ロシナンテ

ロシナンテ


「私たち、海兵になるの」

「デリンジャーも一緒だすやん!」

療養の名目で滞在していたスワロー島の岬で、コラさんに何度吹っ飛ばされてもめげずに懲りずに懐いていた連中は言った。

スパイの任を解かれ、そのまま海軍に残ったヴェルゴについて行くのだという。

「…そうかよ」

「すっごいイヤそうだな」

「ローは海兵嫌いだもんね」

しみじみと呟いたベビー5の腕の中で、デリンジャーがケラケラ笑う。

「私は私にできることで、ちょっとでも若様のお役に立ちたいの」

「お前は賢いから、医者の勉強続けりゃいいだすやん」

でも、なんでよりによって海兵なんかに。

初代コラソンだったというヴェルゴとこいつらの間には、何か話があったんだろう。そんな事分かりきっているのに、門出を祝ってやる気にはなれなかった。

「それにね、私……できるなら、たくさんの人の役にも立ってみたい」

周りにはおれたち以外誰もいやしないのに、大切な秘密を打ち明けるように声をひそめて、ベビー5はぽそぽそとそう言った。

おれはそれに何と返したか、よく覚えていない。

スパイダーマイルズのアジトが引き払われ、とんでもなく目立つ船もドフラミンゴの手で焼かれて沈められた、その少し後のことだった。


「どうしてコラさんに懐いてたのか?」

「めっちゃめちゃ今更だすやん!」

「あっ、でもあたし気になるわ!!"神さま"のお話でしょ?」

「あのな、こっちは今夜には街を出るんだ。簡潔に答えてくれ」

囃し立てるバッファローたちはなかなか本題に入りやがらねえ。"晴れて"七武海入りしたおれを、白昼堂々揶揄えるのが楽しくて仕方ないらしい。

こいつらは変わらずヤーナムの警備を続けりゃいいだろうが、おれは明日にはドレスローザの調査に入る予定だ。しつこく絡まれてつい口をついた疑問なんて、後回しにすりゃよかったか。

「話す気がねえなら持ち場に戻れよ、海兵ども」

「…………!!」

「ま~た泣かせてるだすやん!お前らほんといつまで経っても昔のまんまだな」

「いっけないんだー!ヴェルゴ中将に告げ口しちゃおうかしら!?」

「いい加減にしろ」

こいつらが海兵なんぞになってもう10年以上経った。続くわけないだろうと考えていた過去のおれの予想を裏切って、かつて海賊に拾われ育てられたガキ共は無辜の民を守るという高尚な役目を日々全うしていた。

おれだってもうガキじゃねえ。こいつらにはこいつらの仕事があると理解している。政府に関わる人間の、全部が全部クズじゃねえことくらい分かってる。

「ちょっと!待ちなさいよ!」

踵を返したおれに、涙を拭ったベビー5の声がかかった。おい、なんだその顔。

「あの人、最高幹部になるちょっと前に子供の刺客を殺したの」

「…………そうらしいな」

その話は、ヴェルゴ"中将"から聞いて知っている。

ドフラミンゴがあの人に立場を与えて縛り付けることを決めた、決定打になった事件だったと。

「そん時、おれたち二人とも助けられただすやん」

「狩長…いいえ、若様は知らなかったのかもしれないけど、コラさんは私たちの命を優先したのよ。爆弾を握った子供一人の命より、自分が怪我を負うことより」

「素敵ね!」

血生臭い昔話に、デリンジャーはガキみたいに目を輝かせて手を叩いた。

「だっておんなじだわ!どーしようもない人たちをたっくさん狩った夜と、ね?」

「私たちも、あの頃アジトに居たメンバーも、若様だってあの人に助けられてた」

いつになく強い眼差しできっぱり言い切ったベビー5の言葉に、冗談みたいにデカくなったバッファローが真っ白なコートを揺らして笑う。

「んに~ん!!お前だって、おれたちみたいに命を拾われただすやん?」

今は正義なんてもんを背負うようになった連中は、言葉を探すおれに笑顔を向けた。

そうかこいつらも、コラさんに命を救われたことがあったのか。

継ぎ合わせたあの人の影に、足りなかったものがまだあった。

隙間なく完成された狩人の有様に、薄く希望の熱が灯る。

それはきっと、夢の終わりにおれが受け取ったものと同じ名を持っているのだ。

「私たちの知ってるコラさんは、いっつも誰かのために戦う人だったわ」

記憶の中でおれの手を引くコラさんは、赤い瞳を細めて笑っていた。






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