🆚レジィ

「日車？あー……残念ながら俺はレジィだ。キミ、騙されたの♡」

目の前にいる蓑虫のような格好をした男──レジィ・スターは嘲るような口調で虎杖に語る。

『ハァ……一杯食わされたな。』

宿儺までもがつまらなそうに呟いた。

虎杖は結界侵入後すぐに出会った女の術師、麗美の言葉を信用した事を後悔する。

「……あんだけ殴ったんだから本当の事を話してると思ったんだけどなぁ。」

『ケヒヒッ、小僧。その考えは早計だったな……どうする、殺すか？』

「うぅーん……」

虎杖は面倒だ、という顔を浮かべながら背後にいる麗美を見やる。

街中にいればそれなりに目を引いたであろう彼女の端正な顔は酷く腫れ上がり、片目は開いていない。

逃げようとした彼女の髪の毛を引っ掴み、引き摺るように運んできたからか身体のあちこちには痛々しい青痣や擦り傷が見られた。

「いッ……言っとくけどねぇ！レジィ様はマジで強いんだか」

「黙れ」

何も感情が籠っていない声。麗美はヒィッ、と小さい声を上げて縮こまった。

「時間の無駄だったな。」

虎杖はゆっくりと印相を結ぶ。

（印相……式神使いか！）

レジィは虎杖に向かって構えを取る。しかし、彼の予想は外れる事になった。

「───領域展開」

（……マジかよ！）

領域使い。現代術師で使える人間を見たことは無かったので油断していた。彌虚葛籠で凌げるか？そもそも領域の効果はなんだ？いや、今ならまだ間に合う───

「伏魔───」

「待て待て待て！！！待ってくれ！！！」

レジィは構えを解き、遮るように大きな声を出した。

虎杖はニヤリと笑い、結んでいた印相を解く。

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生得領域の中、宿儺が同じようにニヤリと笑った。

『ブラフが効いたな、小僧。』

……実のところ、虎杖は領域展開を会得していない。

確かに宿儺の術式は虎杖の身体に刻みこまれつつあったが、現状では『解』や『捌』（それも宿儺のような美しい切断面ではなく鋸を引いたようなジグザグの汚い切断面になる）しか身に付いていなかった。

麗美一人だけならばそれらの術式を用いて───いや、用いなくとも適当に数回殴り付ければ殺せるだろうが、問題は目の前のレジィと名乗る男だ。

『恐らく、それなりの術師だろうな。当然俺の足元にも及ばないが。』

宿儺の声に虎杖は同意する。

宿儺からすれば虫ケラ程度の術師であっても、虎杖にとっては実力が未知数の相手だ。

オマケにココは集合住宅の廊下、恐らく見えないところにレジィの配下の術師が何人か控えているだろう。流石にそれらを纏めて相手にするのは面倒だ。それに何より──

「ココで殺したらさ、点数で伏黒にバレちまうだろ？」

虎杖は評価を気にしていた。

今の所、虎杖に対する周囲の評価は『助けられる人は誰でも助けようとする、素直で優しい、実直な好青年』である。

そんな "虎杖悠仁" がポンポン人を殺し始めたらその評価はどう変わるだろうか？

……少なくとも「悪い、また宿儺がやっちまった！」は通用しないだろう。

今後の『計画』を鑑みて、今暴れることは得策ではない。

『まぁ……賢明な判断だな。』

宿儺は退屈そうに同意した。退屈なのは虎杖だって同じである。渋谷のように目の前のコイツらをズタズタに切り刻めたらどんなに爽快だろうか！

虎杖は渋谷での虐殺に思いを馳せながら深い溜め息をついた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「分かった！　……分かった。領域展開はナシだ。キミ、強いでしょ？」

レジィが虎杖に話しかける。その額からはツゥ……と汗が一筋伝っていた。

虎杖は目を細めてレジィに問い掛ける。

「強かったら、どうする？」

「仲間になってほしい。」

レジィは即答した。げぇっ、という麗美の声が後ろから聞こえる。

「この死滅回遊を生き抜く上で、強い仲間は重要だ。点の確保も簡単になるしね……キミ、羂索って知ってる？」

「ケンジャク？誰だそれ、知らねぇな。」

虎杖は嘘を吐いた。

今までの人生全てが嘘のようなモノだったのだ、それを1つ増やすくらい虎杖にとっては苦ではない。

恐らくレジィの洞察力を持ってしても、虎杖の嘘を見破るのは困難だろう。

「羂索ってのはこの死滅回遊を……まぁ、いいや。仲間になるんならこの辺もゆっくり説明してあげるよ。どうだい？」

「うーん、そうだなぁ……俺の条件を聞いてくれるなら、別に構わないぜ。」

「……分かった、聞こうか。」

虎杖の発言にレジィは少しだけ眉を潜めたがそのまま傾聴の姿勢をとる。

「ありがとう、条件は1つだけだから安心してくれよ……近々、俺の仲間が泳者間での点の移動を可能にするルールを追加する。そうなったら……俺に全部点を寄越せ。隠れてる仲間の分もな。」

「……理由は？」

虎杖は嗤う。

「お前らより面白い事に使ってやるからさ！」

「交渉決裂♡」

バンッ！

激しい音を立てて虎杖の背後のドアが開き、中から男が飛び出してくる。

「針ッ！！ソイツは領域使いだ、本気でいけッ！！」

針、と呼ばれた男は硬質化した爪で虎杖を下から斬り上げる。

当たれば背中から首辺りまでを切り裂いていたであろうその攻撃は───大きく空を切った。

限界まで身体を沈ませた虎杖はガラ空きになった針の胴にフロントキックを食らわせる。

「ごぉぇッ……！」

全体重を乗せたキックを鳩尾へモロに食らった針の体は15センチほど浮かび上がった。

虎杖が続けて横薙ぎの殴打を針の顔面にブチ当てると、針はそのまま共用廊下を超えて外側へと落ちていった。

「よし！　……次はお前だな。」

虎杖は拳を握り締めたまま麗美の方へ向かう。麗美は尻もちをついたままズリズリと後ずさった。

「ほら、頑張れ頑張れ！」

───その時、虎杖は背後に呪力を感じた。

虎杖は大きく身体を横に逸らせて回避する。数瞬前まで身体があった空間を高速で包丁が通り抜けた。

「チッ、躱したか。」

レジィである。手には数枚のレシートが握られていた。レジィは再び口を開く。

「俺の術式は『再契象』……ま、簡単に説明すると契約の再現ができるってヤツだ。物質、概念は問わずにね。」

（術式の開示……本気で来るな）

虎杖はレジィに構える。しかしレジィの方は余裕綽々、といった様子だ。

「なぁ、一つ疑問なんだが……何故領域展開をしない？」

（しまった、バレたか？）

虎杖は動揺を顔に出さないまま返答する。

「……お前らくらいなら使わなくてもブッ殺せる。」

「どうだかね……針をぶっ飛ばすまでの一連の動き、あの中に領域を展開するチャンスは3回あった。俺達全員を領域に入れちまえば数的不利なこの戦況も簡単にひっくり返せたはずだ……でも、やらなかった。」

『ケヒッ！コイツ、中々目が良いぞ。』

宿儺が笑う。虎杖は敵に感心してるんじゃない、と言いたくなる気持ちをグッと堪えた。

「つまりだ。キミは領域展開なんて使えない。そうだろ？」

「……そうだったら？」

「まぁ、コレが正解でも不正解でも関係無いさ……もう『用意』は整った。」

ポイッと虎杖の近くに上階から何かが投げ込まれる。アレは……眼球？

「じゃあな、クソガキ君。」

────瞬間、閃光が虎杖を襲う。

投げ込まれた目玉が突然激しく爆発したのだ。

「……ちょっとぉ黄櫨！俺もいるんだけどぉ！！」

「死んだ？」

黄櫨と呼ばれた男はヒラリと上階からレジィの元へ飛び降りる。

「威力が強過ぎだ、ちょっとは俺に気を遣ってくれよな……死ぬかと思ったぜ。」

「お前の生き死には聞いてねぇよ、あのガキだ……まぁ、死んでなくてもだいぶ削れただろ。」

二人は立ち込める土煙の向こうに目を凝らした。

「……ハハッ、すげぇ爆発だったな！」

虎杖悠仁は、生きていた。爆発の瞬間に針が飛び出してきた部屋に飛び込んだのだ。

パンパンと埃を払って立ち上がった虎杖の足元には、身体の前面が焼け焦げた麗美が転がっていた。

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爆発の瞬間に部屋に飛び込む判断をしたまでは良かったのだが、玄関が開きっ放しでは熱や爆風、飛び散るコンクリ片などが防げない。

爆発までの数瞬の猶予の中、虎杖は考えた。

（ドアを盾にするか？いや、開きっぱなしのドアを完全に閉め切る時間はない。少し空いた隙間からの爆風を食らえばいくら身体が頑丈とはいえそれなりのダメージは負うはずだ。何か、ドア以外で簡単な盾になりそうなもの……）

その時、虎杖の視界の隅に麗美の姿が写った。

（あぁ、ここにあるじゃないか）

虎杖はここへ来た時のように麗美の身体を引っ掴んで部屋に飛び込む。

「えっ！？ちょっと、待っ───」

虎杖の身体が玄関に入った瞬間、目玉が激しく炸裂した。飛び込んでくる激しい熱や破片が麗美の身体を激しく損壊する。本来それらのダメージは全て虎杖へと与えられるはずだったものだ。

「いやぁ、お陰で助かったよ！ありがとな！」

虎杖は笑顔で瀕死の麗美に声を掛ける。もはや顔立ちも分からないほど崩壊した顔面からはひゅうひゅう、というか細い呼吸音しか聞こえなかったが、「こちらこそ！」という意味だろうと虎杖は勝手に解釈することにした。

その時、グシャグシャになった共用廊下から瓦礫を踏みしだく音が聞こえた。

「さっきはどぉもぉ〜」

……針だ。死なない程度とはいえかなり強く殴って叩き落としたはずだが、流石は場数を踏んだ呪術師、といったところだろうか。

「全く、ここまで這い上がるのも楽じゃねぇんだよ。」

「そうか。じゃあもう一回叩き落としてやるよ。」

虎杖が身構えた瞬間───

「リンゴンリンゴンリンゴーン！」

全員のコガネからけたたましくベルの音が鳴る。

「泳者による死滅回遊へのルール追加が行われました！！『泳者は他泳者に任意の得点を譲渡する事が可能』になります！！」

「……伏黒か。」

虎杖は呟く。こんな短時間で伏黒が100点を稼げる訳がない。恐らく日車をどうにかして説き伏せたのだろう。

もうこの結界に用は無くなった。ならば、やる事はたった一つだ。

虎杖は死に体の麗美の頭部を激しく踏み付けた。一回、二回、三回目でごしゃりと硬いものが砕ける感覚が足元から伝わる。

〔虎杖悠仁に5ptが追加されました〕

「オイ、いきなり何だって……」

困惑する針に虎杖はゆっくりと指を突き付け───

「解」

ばつっ、という鈍い音を立てて針の肩口が裂けた。

『小僧、今のは50点だな。急所でも無ければ断面も汚い。』

「うるせーな、まだ慣れてねーんだから仕方ねぇだろ！」

一人では分が悪いと直感的に悟った針は薄く立ち込める土煙の向こうにぼんやりと見えたレジィと黄櫨の元へ走り出す。針のただならぬ様子を察して二人も駆け出した。

「レジィッ、黄櫨ッ！！コイツ、何かヤバいぞ───」

「捌」

ばずんっ。

針の胴が粗く横断された。下半身はヨタヨタと数歩歩いて崩れ落ち、上半身は状況が理解できないといった顔で自身から零れ落ちた内臓を見つめている。

口をぽかんと開けた針がレジィと目を合わせた瞬間、

「解」

ばつっ。針の頭部がスライスされ、べちゃりと床に落ちた。

〔虎杖悠仁に5ptが追加されました〕

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

生得領域内、虎杖は宿儺に話しかける。

「ホラ、今のは良かったろ？」

『ケヒヒッ、まぁ……60点くらいだな。』

「厳しいな〜」

『加減はぼちぼち覚えていけばいいさ。ところで……不殺の話はどうした？』

「あぁ、コレは伏黒が目標を達成してくれたからさ。もうココでウダウダやってる必要も無いな〜と思って。それに……」

『それに？』

「伏黒って優しいからさ、取り敢えず辛そうな顔しときゃあ俺の点数に何か言ってくる事は無いだろ？」

『……グヒッ、ヒヒヒッ、アッハハハハハハハハハハハ！！！！！！そうだ！！！！それもそうだな小僧！！！！！！』

「そうだろそうだろ？流石に10人20人は殺せねぇけどさ、これくらいの人数なら大丈夫だって！！」

『よし、そうと決まれば早速残った二人も殺そうじゃないか。解と捌の良い練習にもなる。』

「おう、そのつもりだぜ……一応言い訳も考えとかなきゃなぁ。」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ばちゃ、べちゃ。

向こうを見通せるくらい薄くなった土埃。そこから雨上がりにはしゃぐ子どものようにわざとらしく血溜まりを踏みつけながら虎杖悠仁が現れる。

「さて……どっちからやろうか？」

その顔は───笑っていた。

「黄櫨……構えろ。」

レジィは虎杖から目を離さず黄櫨に声を掛ける。

「気を抜いたら、死ぬぞ。」

黄櫨も頷き虎杖に向かって戦闘態勢をとる。

「……ケヒッ。」

第二ラウンド、開始───