レムレム特異点でぐだアースちゃんの胃が死ぬ
冷や汗が止まらない。
私は星の代弁者にして、ヒトの歩みを見届ける者。
ーそんな私を震え上がらせるモノは。
「わぁー!すっごいー!綺麗で長い髪だね!どうやってお手入れしてるの〜?」
ハイテンションで騒ぎ立てる五月蝿い小娘が目の前に1人。ただ侮るなかれ。下手に刺激して怒らせた瞬間、まもなくその星に終焉の幕引きが執行されるであろう。
『ORT』
それは太陽系の最果てから飛来した星喰らいの怪物。その性能は理不尽そのものであり、私が最も忌み嫌う存在である。
「ねぇ〜?きいてるの〜!?」
頭をブンブン振り、謎の超速移動で私の左右から話しかけてくる。その度にキラキラとプラチナのような粒子が美しく舞い散る。
正直視界に入れるだけで身の毛がよだつ。
いつも通り早めに床につき、気づけば謎の特異点のような何処かに飛ばされたというわけだ。
何故寝起き早々にこんな目に合わなければならないのか。このささやかな怒りを諸悪の原因にぶつけても、なんのことなくピンピンしてそうなのが尚更タチが悪い。反応しても地球のリソースを無駄遣いするだけと判断してスルーを決め込む。
とりあえず周囲を探索するために歩き出す。後ろから「私怒ってます〜!!!」というオーラが滲み出ているが放置した。
それでもこっちの気持ちはお構いなく質問のボールを投げてくる。この侵略生物め。
出身はどこ?今の仕事は?面白いエピソードは?趣味は?好きな食べ物は?朝何時に起きるの?暇だったら何する?気になる人は?
だんまりを決め込む択もあったが、喧しさがエスカレートするとみて適当に返答しておいた。
質問のマシンガンに粗方返し終わって一段落したかと思われたのだが。
「貴方は、『藤丸立香』なの?」
突然態度が切り替わる。おふざけモードから一転、私の中を見透かそうとするような眼。それはヒトの目ではなく、まさしく上位生命の眼。
相手を真っ直ぐ見据え毅然と返す。
「そう、私は藤丸立香。」
「星の頂点に立つ存在として、人類の未来を見届ける者。」
「そして倒した数多の歴史達の全てを憶え、背負い、歩む者。」
それを聞いてORTはふにゃりと態度を和らげた。
「やっぱりそうなんだね。私、とっても好きな人がいてね?ちょーっと偶然かな、って思うくらいに似てる所が多かったから聞いたの。」
それからは求めてもいない惚気話を延々と語りだした。このORTはある並行世界にて別の『藤丸立香』にガチ恋した個体らしい。
既にツッコミどころが多すぎて頭が痛くなる。
殺されてバグった?
英霊召喚を理解して愛人の元に飛んだ?
冠位降臨者?
宇宙誕生以前からの存在定義?
先日のデートの一部始終?
これからの人生設計?
ーーーーーは?
何処からか別時空の電波を受信した気がする。
「あ!立香とのパスが戻ったぁー!」
…今度はなんだ。早く帰って平穏に戻らせてくれ。
「なんかね〜。ここの結界モドキのセキュリティをイジイジしてたら、結界自体が私達の負荷に耐えられずブッ壊れちゃったみたい…」
なんか申し訳なさそうに言われても反応に困る。というより意味不明な情報に揉まれすぎて、今の私は理性的な思考を放棄していた。
「私は何もしていないのですが。貴方が勝手に壊したんでしょう…」
正直違和感を覚えさせることなくアルテミットワンたる私を転移させたこの特異点の制作者にはある種の称賛を送りたい。
頑張って作った結界をこんな化け物にオモチャ感覚で破壊されたことに対しては同情する。
「よーし、やっと帰れるー!じゃあね!地球のお姫様ぁ〜!」
一方的に喋り、一方的に理解し、一方的に離脱していく彼女。
嵐が過ぎ去ったあとには静寂が戻った。思わず溜息が漏れる。
アレを落とした別の世界の自分を想像してみるが、どう考えてもできる気がしない。
世の中には理解の範疇を大きく超えるものがあるという事を心の底から理解できた気がする。