レイン・エイムズと両親

レイン・エイムズと両親




「──レイン」


 一瞬、呼吸を忘れた。目の前にいる男女が悲しげに微笑みかける。次いで、息が浅くなる。見間違えるものか、幻覚などであるものか。彼らはエイムズ兄弟の両親だった。


「アローズ」


「……ッ!」


 レインが我に返るより早く、無数の矢が彼の体を貫いた。父の固有魔法、知っている。これまでのパターンからして敵が幻覚を見せている可能性が高い。


「(……違う)」


 そう思いたいだけだ。偽物であると思い込みたいだけ。しかしレインの直感が、否が応にも“本物”だと告げている。ギリッ、と奥歯が軋む音を他人事のように聞いていた。


「レイン、抵抗しなさい!私達のことは気にしなくていいから!」


 母の叫びを聞いた。攻撃を強制されているが、精神は犯されていないらしい。なんて悪趣味な。杖を握り締める。倒さなくては。両親は共に一本線、今のレインであれば簡単に倒せる相手だ。

 そう分かっているのに、動くことができなかった。よくも置いて逝ったなと、俺達に苦労をさせたなと心底恨めたら違ったかもしれない。でも、レインはそうではなかったから、


「ラピッド・アローズ」


 雨のように降り注ぐ矢をどうにか凌ぐ。何本かは躱しきれずレインの肩に突き刺さった。母の顔が泣きそうに歪んだ。父はレインから目を逸らさなかった。


「レイン、お前は何のためにここにいる」


「……何の、ために」


「無抵抗で死人になぶり殺しにされるためか?お前の目的は何だ、成すべきことは何だ」


そんなもの、いつだって一つだ。


「フィンを、弟を守る……!兄として、絶対に……!」


 遠い記憶。かつて産まれたばかりのフィンを前に、両親と交わした約束だった。厳格な父の口元が僅かに弧を描く。


「そうだ。前に教えたなレイン、言葉は行動に移して初めて本当の意味を持つ。そして──」


 杖が振られ、再び無数の矢が宙に浮く。全てがレインを狙うその中で、彼は震える手足に力を込めた。睨み上げるように前を向いた金の瞳は、もう力を無くしてはいない。


「「──事を成さなければ言ってないのと同じ」」


 杖を向ける。振りかざしたと同時に矢よりも多く、速く、強い剣が空間を埋める。血反吐を吐く心地で、レインは杖を振り下ろした。


「パルチザン……!」


 出力は100%。出し惜しみなく全力で。ぐらりと視界が揺れる。いくらなんでも喰らいすぎたらしい。膝を折って息を荒くするレインの頭を、懐かしい感覚が撫でた。


「ごめんなさいね、貴方達を置いて逝って」


「……母様」


「ずっと心配だったの。でも立派になったわね」


 ツン、と鼻の奥が痛んだ。それを誤魔化すようにレインは首を振る。しかしバレているようで、上で二人が笑う気配がした。


「苦労をかけて本当にすまない」


「愛しているわレイン。これまでも、これからも」


「……それ、フィンにも言ってやってくれないか」


 レインがそう言うと、両親は驚いたように目を見開いて、それから顔を見合わせて笑った。


「えぇ、もちろんよ」


「すっかりお兄さんだな、安心したよ」


 満足そうに微笑んで、両親の姿は掻き消えた。その時になって、堪えきれずにレインの目から雫が落ちる。寂しいなんて感情は、もう随分と久しぶりだった。




「あのね兄様、変なこと言うかもしれないんだけど」


 あのとんでもない誘拐事件が解決した後、フィンが思い出したと口を開く。それに何も言わず、レインはただ続きを促した。


「あの時ね、嫌な、本当に嫌な悪夢を見てたんだけど。──一度だけ、助けてもらったんだ」


 息が詰まる。何も返さない兄にちょっと困り顔をしながら、フィンはさらに続けた。


「それがね、父様と母様だったんじゃないかって思うんだ。おかしいよね、僕、顔も覚えてないのに」


「……いや」


 おかしくはない。あの時の言葉を両親が守ってくれたなら、フィンに会いに行ったはずだから。しかしそれを一から説明するのはどうにも憚られた。だから、レインは弟の頭をそっと撫でてやることにする。


「どうしたの兄様」


「お前を愛している。きっとそう言いに来たんだろう」


「えっ……」


 珍しい、本当にどうしたの?そう雄弁に語る一対の黄金。その気恥しさを誤魔化すように、レインはフィンの髪をぐしゃぐしゃに掻き乱した。




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