。
確か音楽系の願いだったとおもうのだけど―
サバの願い…!
今日で100歳になる私のおじいちゃん…。
叶えて…もらえるかしら。
―ん〜、駄目だ。確かに音楽は利益になるが、彼はもう100になるだろう。来年には棺桶に入っている奴の願いを叶えるなんて無駄でしかない―
……なんですって?
待って、そんな嘘よ。
『叶えるなんて無駄でしかない?』なんでそんな、酷いことを…。
サバは願いが叶うのを楽しみにしているのに。
あぁ、頭がクラクラする。
―それもそうね、ならこの願いはどう?―
―…よし、今回叶える願いはこれだ。
あぁ、流石アマヤだ。いつも素晴らしい答えをくれる―
―アーシャの祖父の願いはどうするの?―
―叶えない願いは砕いて魔力に変えてしまおう。
…もう少しだ。あと少しで…私達の願いが叶う。
愛しいあの子を冥府から取り戻そう。
幸い、依代はもう見つかった―
―アーシャね?まぁ、嬉しいわ!
早速あの子を迎える準備をしなくちゃ―
そこまで聞いて、私は椅子に戻った。
どうして?良い王様だと思っていたのに…。
それに依代って?冥府から取り戻す?
何のことだか分からないけれど、良くない事なのは辛うじて分かる。
きっと、このまま弟子になったら死ぬより怖い目に合うはずよ…。
王様と王妃様の願いって何なの?
兎に角、逃げないと。
覚悟を決めた途端、扉が開かれた。
「やぁ、アーシャ。面接の件だが…」
「あぁっ…と!その件ですが、急に用事を思い出したんです。面接の日に予定を被らせるなんて自己管理が出来てないって事ですから、この面接は無かったことにしてください!…〜〜、それでは!」
「ッ、待て!」
後ろでマグニフィコ王の声が響く。
前には階段を降りるアマヤ王妃。
「っ…アーシャ?」
「申し訳ありませんが面接はなかった事に!
貴重な経験ありがとうございました!」
長い長い螺旋階段を落ちるの覚悟で駆け下り、急いで森まで走った。
結局、その日の儀式を見る事はなかった。
自分の考えを整理するため、これからどうすれば良いのか、あの優しい王様は嘘だったのか。
空を眺めながら考えていたら儀式が始まったのだ。
遠目から見ればキラキラとした綺麗な儀式。
「…でも」
―来年には棺桶に入っている奴の願いを叶えるなんて無駄でしかない―
―叶えない願いは砕いて魔力に変えてしまおう―
まさか、真実がこうだったなんて。
どうすれば良いの?
「……どうして真実が私を苦しめるの?
本当のことを全てみんなに知らせなくちゃ」
きっと今まで私達に嘘をついていたんだわ。
もしかしてサイモンも…。
既に願いを捧げた人も、これから願いを捧げる人も助けなくちゃ。
「空の星が呼ぶ方に、進もう自分を信じて
どんなことが待っていようと、立ち上がる勇気を持って」
でもどうやって?しばらくお城には近付けない。
あぁ…、助けてお父さん。
助けて、お父さんが語っていた…お星さま。
お父さんと一緒に星を見た木へ寄り掛かり、空を眺める。
「お願い、皆を助けたいの……」
ポツリと呟いた、その時。
チカチカと空が瞬き、一瞬で辺りがオレンジ色に輝いた。
「え!何、なんなの!」
その眩しさに思わず目を瞑る。
光が収まって、ゆっくり目を開けると…。
「……?」
目の前には、黄色くて小さな…星がいた。
「なんだ今の光は…!アマヤ、私の側に居なさい」
「……嫌な予感がするわ、兵士を集めましょう。
怪しい者がいないか国中を調べさせるのです」
願いの間にて、王と王妃が身を寄せ合う。
光に怯えた様子の王と、その背中を擦りながら優しく宥める王妃。
とても絵になる美しい光景だが、二人の目の前には少女が一人入りそうな棺桶と禁書があった。
「…なにか起こる前に、アーシャを探さなければ。
彼女は私達の娘に相応しいのだから」
「えぇ、そうね…」
うっとりと微笑む王妃にキスを落とした王は、側に置かれた籠を覗き込む。
「材料は揃った。
あとは依代…アーシャだけだ」
「うふふ、楽しみだわ」
クスクスと笑い合う王と王妃。
その邪悪な笑い声は空の彼方に消えていった。