ルナハーレムと冴

ルナハーレムと冴


胃の腑の辺りに砂糖水でも注がれたような体の重さだ。あるいは心かもしれない。

 冴は内側に溜まった甘ったるい空気を吐き切るように長々と溜息をこぼし、それからもう一度、うんざりするほど香水の混じった酸素を肺に取り込んだ。

 ラベンダー、イランイラン、ジャスミン、バラ、ライラック、スイートピー、チューベローズ、フリージア、ヘリオトロープ、カモミール……様々な花のフレグランスを身に纏った芳しき男女が、匂いと同じ花を髪なり服なりに飾ってルナの座るロッキングチェアの周りに侍っている。

 広々とした室内に美貌の麗人たちがめかし込んで1人の男に媚びている様は、太陽のほうを向いて咲く向日葵だとか、後宮で皇帝の寵を競う妃候補の集まりだとかを想起させた。

 ……ルナにしてみれば、何度もこの部屋に招いた冴も自分のために咲く大輪の一種なのかもしれない。冴は彼がサッカーの練習に付き合ってくれる見返りで定期的に訪問しているだけだが、最近はルナのハーレムの面々に親しげに笑みを贈られ「貴方は何の花がお好き?」と暗に仲間入りを勧められるようになってきた所だ。


「やあ冴、よく来たね。適当に腰掛けてくれて良いよ。今うちの子たちが紅茶を淹れてくるから」


 貴公子然として歓迎の意を示すルナの膝の上では、上半身をはだけさせた白皙の少年がうっとりと頬を染めてルナの胸元に擦り寄っている。

 赤毛にブルーグリーンの双眸というその少年のカラーリングを目の当たりにして、自分との相似性に「テメェ嫌がらせでわざとソイツ膝の上に乗せて俺のこと待ってただろ」という文句を視線に込めてルナを睥睨した。

 顔立ちはあまり似ていなくとも、自分と変わらない年齢で近い色彩の少年が子猫ちゃん扱いされているのを見るのは精神衛生によろしくない。

 視界の端では、豊満な乳房がまろび出そうなくらい襟ぐりの深いベビードールを着た妙齢の娘がくすくすと笑っている。褐色の谷間にサフランの刺青を植えている妖艶な美女だ。

 その隣では、胸が見えそうどころかもう完全に見えている、シルエットだけで金をとれそうなプロポーションの北欧の美少女が紐みたいなショーツ1枚で寝そべってルナをじっと見つめていた。ショートカットの耳元にはゼラニウムのイヤリングが揺れている。

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