ルナ冴SS⑫
フルマラソンを完走したに等しい倦怠感はルナの醸し出すオーラに抗ったが故だ。
影も形も無い子壺が確かに熱を持ったあの奇っ怪なる事実を振り切るためには、オーバードーズのバッドトリップを乗り越えるよりも体力と精神力の消費が必要だった。
「強情だね。これで言うこと聞いてくれなかった子って初めてかも。でもまぁ、そういうお転婆な子に甘噛みされるのも飼い主としての楽しさだよね」
くすくすと笑うルナはへこたれた様子が見られない。
どころか、もうとっくに冴を買い付けた仔猫と認識している口振りだ。罵倒も意に解さぬ。
怒りと恥ずかしさに任せてビンタしたい気持ちをぐっと堪える。こんな無自覚サディストでもロストバージンの危機を間接的に救ってくれた人物だ。文句なら後で自室の壁にでもボヤけば良い。
冴は深呼吸を3回した。ルナの体から女性ホルモンの分泌を促す成分でも出ている気がして落ち着かない。未だ色香の残滓の漂う室内は気分転換のための吸って吐いてを繰り返すだけでも舌がピリピリした。錯覚だ。と思いたい。
「……さっき偉いさんとマネージャーに連絡したんで、時間を考えるとそろそろここに職員なりスタッフなり来ると思いますよ。未成年の輪姦未遂騒動に巻き込まれる前に帰ったらどうですか?」
ジト目でルナが入って来た窓を指差して暗に出て行けとアピールする。
ここにレ・アールの貴公子がいたって話がややこしくなるだけだし、土壇場で声をかけて来た男がいたからなんやかんや未遂で済んだ、というエピソードは適当に改変のしようもある。ここにルナが残らなくても大丈夫。
それだけ告げるともうルナと目も合わせていたくなくて、くるりと踵を返して床に打ち捨てられている自分のボストンバッグに歩み寄った。
ベッドに連れ込まれる際に乱暴に蹴り飛ばされたが、中身はタオルだの着替えだのの練習の用意だから割れる物も無い。
未遂とはいえレイプ被害者っぽさ丸出しの格好でマネージャーたちを迎えるのはプライドの問題で嫌だ。急いで服くらいは変えておきたい。
けど、ルナの前で脱ぐとストリップショーみたいにまじまじと鑑賞されそうで居た堪れないから困る。