レガ主「ダンブルドア先生!」
自分の管理下にある闇の魔術に対する防衛術の授業を終え、次の時限まで時間の余裕があったアルバス・ダンブルドアはハニーデュークスにて売られている様々な甘味をつまみながら課題の採点をしていた。すると誰かの声と戸を叩く音が部屋に響いた。
『ダンブルドアせーんせい。今日の授業について話があるのですが……』
その声は少なくとも自分の生徒のものではない、ダンブルドアはそう確信した。だがそれは妙に聞き覚えのあるものだったのもまた事実。なんせ、変声期を迎えていない男性とも女性とも解釈出来る独特な声色を持つ人物の候補は、彼の知る内では一人しかいないのだ。
「………どうぞ、中へ。」
暫くの沈黙の後、重くため息をついたダンブルドアは額を押さえながらそう返答することを決意した。いつもならあり得ない事だが、ドアノブが回される時の無機質な音でダンブルドアは心臓を跳ね上げた。
室内に足を踏み入れたのは背丈からして五年生か六年生だということが推測できる青年。一見特に何もおかしいところはないが、特筆した違和感が彼の身を包むローブに込められていた。
ホグワーツ魔法魔術学校は4つの寮がある。その寮毎に色が分けられるローブの裏地の色は赤、黄色、緑、青、そしてまた赤と等間隔で常に変色しており、左胸に刺繍された五角形のワッペンは縁のみ黒で色付いている。内側はただただ空白だ。
青年は背後の扉を閉めると涼しい顔のまま手を振りながらダンブルドアの元へ歩みを寄せた。ダンブルドアの一番近くに置かれた学校机にもたれかかり、片手を甲板に着けた青年は微笑みながら空気にも浮きそうな程軽い声色で語りかける。
「ダンブルドア先生、元気にしてた?あっそれってシャーベットレモンキャンディだよね、今でも食べてるのか。まあ当然といえば当然かな」
「……えぇ、おかげさまで。 貴方に先生と呼ばれると違和感がありますね」
「えっ?どうして」
ダンブルドアは言葉をつまらせた。教授相手にフランクに話しかけるこの青年は、ダンブルドアがかつてホグワーツ魔法学校の一年生だった頃一年間だけ城内で同じ時を過ごした『先輩』。
彼の陽気で全てを受け入れる態勢と「この人なら信頼できる」と思わせる魅力は誰彼構わず人々を惹き付けていた。ダンブルドアもその数多の一人であり、皆に愛される一方彼も皆に愛を向けていた。
彼の愛に優劣はない。
それは自分が決して特別なわけではないという事実を突き付けるものだったが、それでも彼を愛していた。
だが自分の生命には極端に無頓着な様子に気が気でなくなったダンブルドアは、11の若さで『彼は自分が見ておかなければ』と覚悟を決めた。それは未登録とはいえ闇祓いとして暗躍している現状から今もなお、原動力が「愛」から「敬意」と「不安」に変わったものの継続している。
そんな人が『先生』と役職名で、挙げ句あの頃の外見と一切違わぬ『生徒そのものの姿』で呼びかけられてしまえば心がぎゅうっと締め付けられてしまうのも不可抗力といえよう。
「ローブは脱いでください」
質問にはとうとう答えず、話を強引に切り替えた。
「んー、やだ。このローブにかけた魔法の調節大変だったし……へへ、困惑しちゃう?」
「……はぁ。ていうか、からかいに来ただけですか?」
「いやいや、そんなわけないじゃないか」
青年は顔の前で手を左右に振りながら能天気に受け答える。今もなお心に残った微かな恋慕を閉ざす様にダンブルドアは憎まれ口を再度叩いた。
「貴方みたいな人が自由人がふらっと訪れてくるのは何かの前兆だと思っているので」
「もう、そんなひどいこと言わないでよ。可愛い後輩が今どうしてるか見たかっただけだってば」
青年は目を細めてはにかんだ。飾らない、本心からの笑み。それは昔よく見た笑顔と瓜二つなもので、ダンブルドアの脳に再度焼き付いていく。
「……そうですか」
「んー、でもやっぱ放浪者の僕に後輩なんて言われるのはいやかな?いまや立派な先生だもんね」
どう答えれば良いか。ダンブルドアには二つの心があった。いつまでも彼の『可愛い後輩』でいたい気持ちと、かつて愛した先輩よりも上の立場に立ってしまいたい気持ち。自分の権力への渇望がこんな形になって現れるとは災難だな、とダンブルドアは目を伏せた。
「貴方に任せますよ」
「へー」
青年はどこかつまらなさそうに返すとダンブルドアのすぐ隣へ歩いて行き、手のひらを彼の頭に乗せ鳶色の髪に指を通した。
幼い子供を相手にするような手付きに不服だろう?とでも言いたげに眉尻を下げ、上から見下ろしながら笑みを湛える青年の表情は、相手を一瞥した刹那にして消え去った。
「可愛いところもあるんですね」
ダンブルドアは一切の抵抗もせず、むしろ軽くあしらうようなありふれた声色で告げた。その一言を皮切りに青年は直ぐ様手を引っ込めた。ホグワーツを卒業して数十年、各地を放浪する合間に度々ダンブルドアの元へと訪れていたものの、彼は心身共に成熟し自分の知らぬ間に大成していたということを今更ながら実感した青年はどこか不服そうに噛みつく。
「……『も』ってなに、『も』って」
「そのままの意味ですよ」
「はは、アルバスってば先輩に向かって生意気になったなぁ」
自分は、アルバス・ダンブルドアは、数十年で変わってしまった。だからこそであろうか、「貴方がずっとそのままだから」とは言えずにいた。