ルナ冴SS⑦
「普通に仕事の帰りだよ。こっちは立ち入り禁止だけど出口への近道だったしね。そういうキミは誰で、ここで何してたんだい?」
下部組織のメンバーへの特別レッスンか合同インタビューか視察役を任されたか、まあ用向きはそんなところだろう。
まだスペインに渡ってきて1年の冴がレ・アールの有名人に名前を把握されているとも思い上がっていない。いずれ世界中のサッカー関係者が知っていて当然の存在には成るつもりだが。
「糸師冴。14歳。レ・アール下部組織のFW。ここには嘘の手紙で呼び出されてちょっとマワされかけてました。見ての通り未遂で終わったんすけど」
雑にポケットに突っ込んでいたラブレターの存在を思い出し、それを取り出してくしゃくしゃに丸めると、くたばったスティーブが大口を開けて気絶しているので丁度いいからゴミ箱代わりに中に詰め込んでおく。鼻の骨は無事なのだから息はできよう。
ついでに見下ろした自分の体の有様は惨憺たるもので、キスマークもどきの虫刺されが胸元に散っている以外にも、手首や腰には強く押さえつけられた手型の痣があり、シャツは強く引っ張られたせいで伸びたり破けたりしており、ズボンは引き摺り下ろされる直前だったからやけにローライズな履きこなしと化し腰骨で引っ掛かっている。
目元には涙を舐め取られた際の唾液が乾いてまだ残っている感覚があり、これが特に不快で、冴はイチモツが割り箸みたいな男を立てて泡を吹いた男からシャツを引っ剥がすとそれをタオル代わりに顔を拭いた。これもあんまり綺麗じゃなさそうだがヨダレよりはマシだ。
ベッドのシーツは鞭打たれた際に負傷した男たちの血が散っていて、そこで先ほどまでロストバージンの危機を味わっていた身としては本当にそうなったみたいで視覚的によろしくない。ので拭き物の代役としての候補からは外していた。
「糸師冴……ああ、日本から来て男食べまくってるって噂の女王様! キミのサッカーは見たことないけどその話は聞いたことあるよ!」
ぽんっと手を打って笑顔と共に吐き出された言葉は、今しがた陵辱未遂を経験したことを告げた一回り年下の少年に対するものとは思えぬ内容である。
だが皮肉や煽りの匂いは嗅ぎ取れず、なるほど、レオナルド・ルナという男は意図せず素面で口が悪いのだと把握できた。昔は道徳の成績が悪かっただろう。