ロード福永二世の事件簿 番外 二世とII世と内弟子

ロード福永二世の事件簿 番外 二世とII世と内弟子

ロード福永二世の人


 2024年4月7日の阪神競馬場は桜花賞が開催されたということもあって人でごった返していた。最終レースの結果が確定し、払い戻しも終わって観客があらかたいなくなる頃には妙な疲労感があった。ほんの数年前まで霊園で暮らしていた自分にとっては大都市ロンドンさえ凌駕する人口密度は未知の体験だった。半閉鎖空間における人の密集と熱狂。あまりにも人間の生のエネルギーが強烈であり、この下に龍穴があることなど感じられなかった。

「おめでとう、ミスタ・フクナガ」

「あぁわざわざ日本まで来てくれてありがとう」

師匠、ロードエルメロイII世は小柄なスーツ姿の男性に手を差し出した。ミスタ・フクナガと呼ばれたその男性は、人好きのする笑顔で握手に応じる。笑顔には威圧感も裏表もない。ここが龍穴の上らしからぬ場所であるように、自分の目には男性もまた魔術師らしからぬ人間であるように見える。

 男性はロード福永二世。時計塔第13の学科、競馬科のロードである。

 競馬科はどの派閥にも属さない、莫大な寄付金によって権力闘争を回避している第四勢力だそうだ。圧倒的な経済力と国家権力が背後にあるが故の情報操作を武器に独立独歩で派閥が一丸となって根源への到達を目指している。言葉の本来の意味を考えるならむしろ競馬科こそが第三勢力と言えるかもしれない。

 ここは競馬場、完全に相手のフィールドである。念の為警戒しているけれど、ロード福永二世は特に暗器を隠し持っている気配はない。武器を隠し持っているという意味では、自分の方こそがそうだ。

 すると、ロード福永二世はその人好きのする笑顔を自分に向けた。

「そんな警戒せんくてええよ。競馬科はどことも争うつもりはあらへんし、権力にも全然興味はない。そんなことする間に魔術の研鑽しとったらええんや」

「耳が痛いな」

「ロードエルメロイII世はまあ微妙な立場やししゃあないと思うで」

あんまりにも明け透けな物言いにちょっとぎょっとした。権力闘争に興味がないという言葉にも嘘偽りはなさそうだ。

 「そもそも開催中の競馬場で魔術騒ぎは御法度やからな。馬が怯える。何はともあれここでは安心してくれてええで」

「競馬魔術なのに、競馬場で使えないのですか?」

「レディ、それは」

自分が素朴な疑問を口にすると師匠がたじろいだ。ロード福永二世の笑顔の質が変わる。そうそれは形容するならにやにやだった。師匠に視線が差し向けられる。

「御法度なのはあくまで魔術騒ぎなんやけど、厳密な話をするんやったら日本の競馬魔術とは何やって話からやな。ほな、先生お願いします」

「……これは教えて福永先生の出番ではないのか?」

「いやいや、横からしゃしゃり出て現代魔術科の君主の内弟子に講釈垂れようとは思いませんわ。横で自分も先生の授業を聞かせてもらいます」

ロード福永二世は人の悪い笑みを浮かべた。よく笑う人だと思った。そして笑いながらもその目は師匠のことを見定めている。今まで好き好んで師匠に自らの魔術を解体させようとする魔術師はいなかった。そう言えば、ロード福永二世は解体魔術の使い手でもある。とんでもないことになってしまったかもしれない。

 「とんでもないことになってしまった。ミスタ・フクナガ、それからレディ。これから言うことはあくまで全て私の個人的見解だ」

「ええよええよ。神秘の解体者のお手並み拝見ですわ」

 師匠は揶揄い混じりのその言葉に心底嫌そうな顔をしながら、口を開いた。

「まず日本最古の競馬に関する記述は日本書紀にある。8世紀には天皇の御前で馬を走り比べて良馬の俊足を鑑賞したというものだ。当時はこれを競べ馬と呼んで、勝ったものには天皇から褒美が与えられたそうだ。競べ馬は平安時代には子供の健康と成長を願う端午の節句の行事として定着し、神社に奉納するようになった。

 しかし日本における天皇は天照大神、太陽神かつ最高神である女神の子孫とされていたことを思うと、初めから競べ馬は神事としての性質を持っていたと言っていいだろう。旧約聖書やギリシア神話を引用するまでもなく、神またはそれに準ずる存在に捧げ物をして、その見返りを得るというのは典型的な神事のパターンと言っていい」

日本書紀に関する言及はやや恐る恐るであったが、それからは師匠はするすると言葉を紡いでいく。最初はロード福永二世の反応が気になっていたが、もはや彼の存在が意識から消える。ただ師匠の話に没入していく。

「日本の場合土着宗教も祀るのは神で神社があり、天皇制と密接に結びついた神道とは別の土着宗教に基づく神社でも競べ馬は行われるようになった。すでに言った通り神またはそれに準ずる存在に捧げ物をして、その見返りを得るというのは普遍的な神事のパターンであるのも大きかっただろう。こうした神事としての競馬、これを祭典競馬と呼ぶが、祭典競馬は日本各地の神社で行われた。

 この祭典競馬を土台とした競馬は特に地方競馬に多い。地方競馬でそれぞれ主とする魔術が違うのはこの背景が大きいな。魔術とは神秘、奇跡を人為的に起こす行為のことであり、魔術師という概念が確立されていなければ魔女や巫女、僧として扱われるのは自然なことだろう」

「確かに日本のキリシタンとして有名な天草四郎も魔術によって奇跡と呼ばれる御技を起こしていたという説もあるな」

ロード福永二世が一言補足した。天草四郎は知らない人物だ。今度調べてみよう。

「キリスト教であれ、神道であれ、仏教であれ、魔術師という概念が成立する前に魔術の素質がある人間が神事として行なっていたのが原始の日本の競馬であったと言えるだろう。そしてその神事としての形式は神またはそれに準ずる存在に捧げ物をしてその見返りを得るというものだが、これは現代の視点から言えば魔術師が自らの力では不可能な神秘を可能にする、つまり魔術から魔法へ、魔法から根源へと志向する行為に他ならない。神事は実際的な利益から出発しながらも実際的な利益から乖離したからこそ神事になる。これも魔術使いから魔術師への移行と言える」

師匠はそこで言葉を切った。表情に少し緊張が見て取れる。本来なら煙草の一本でも吸いたいところなのだろうが、あいにくここは禁煙エリアだ。F××kと小声で毒づいて、観念したように、はっきりと自らを試してきたもう一人のロードを見据えて言い切った。

 「つまり、日本の競馬魔術とはより強い馬とより強い走りによって根源に至ろうとする営みのすべてと定義される」

 そしてその視線をしかと受け止めて、もう一人のロード、ロード福永二世はゆっくりを目を閉じた。口元に緩やかな笑みを湛えて、二、三回鷹揚に頷く。

「うちの厩舎にスカウト出来ないのが残念やわ」

それは端的かつ最上位の賞賛であった。おおよそ、ひょっとしたら完全に正解だったのだろう。問いかけに長く正確な答えを返した師匠は、疲労を滲ませて長く息を吐いた。悪態つくようにロード福永2世を睨みつけている。

 「師匠、ここまで解体して大丈夫でしょうか」

「競馬魔術は解体したところで意味がない。だから単純にミスタ・フクナガは私を試したんだ」

「そう怒らんといてぇな」

「競馬魔術は解体したところで意味がないというのはどういう意味ですか?」

「競馬魔術は強い馬と強い走りで根源に至ろうっちゅうもんやから、基本的な蓄積があるのは馬の方やねん。馬に人間の理屈は通じへん。人間のロジックで分解しても馬には確かな蓄積と成果が残り続ける。そら調教方法とか騎乗とか色々あるけどな。けど根本的に馬をより早くより強くしていくしかないねん」

「我々に理解しやすい表現をすると、サラブレッドは生きた魔術刻印と言えるだろう」

「なるほど……?」

自分の問いに軽く笑ってロード福永二世は答え、ロードエルメロイII世が続けた。

 「魔術師が後継者を重んじる、血統と家を重んじるのは我が身に宿る先祖代々の積み重ねの正しさを証明するためやろ? ただ競馬魔術の場合積み重ねはどっちかっていうと馬にあるからな、積み重ねの正しさを証明するのに血統は重要やあらへん。馬が好きで競馬が好きやったらそれで十分やねん。ユタカさんなんて別の方法で根源接続したんに競馬が好きすぎて競馬魔術で根源に接続しようとしとるで。セルフ縛りプレイやぞセルフ縛りプレイ。一般的な魔術師の感覚からしたら狂っとるやろ」

ロード福永二世はなかなか衝撃的なことをあっけらかんと言い放った。いかに遠く離れた極東の人物としても、自分だって武ユタカは知っている。魔法使いの一族である武家の現当主で根源接続者だ。根源接続者は通常、通常と言えるほど根源に接続した人間は多くないが、接続した瞬間消滅すると聞いていたが、今も生きているのはそういうことだったのか。

「日本のジョッキーに魔術的素質のある人間が多いのも、おそらく魔術と競馬の長い結びつきによって魔術的素質のある人間は日本では馬に惹かれやすくなったからだろう。馬が日常生活に普遍的に存在した時代はともかく、今はほとんど馬と関わる機会はない。となれば馬と関わる機会のある数少ない場所に魔術的素質のある人間が集まるのは必然だ。魔術的素質があるから馬が好きで、馬が好きだから競馬魔術を極める。日本の競馬魔術が廃れないのも道理だな」

「普通に魔術的素質がなくとも馬好きなんはぎょうさんおるけどな」

「それはすまない」

 さて。おおよその疑問が氷解したところで、自分の中で一番最初から、ロード福永二世の名前を聞いた時から抱いていた疑問が大きくなった。

「血統は重要ではないのに、どうしてわざわざロード福永"二世"と、二世を名乗るのですか?」

師匠、ロードエルメロイII世はエルメロイの君主の名は自らに過ぎたものであるとII世を名乗った。先代の正当後継であるロード福永二世が、何故二世を名乗るのかが疑問だったのだ。ロード福永二世の父は志半ばでターフから離れ、父と共に騎乗することはなかったと聞く。だから自ら二世を名乗ることで後継であることを強調し血統的正当性を示すためかと思っていたが、そもそも競馬魔術においては血統は比較的強調されていないらしい。では何故、二世を名乗るのか。

Why done it?

ロード福永二世は端的に答えた。

「俺はな、親父のことが大好きなんや」

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