レッドと兄貴と煙草の話

レッドと兄貴と煙草の話



偵察部隊も送らずに敢行されたウォッチポイント・アルファの探査任務。ベイラム本社からレッドガン全戦力に対して出されたこの指示がアーキバス優位な情勢に対する焦りによるものなのか、ミシガン達を排除する為の陰謀なのかは分からない。

ただ外様の私にも言えることは、この穴の中は地獄に似ているということだけだった。


「あ、う…総長…G13…」


眠って魘されているのか起きて錯乱しているのか分からない声を耳元で聞き流しながら、物陰へACを滑り込ませる。そのままメインブースターも切って息を詰めること数十秒、遠くを軽量のMT数機が通り過ぎていく音がした。

MT部隊が完全に離れた気配を察し、いつの間にか詰めていた息を吐く。操縦桿から離した手は、何も考えなくても勝手に動いていた。

懐の携帯灰皿から、まだまともな長さが残っている煙草を出す。口に咥える。ライターで火をつける。吸い込む。有毒な煙を吸い込む為のケチくさいルーチンワークが、いつもの自分を呼び起こす。

ただでさえ息の詰まるコクピットに煙草の匂いが充満する。換気の為にハッチを開けようとしたその時、傍らで唸っていた人影が動いた。


「…G9?」

「起きたか」


省電の為、コクピット内の照明はとっくに切っている。その暗闇の中でG6 レッドの掠れた声がして、視線を感じた。


「…すまん、また眠っていたのか…」

「気にするな。後で交代しろ」

「ああ。…なあ」

「分かってる」


く、と控えめに袖を引かれる感覚。ポケットにしまっていたくしゃくしゃの箱から一本新しい煙草を出すと、手探りでレッドの輪郭を探す。首に触れた手を引かれ、触れさせられた顎を伝って探り当てた半開きの口にそれを突っ込む。そのまま顔を引き寄せ、うっかり顔に火傷させないように注意を払いつつ、彼の咥えた煙草と自分のものをゆっくり重ねた。

……ミシガンやMT部隊が壊滅したと聞いてから、どれだけ経ったろう。イグアスと逸れ、ミシガンを失い、道中の味方の遺骸を暴きながらアーキバスのMT部隊や無人機に追われ続ける地獄を駆け抜けた。レッドの愛機ハーミットも既に破壊されていたが、中にいたレッドは間一髪で救出出来た。…が、遅すぎた。


——G9…コール、サインを…


生きてはいても、既にレッドは半壊していた。彼の支柱だったものは既になく、空は遠く、地底は見えず、周囲は敵だらけで眠ることすらままならない。その環境に一人でいて、正気のままでいる方が無理があったのだ。

起きていても地獄は終わらず、寝ても悪夢に魘される。その状況で私が乗るACのコクピットという安全地帯に辿り着いた彼は、もう私に依存するしかなくなっていた。

そしてそれは、私も同じだった。

既に弾薬も燃料も、持ち込んできた分は殆ど使い切っている。今はもう道中に転がる仲間達のACやMTの遺骸から資源を貪り、戦闘を極力避けることでやりくりしている状態だ。無駄な発砲も被弾も一発も許されないストレスは特段強く感じないが…少し前まで顔を合わせていた連中の遺骸を暴き続けることは少し応えたし、それ以上に今私を追う彼に向けられる目が、私の精神を苛んでいた。

そんな時だったのだ、敵に囲まれ死にかけているレッドを見つけたのは。それを見なかったことにした方が色々得だとは分かっていたが、そうするには私は彼を懐に入れすぎていた。

私の共にいることで、レッドガン部隊という居場所を認識し続けているレッド。

彼に施しを与える為に、自分が逃げていることへの罪の意識を埋めている私。

煙草を与え、触れ合い、火を分け与えることで互いの存在を確かめる。真っ暗な狭いコクピット内で行われるその行為に、私達は揃って依存しきっていた。


「げほっ」

「…慣れんだろう。無理に吸うな」

「いや…こうするのが、一番落ち着く」


愛煙家が多いレッドガンの中で、レッドは数少ない非喫煙者だった。ミシガンも吸うし興味がないわけでもなかったが、煙草を買う金があるなら故郷の弟達への仕送りを増やす。そういう人間だった。彼が吸うようになったのは、ここで私と合流してからだ。時折譫言のようにコールサインを呼ぶだけでは正気を保ちきれなくなった彼を見兼ねて、そして自分の為に私が教えたせいだ。

……解放戦線にいた頃、弟が私の真似をして吸おうとしているのを止めていたことを思い出す。実の弟には断じて与えなかったそれを弟の代わりにしている男には与えて。それを与えている自分と、自分を求めてくる相手に心を満たして。そして自分を追ってくる弟からは逃げ続けている。

レッドがほとんど正気でないのは私から見て間違いない。しかしこの孤独な暗闇の中で、私が正気だと言う人間は誰もいなかった。

箱の中に残された煙草は数本。ライターのオイルは僅か。正気を灰にして、全てが終わる時が迫っていた。

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