ルナ冴SS⑩
「俺は飼い猫には優しいよ。美味しい餌もあげるし、綺麗な服も着せてあげるし、毎日でも遊んであげる。キミは俺の膝の上で喉を鳴らしていれば良い。何も頑張ることはないよ。愛らしいのが仔猫の仕事だからね」
蛇。誘惑のシンボル。堕落の象徴。
それによく似た双眸が冴を射抜く。
鳥肌の立つような、不快とも快感ともつかない衝動が皮膚の上で戦慄を奏でる。
当人の預かり知らぬところであろうが、それは冴に見下された男達が味わうゾクゾクとした背筋の甘い痺れと近い部類のものであった。
異なるのは痛めつけられる悦びか囲われる歓びか。
女王様に足で踏まれる犬になるのも、ご主人様の指を舐める猫になるのも、突き詰めれば充足感のカテゴリとしては似たようなものだ。
人間は誰しも、心のどこかで美しく強い生き物に心身を支配されたがっている。
「嗚呼、可哀想に。震えてる。やっぱり穢されかけたのが怖かったんだ?」
生唾さえ飲み込めずルナの動向を探っている内、彼はダンスのような淀みの無さでこちらに近付いて頬に触れた。
もう片方の手は腰に回されている。
「────ぁ」
悲鳴を上げたつもりだった。
でも先刻から、唾液も嚥下できないくらいに喉が締まって、吐息みたいな声しか出ない。
怖い。3人もの男どもに貞操を奪われかけてなお嫌悪感が最も強い感情だった冴が、この日初めてその2文字を脳裏に激しくぶち撒けられた。
なんだか頭が重くなって。脚が浮つく。眼は揺れる。自然と体から力が抜けて、それを察したルナに引き寄せられるまま、彼の胸元に身を預けた。
檻に囚われた気分だ。逃げ出したいのに、ここからどう出れば良いのかわからない。
糸師冴の周りに集るマゾ犬どもは所詮は彼よりも格下の生き物。己よりも圧倒的に優れた生き物に見初められて迫られるのは、14年の人生の中でコレが初めてだった。
「でも大丈夫。うちの子になれば怖い目には二度と合わないよ。俺のペットに手を出す馬鹿なんていないからね。飼い猫を愛でていいのは飼い主だけだもの」
ゆっくりと、わざとらしいほどにゆっくりと指を、頰から首元に移して。撫でて。
緩く首を絞めるように冴の顔を上向かせながら、嗜虐と庇護と色香を帯びた声で囁いた。