レース後/大帝くんと生き残るちゃん

レース後/大帝くんと生き残るちゃん

【前夜】の続きのようなもの おふたりとも掲示板載ってくれて本当に……本当に……


「……来てたのか」

「もちろん。見に行くって言ったから」

「そうだったな」

「さっきまでみんなと居たんだけどね、わたしだけこっち来ちゃった」

 

 話しぶりから察するに、一緒に来たという奴らはきっと引退式を見に行ったんだろう。

 行かなくてもいいのかと訊くのも悔しいように感じてしまって、何も言えない。レースの名残りか、どくどくと心臓が脈打つ音が響く。

 

 本当は、電話で話そうと思っていた。レースを終えたばかりではいつものようには振舞えない。格好悪い姿を晒すのはごめんだし。

 

「……」

「何も言わなくていいよ」

「うん……ごめん」

「えー謝られてもなあ。あっ!じゃあ、代わりに抱きしめてほしいな」

「なんだよそれ。……はい」

「えへへ」

 

 防寒具越しに体温が伝わってくる。12月のターフを駆けて冷えた体に温もりが沁みる。

 本当は話したいことも沢山あって、それは最近食べて美味しかったご飯とか、道端で見つけた花とか、レースのことだったりして。それを上手く言葉にできないのがもどかしい。

 

「わたしはね。シャフくんと話しに来たんじゃなくて、シャフくんに会いに来たんだよ」

「同じじゃないのか」

「違うよ。話なら離れててもできるけど、こうやって抱きしめるのは会わないとできないでしょ」

「そう、だな」

 

 たとえ勝っていようと彼女はこうやって何も言わずにいてくれたのだろう。

 期待をされていないわけじゃない。期待以上に、信頼されている。何も言わないことを選択してくれるその信頼が痛い。痛いくらい嬉しくて、同時にそれに応えられていると即答できない自分が悔しい。

 

「あー、そうだ、引退式」

「途中で行ってもバレないよ。……ソダシちゃん以外には」

「あー、まあ、あいつは気付くか……」

 

 そう言っているうちにおかしくなって、どちらからともなく笑いを零す。腕の力を緩めないのもお互い様だった。

 

「あいつに、負けた」

「うん」

「ダービー獲った後輩にも」

「うん」

「悔しい」

「うん」

「悔しいなあ……」

「……うん」

 

 まだ次のレースもあるかもしれなくて、それでも同じレースはもう二度とない。ターフを去っていく同期たちに餞のひとつも贈ってやれない。

 

「でも、格好良かったよ。彼女のわたしが言うんだから間違いない」

 

 間違いだなんて言わせないといった口調でそう断言されて、より一層背中に回る手に力が籠る。一番でもなんでもなく、ただ彼女から見て格好良かったという事実を述べられては否定のしようもない。

 

「また惚れ直しちゃった」

「ばーか。そんなの、俺の方が惚れてるに決まってる」

「えー絶対うそ!こればっかりは譲らないよ!」

「うそじゃねーし。いつもいつも、顔を見るたび惚れ直してんだよ」

「じゃあわたしは声を聞くたび惚れ直してる」

「なら俺は思い出すたび」

「えーっと、えっと、それなら……呼吸するたび!」

「そうやって可愛いことしてくれるたびに惚れ直してるんだよ」

 

 言い合いにムキになって腕の力が抜けてるのをいいことに、体を離してキスを仕掛ける。

 

「レーベンの負け。ほら引退式行くぞ」

「今のでまた惚れ直したから負けじゃないもん!」

「なら俺の負けでいいよ。先に惚れたが負けって言うし」

「うん!……うん?」

 

 不満げにする彼女の手を引いて、人だかりの方へと向かう。いつしか脈動は平時と大差なく落ち着いていた。

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