ルハン 奴隷IF 序章…再会篇

ルハン 奴隷IF 序章…再会篇

 え4


 この胸に空いた穴が今

 あなたを確かめるただ一つの証明


 ※注意

 捏造設定、キャラ崩壊、設定改変、エミュ下手等、素人のSSであることを充分に理解した上でご覧ください。尚、文中のおれ、わたし、わらわなどの一人称は原作のフォントを尊重し、ひらがなであることを重視しています。



 何かを忘れている気がする。

 この海賊女帝、アマゾン・リリー現皇帝 : ボア・ハンコックを構成する、大事なピース。一際大きなそれが欠けて、胸に大きな穴が空いたような喪失感。それがわたしの、否、『わらわの』人生にはつきまとっていた。


〜凪の海 女ヶ島 アマゾン・リリー 九蛇の闘技場〜


「おかしいぞお前ら…!!仲間が石にされて、なんでヘラヘラ笑ってられるんだ!」

 バキュラを殴り飛ばした男が吠える。哀れなことだ。この国ではわらわこそが法。最も強く美しいわらわに逆らうものは誰もいないというのに。

「…わらわは、何をしようと許される。なぜなら…そうよわらわが、美しいから!」

 眼下の男が黙り込むのを見て、知らず口角が上がる。外海のものには珍しく筋を通そうとしたようだが、やはり男か。あっけないものだ。

「ふふ、そなたもそうだろう?男。そなたもわらわの美しさに免じて…「もういい」…は?」

 瞬間。わらわは射竦められた。闘技台に立つその男の眼差し。そこに秘められた烈火の如き怒りと、僅かに交じる落胆と哀しみの色に。

「…もうこれ以上、聞きたくねぇんだ。黙ってくれ」

 見聞色が男を捉える。苛立ち、怒り、哀しみ、そして、失望と親愛…?おおよそ男がわらわを前にしたときとは思えぬ感情の色。わらわの美しさに惑う様子がないことに加え、まるで旧知の仲に裏切られたような顔をする男に、わらわ自身も当惑する。

「…わらわの虜にならぬのか。不快な。…マリーゴールド!サンダーソニア!その男の首を取るのじゃ!」

 かわいい妹たちが闘技台に上がる。確かに男にしては見れた腕力だったが、所詮は覇気も扱えぬ弱小。選りすぐりの戦士である妹たちに敵うはずもない。今も妹がやっているように、攻撃をいなされ、弾かれ何も通用しないままに終わる。そう思っていた。

 しかし、

「やめろっつってんだろうがァ!!!!」

 処刑にかけられる男が再度咆哮した。闘技台に爆ぜる覇王色の覇気。ビリビリと空気が震撼し、観客席の戦士たちが泡を吹いて倒れていく。妹たちに翻弄されていたはずの男は、恩人と呼んだ石と化した戦士たちを砕かれんとしたことで、秘めた覇王の気質をさらけ出していた。

「ギア2」

 次いで、男が何事かをつぶやいた。ギュッポン! なにかの栓を抜くような音が響き、その身体が赤熱する。焔の如く蒸気を立ち昇らせて、男は加速した。

「なっ、この!当たり、なさい!」

 見聞色には容易く捉えられども、目で追うには苦慮する速度。新世界においても非凡なそれは妹たちには荷が重かった。覇気で動きを読んでなお攻撃を当たらず、躱すこともままならなくなり、ついには、

「JET銃乱打!!!」

 十頭蛇の包囲攻撃すら破り、妹たちを追い詰めてみせた。

(……これはもう、わらわが手ずから誅を下すべきか…?)

 わらわならば労せず勝てるだろう。それだけの力量差がある。大した潜在能力ではあるようだが、新世界では履いて捨てる程度にいる戦力でしかない。迷う理由もない。そのはずなのに。

 ズキッ……!

(なんだこの、違和感は…!?)

 ズキズキと頭が痛む。胸の奥に閊えたような、既視感にも似たなにかがわらわに訴えかけてくる。あの男の黒い瞳に射竦められてから、ずっと。

 頭を悩ませている間にも事態は進む。妹たちは包囲攻撃を真正面から破られ、動揺から覇気の制御を手放した。その隙きをついた男に互いの尾を結ばれ、まんまと炎髪による同士討ちを仕組まれてしまったのだ。

(……マズい!? ソニアの背がっ!?)

 マリーの炎髪がソニアの衣装を焼き、彼女の背中をはだけさせてしまう。そこに刻まれた忌々しい紋を、衆目に晒してしま……(は?)?


 ……信じ難いものを見た。焼けて肌けてしまったソニアの背中。あと少しでソレが衆目に晒されようかという瞬間。男がソニアの背中に飛びついたのだ。追討ち? 違う。明らかにソニアを気遣っている。焼けた背に障らぬように、然し確実に背を隠せるように。

「…お前らがコレを死んでも見られたくねぇっていうのは、痛てぇくらいわかるから。これはお前らの勝負とは関係ねぇ、別の話だろ。…だから、今は動くな」

 先ほどまで戦っていた相手を身を挺して庇って見せる。恩人であろうと敵であろうと、その尊厳を尊重するとでも言うのか。わらわが知る男と何もかもが違う。

 …悔しい、腹立たしい、忌々しい。そんなはずがないと頭を振った。わらわの常識が食い違う。

 だから、化けの皮を剥がしてやろうと一つ提案をした。恩人の石化を解いてほしい。島を出る船を用意してほしい。叶えるのはどちらか一つの願いだけだと。ならば男は己の望みを取るはずだ。その本性を晒して願いの対価に恩人を見捨てるはずだ。

 そのはずなのにッ…!

「そうか!ありがとう!じゃ、こいつら助けてくれるんだな!」

 微塵の迷いも見せなかった。「どうもありがとう!」と額が地につくほどに頭を下げる男の笑顔は朗らかで。あれほどの覇気を有する男が、こうも容易く頭を下げる事など聞いたことすらないのに。

(泣きたくなるくらい、懐かしい)

 目の奥が、痛かった。


「中へ入れ…男」

 武武を終えてしばし。わらわは件の男を九蛇城の皇帝の広間に招き入れていた。確認しなくてはならない。なぜわらわ達の急所を見逃し、剰え庇ってくれたのか。

「…そなた、あのとき妾の背を見たな?あの印も。その意味を、そなたは知っているか?」

 天幕の下で男に裸体を晒す。男は無言のまま動じない。どのような男であっても虜になるはずの己の肢体に、露ほどもなびいた様子を見せなかった。

 男は眉根を寄せて黙ったまま、何かを考え込んでいる様子だった。返事が帰ってこないことに嘆息し、背中の印を見せることに決めた。速やかにと印を改めさせて、なぜわらわ達を庇ったのかハッキリさせよう。心当たりがなければそれで良し。何か知っているのなら…。

 そこまで考えたところで肩を掴まれた。そして男はわらわの外套を拾い、苦笑してわらわの肩にかけた。

「いいよ、見せなくて。おれはソレ知ってるから」

 わらわに外套を着せた男は、次いで自分の上着を捲くってみせた。全身に刻まれた大小無数の傷跡。その中でも一際目立ったのが左の胸板、つまり男の心臓の上に刻まれた忌々しい竜の蹄だった。

「……同輩であったか。道理でな。そなたもまたマリージョアか」

 納得し、確認を取る。眼の前の男もまた、英雄に開放された奴隷の一人なのだろうか。けれど男はそこでまた顔を曇らせた。困ったような、寂しげな顔で「…そうだな…」と呟いた。

「…なんじゃ、言いたいことがあるなら言ってみよ。…黙るな、無礼な男め「………」…ハァ、いや、そもなぜそこまでわらわ達を気遣う。コレを公表する、とでもわらわたちを脅せばそなたのもう一つの目的も達せられたであろう。それを己の急所を晒してまで取りやめて、なんの利があるのじゃ?」

 よもやそなた、わらわと面識があるのか、と聞きたい。認めねばならぬ。わらわ自身、この男に懐かしさを感じていることを。この男がわらわに向ける感情は、他の凡百共のような下卑た獣欲ではなく、家族に向けるような親愛であることも。

「船は欲しいよ。俺は仲間のとこに戻りてぇ。でも、そのためにお前を利用するようなことはしたくねぇんだ」

 シシシ、なんて、そこまでの沈黙が嘘であったかのようにあっけらかんと笑う顔に呆れる。同時に郷愁のような感情がよりいっそう胸を突く。いま、わらわは亡くした過去を取り戻そうとしているその確信があった。逸る気持ちを抑えて問答を続けようとした。

「…分からんな。そなた、わらわの虜になったようには見えなかったが。なぜ…」

「だってよ、嬉しかったんだ」

 いつの間にか手を取られていた。

「タイのおっさんに助けてもらって、それっきりだったから」

 持ち上げられた手が、ゆっくりと男の頬に近づけられて。その指で男の左目に走る裂傷をなぞった。

「ちゃんと逃がせたか不安だったから」

 そのまま手をさらに下ろして、心臓に当てた。手のひらから鼓動が伝わった。

「忘れられても、変わってしまっても」

 男に肌をさらし、剰え触れられているというのに、微塵も不快感がしなかった。どこまでも自然にわらわの指はその体をなぞった。

「また、無事に会えて、ホントに嬉しかったんだ」

 確か昔、何度も同じようなことを…

『「ハンコックねーちゃん』」


「……ル…フィ……?」

 記憶が弾けた。


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