ローの昔話
ローはあまり夢を見ない。
夢とは過去に起きた出来事の整理である、とはどこで聞いただろうか。それが正解かどうかは知らないが、きっともう自分の中で整理出来ているのだろうとローは思っている。思っていた。
――最近はよく夢を見るようになった。
原因はわかっている。手配書の中からどこかを睨みつけている、緑色の髪をした青年。一億二千万ベリーの賞金首。
「ロロノア・ゾロ……」
自室に持ち込んだ手配書を眺め、彼の名前を口に出す。ベッドに倒れ込むと、ギシリとスプリングが音を立てた。ローは、彼を、ゾロを知っている。
十四年前にフレバンスで起きた悪夢のような出来事。一夜にして全てを失った。――その失われた中に、ゾロはいたのだ。それも、最後に失った。
いつの間にかフレバンスにいて、邪険に扱っても何かと絡んできた(というのはローの認識であり、実際はローの方から妹と共に世話を焼いていた)緑の少年。ほんの一ヶ月ほどしかこの国で過ごしていなかったため珀鉛病を発症しなかった彼は、燃え盛る炎の中ローの手を引いて走ってくれた。防護服を着て周りを見渡す政府の人間の目を掻い潜り、山となった死体の前に辿り着いて呆然とする。家族も、友人も、何もかもを失った。幼いローは、隣にいるゾロの手を痛いほど握りしめてただ涙を流すことしか出来なかった。
ばたばたと足音が聞こえた。悲痛な面持ちで、しかし背筋を伸ばして堂々と立っていたゾロはローに声を掛ける。
「おれが気を引く。この死体はどこかに運ばれる、それに紛れて行けばきっと国境を越えられる」
「でも、それじゃあ、ゾロは、どうするんだ」
「後から追いかける。大丈夫だ、おれは死なねェよ」
「ほんとうだな、約束だからな、」
「ああ」
ゾロは身体を丸めてしゃくり上げるローの額をびし、と空いている方の手の指で突いてから、そっと握りしめていた手を離す。おれを独りにするのか、本当に死なないのか、行かないで、そばにいて。色々な思いがローの頭に浮かんだが、音になることはなくただゾロの顔を見上げることしかできなかった。お互いの手が痛くなるほど強く繋いでいた筈の手は、あまりにも呆気なく温もりを分かつ。
ゾロの顔は真剣だった。幼いながら、覚悟を決めた男の顔だ。ローを、ローだけでも逃がすための覚悟を。
最後にぽん、とローの頭に手を乗せてからゾロは踵を返した。腰に差した二本の木刀と一本の真剣に手を掛けて、炎揺らめく街の中に駆け出していく姿を見送ったローは山の中に潜り込んだ。
その後死体の山は国外に運ばれ、適当なところで抜け出したが、いつまで経ってもゾロは追い掛けては来てくれなかった。ローの涙はとうに枯れ果てていた。独りで歩き出す選択肢しかなかった。
それがどうした、なかなか元気に海賊をやっているようではないか。もう少し待てば来てくれたのかもしれない、と思うが今更考えてももう遅い。分かたれた筈の道が、海賊という同じ道に戻ってきているのなら――また、会えるのならば。あのとき離した手を、時を経てもう一度握りしめることが出来るのなら。
思わず手に力が入ってしまい、持っていた手配書がくしゃり、と音を立てた。慌てて起き上がり、丁寧に皺を伸ばしてからもう一度手配書の写真を眺める。
「……ゾロ…………」
目を閉じると、今でもつい最近のことのように思い出せてしまう。
真っ赤な炎に緑色が溶けていく姿が、今もまだ脳裏にこびり付いて剥がれないのだ。