ロシナンテ生存IF
―注意―
※PH・DR編のローのポジションにロシナンテがいる話なので、そんな感じでキャラと絡む。
※地雷踏んでもボワンスーできる方だけ読んでね↓
②コラソン
パンクハザードで13回、船に続くはしごで1回、サニーの甲板で5回。ロシナンテがスッ転んだ回数だ。長身なせいか周りのものを巻きこみながら転び、しょっちゅうジタバタともがいている。そのたびにルフィが爆笑し「おれはドジっ子なんだ」とプリプリと怒る様子は、この短期間に見慣れてしまったほどだ。
また妙なやつが乗ったなと、サンジは白いため息を吐いた。たしかにロシナンテは賑やかでおもしろいやつだ。おまけに言いようのないほどにドジで、動くたびに転んだり火だるまになったりしている。
しかしその一方で時おり彼が見せる表情が気を張ったものなのは、ここが海賊船であるせいなのか。そもそも政府が出入りを禁じたほどの危ない島にたったひとりでいた理由は何なのか。シーザーを確保したのは何故なのか。うるさい言動のわりに彼の目的がいっこうに知れず、うす気味悪さすら感じる。
隠しごとができるようには見えない。しかしたくらみがゼロとはとても思えない。船という閉鎖空間でともに過ごす以上、お互いのために疑念は晴らしておくべきだろう。サンジは飯の準備もそこそこに、ロシナンテに静かに語りかけた。
「さて、そろそろお前の目的を聞かせてもらおうか」
「……話さないってワケには」
「いくかよ。海賊が『元』とはいえ海兵を乗せてんだ」
言い淀んだロシナンテにクルーたちの目が集まる。侍の親子は関係ないとばかりに、離れた場所でジッと聞き耳をたてていた。
「いくら船長命令といってもリスクがあることには変わりないわ」
「こっちが納得できる説明をするのがスジってモンだろ、兄ちゃん」
「だよな」
ナミとフランキーにまでたたみかけられたロシナンテは、肩をすくめて甲板の芝生にどっかりと座りこんだ。指先でさわさわと芝をいじりながら、ひとつゆっくり呼吸をおいて口を開く。
「ドレスローザの現国王の名は、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。やつを……倒したい」
「ドフラミンゴ!?」
「フラミンゴ?誰だそいつ?」
「ドンキホーテ・ドフラミンゴ。七武海の海賊よ、ルフィ」
「し、七武海〜!?」
ロビンの補足に一味は目を丸くした。ウソップ、ナミ、チョッパーにいたってはガタガタと体を震わせている。ルフィは口をポカンとまん丸に開いてロビンに問いかけた。
「海賊が王さまやってんのか?」
「おかしいことではないわ。現に七武海のボア・ハンコックもアマゾン・リリーの王として君臨しているし」
「ハンコックみたいなもんか!」
「でもアマゾン・リリーは海賊国家。ドレスローザは戦争をしない平和な国なはずだけれど……」
「10年ほど前まではリク王家がドレスローザを統治していた。しかしそれまで平和だったその国にドフラミンゴが降り立ったそのとき、王家側が民衆を襲うという事件が起きた」
口ごもったロビンに続けてロシナンテが言った。いままで表情豊かな彼だったのに、その喋りは感情をなくしたようなものだった。彼のかもす妙な雰囲気に、チョッパーはソワソワと居心地わるそうに手の蹄をこすった。
「王が国民を!?」
「なんだ王さま悪ィやつだな!」
「バカ言え。七武海とはいえ海賊が国に来たとたん、平和な国の王が国民に手をかけるか」
ゾロが顔を不快そうにしかめながらルフィをたしなめる。ロシナンテはそれにコクンとひとつ頷き、話を続けた。
「ご想像のとおり。すべてドフラミンゴが仕掛けた罠だ。そしてやつ自身がその騒動をおさめ、新たな王として君臨した」
「胸くそ悪ィ話だ」
「なんだか、アラバスタを思い出すわね」
「アラバスタ……ですか?」
ナミが楽園にある砂漠の国を思い出しながら、しみじみと言った。事情を知らないブルックが首をかしげる。
「2年前、当時七武海だったクロコダイルが民衆を扇動してアラバスタという国を乗っ取ろうとしたの」
「それをコイツが止めたってわけだ」
「おれがぶっ飛ばした!」
サンジが雑に指をさすと、ルフィはノリよく拳を突き上げた。少し後ろでウソップが「マァ8割がたおれ様の手柄だがな!」とドヤ顔を決めるのを、チョッパーがキラキラした瞳で見つめる。
そんな中、ロシナンテが慌てた様子で声をあげた。アラバスタの騒動について、知っていたものとまるきり違う内容の情報だったからだ。
「おい待てそれは海兵の手柄だって聞いてるぞ!」
「表向きはな」
「クロコダイルを倒したのは正真正銘コイツだ」
「そう、だったのか……」
ロシナンテはたっぷり10秒かけて、ようやっと納得した。
軍に長く所属していればイヤでも見えてくる闇がある。都合の悪い情報の書きかえなど、ましてや相手が海賊であればためらいも無くするだろう。だからといって海軍の背負った正義を疑うことはしない。ただほんの少し、やりきれなさが残るだけだ。ロシナンテは退役したかつてのトップ、養父であるセンゴクの心中を想った。
少しシュンとしたロシナンテのかたわら話は進む。ゾロが腕を組みながら探るような目つきで口を挟んだ。
「それで?まだ何かあるんだろ、一介の海兵ひとりが背負うには荷が重すぎだ」
「ましてや相手が七武海。お前が海兵を辞めたってのはそれが理由か?」
続いてフランキーも疑問を口にした。国の乗っ取りの真実など、平の海兵がたまたま持ち合わせていいような情報ではない。端的にいうと、ロシナンテは知りすぎているのだ。
「13年前まで、おれはドンキホーテファミリーに潜入し諜報活動をしていた」
「潜入!?」
「諜報!?」
「嘘だろ!」
「できんのかよお前!」
「世も末ね……」
「うるせー!おれの能力は潜入向きなんだ!」
ワーワーと騒ぎ立てる一味を咳払いでたしなめ、ロシナンテが続けた。
「最高幹部のひとりとしてファミリーで活躍していたおれは、当然ドレスローザの情報も掴んださ」
「最」
「高」
「幹」
「部」
「だとォ!?」
「おれ、ドフラミンゴってやつがなんだか気の毒に思えてきたぜ」
「クソっ、言いたい放題言いやがって……だがおれは欲目をかいた。あれは完全に私情だった」
しだいに顔をくもらすロシナンテに、一同はピタリと押し黙る。
「当時ファミリーには10歳そこらのガキも何人かいたんだ。生まれや育ちが不運なヤツらで、追い出そうとしても出ていかねぇ。そんな中でドフラミンゴのやつがいっとう目にかけていたクソガキがいた」
子どもに弱いナミの顔がこわばった。彼女はパンクハザードでも見ず知らずの子どもを助けようと身をていして戦った。なにより年端もいかない子どもが海賊とつながりを持たねばならない状況のおぞましさを、彼女自身の体験としてよく知っているのだ。
「国も家族も亡くし、オマケにそいつは……病気だった。治療法のない病だ。自分自身の口で余命は3年そこらだと言っていた」
「そんな……」
誰ともなく、ハッと息をのんだ。いつも騒がしいルフィでさえ、凪の声色に耳を傾けていた。
「おれは任務を放り出してそいつを連れ出した。病気を治せばそいつは海賊なんてやめて、まっとうに生きていけると思ったんだ。なんとしてでも治してやりたかった。だからノース中の病院をまわった」
「そいつ、治ったのか?」
「風のウワサでは治って元気にやってるらしい」
「よかった」
チョッパーがホッと息をこぼした。優しい船医に、ロシナンテの頬もわずかに緩む。しかしそれはすぐに引き締められた。
「だがそこでドジっちまってな、任務は失敗。ドレスローザの情報は本部に届かず、おれはファミリーの裏切り者としてドフラミンゴに銃で撃たれた」
「そんな!」
「かろうじて一命を取り留めたおれは軍に保護された。目覚めてすぐに情報を伝えはしたが、軍の対応は遅く……間もなくドフラミンゴは七武海の座についちまった。そしてドレスローザで事件は起こった」
「だからお前も海軍を辞めてドレスローザへ、か」
サンジがフーっと長い煙をはきながら言った。ロシナンテは決意のまじる瞳でコクリと頷きそれを肯定する。
「ドフラミンゴは七武海で、海軍のままだとおれは手を出せないからな。おれはこの件に責任を感じてる。おれの手で止めるべきなんだ」
ロシナンテのにぎった拳にかすかな震えが見えた。一度殺されようとした相手に再び立ち向かうということは、並大抵のことではない。しかし彼は、それでもやり遂げると言葉を強くした。
「ドフラミンゴからドレスローザを解放して、あいつとの約束を果たす」
「あいつ?」
「約束?」
「病気だったクソガキとの約束さ。おれが撃たれたあの日、ドフラミンゴから逃れたら隣町で落ち合おうと約束をした。ハハ……できもしねぇクセにな」
ロシナンテにとって、あのとき引き鉄を引けなかったことよりも何よりも、守られなかった約束がいちばんの心残りだった。彼の中ではまだ少年は約束と一緒に宝箱に入ったままなのだ。
「連れ回して、嘘ついて、傷つけてばっかりだった。だから迎えに行く。顔あわして、謝って、褒めてやるんだ。よく生きてた、頑張ったってな」
夢物語を語るように、あたたかい笑みを張りつけてロシナンテは言った。
「そのためだけに13年間、生きてきた」
「13年……」
短いといえない年月に誰もがクラりとした。『クソガキ』が生きているという情報があるだけましとはいえ、それだけの時間をかけてはるばる新世界の海までやってきたのである。大した根性だ、とゾロが小さく呟いた。
「ルフィさん」
「ん?」
「僭越ながら私、彼の『約束』に少々思うところがありまして」
ブルックが固い声で静かに語りかけた。少しだけ腰を折ってルフィとしっかり目と目を(彼に合わせる目玉は無いが)合わせる。ブルックとラブーンの過去は一味全員の知るところであり、口をはさむ者はひとりとしていなかった。
「もしあなたの海賊王への道に支障がないようでしたら、彼の『約束』の手助けをさせていただけないかと」
「おいやめろよ!これはおれの因縁だ!」
ロシナンテが慌てて言葉を重ねた。しかしルフィは一瞥もせずに即答する。
「わかった。いいぞブルック、助けよう!おれもこいつ、嫌いじゃねェし」
「待て、おれ抜きで話を進めるな!海賊の手を借りるつもりはない。送ってもらうことには感謝するが、それ以上お前らに頼るつもりはないんだ」
「いいよそれで。助けるのはおれたちが勝手にやるからさ。お前は好きに動けよ」
「は」
言葉をなくしたロシナンテが驚きで目を見開いた。閉じることを忘れた口からはひとつの音も発せられず、まるでナギナギの能力を使ったかのようにシンと静まりかえる。船上の誰もが、ロシナンテとルフィのやり取りを見守っていた。
「お前らには全然……関係ねェ話じゃねえか」
「だからなんだよ。ブルックが助けたいって言ってんだ」
「相手はドフラミンゴだぞ。七武海だ。その裏には四皇のカイドウだっている。ケンカ売ったらお前らもただじゃ済まねェ」
「海賊王目指してりゃそのうち売るケンカだ。いま売ったって別にいい」
「けどよォ……」
臆すことなくあっけらかんと宣うルフィに、ロシナンテはすっかりと圧倒されてしまった。
2年前、東の海から楽園にかけての航海でメキメキと頭角をあらわした大型ルーキー麦わらのルフィ。航路も行動もすべてがめちゃくちゃで、彼が関わった世界的大事件は数知れない。政府も海軍も対応に頭を悩ませただろうことは、かんたんに想像できた。ロシナンテはすでに退職していたため情報は新聞のみだが、世間に開示されたものだけでもセンゴクの胃に穴をあけるに十分なほどのことをしでかしている。
なにか考えがあってのことだろうと世間の誰もが噂をしたが、きっとそれらもこの奔放さの成したものだったのだろう。船員のやけに落ち着いた様子からも、それはよくわかる。
新聞に記されたほんの数百字からは人物像も真意もなかなか知れないものである。ロシナンテの頭の中に存在していた極悪非道の海賊『麦わらのルフィ』はいつの間にかどこかへ消え去り、あっという間に快活で豪快でとびきり自由なひとりの青年に上書きされてしまった。
そしてそんな彼はロシナンテとの会話に飽きたのか、両手をあげて「サンジ!メシー!」と叫びをあげる。ロシナンテは頭の中の麦わらのルフィ像に『単純』をそっと付け足した。
「アー……残念だがウチの船長は言いだしたら聞かねェ」
「潔く諦めたほうがいいわよ」
ウソップが同情ぎみにロシナンテの肩にポンと手を置き、ロビンがクスクスと笑いかけた。周りをながめるとゾロはいつの間にか昼寝をしているし、ナミは航路の確認、ブルックがバックミュージックを静かに奏で始めた。コックのサンジはすでにキッチンへ、チョッパーはルフィとバタバタと走り回り、フランキーが舵を握る。
クルーたちがそれぞれにすべきことを成すさまは、まるで彼ら自身がひとつの船のようであり、ひとかけらも失えないパズルのピースのようでもあった。うす暗い北の島々で悪魔に魅入られたように暴虐を尽くしたファミリーとは、まったく別の人種であるとさえ感じられる。
もしファミリーが彼らのようであったなら……そう思いかけて、やめた。クセのある金髪をブルブルと振ってあるはずのない『もしも』を追い出す。この考えは、次の島で成すべきことのジャマになる。
ロシナンテは気を落ち着かせるために煙草を1本取り出し、その先に火をつけ、自分も燃えた。ギャアギャアと転げまわり、水をかけられ、芝生を燃やすなと怒られ、笑われ、笑われたことに怒り。
そんなこんなで気づくことができなかった。ロシナンテの懐の電伝虫がプルプルと着信を告げていたことに。
◆
同時刻、ドレスローザ。
頑丈な石の壁があってなお響く歓声は鼓膜をビリビリと震わし、空気はどこもかしこも熱気で包まれている。そんなコロシアムの廊下をふたりの男が歩いていた。彼らとすれ違えば誰もが「コラソン様だ」と足を止める。敬意の会釈に手で応えながら、彼らは迷いなく白い一室にたどり着いた。
「今日の負傷者リストはこちらです。器具・備品も問題なく」
「ああ、ごくろう」
ペンギンのマスコットの付いたキャップを被った青年が、モコモコ帽子の青年にバインダーを手渡した。渡された青年はそれを興味なさげに一瞥し、どっかりとチェアに腰かける。
この国では少々名の知れたふたりだ。コロシアムの医療室担当といえばそれなりに顔が知られる役職。おまけにふたりともが国王の直属の部下である。
「いつでも始められます」
『コラソン』の後ろに控えたペンギン帽子の青年が言った。彼の名はペンギン。ドンキホーテファミリー、ディアマンテ軍の幹部のひとりだ。
「……診察を開始する」
それに応えた『コラソン』と呼ばれたモコモコ帽子の青年は、ドンキホーテファミリーの最高幹部がひとり『三代目コラソン』トラファルガー・ローである。
そして彼こそがまさに、ロシナンテがかつて約束をしたクソガキその人なのであった。