リーニエ「模倣と主(あるじ)と口づけと」

リーニエ「模倣と主(あるじ)と口づけと」


「腕利きの魔族?」


どことも知れぬ打ち捨てられた城砦の大広間、半壊した玉座の上で頬杖をつきながら

女性の姿をした紫髪の大魔族―アウラ―は部下の報告を聞き返した

「はっ。アウラ様の勢力圏の端ではありますが…人間の戦士達が魔族に次々と倒されているとの事です」

「リュグナー。心当たりは?」

リュグナーと呼ばれた部下の魔族は首を横に振る

「いえ…」

「そう。となると…無知なはぐれ魔族が迷い込んだってとこかしらね。いいわ、せっかくだから私が直々に見にいってあげましょうか」

「…かしこまりました。では、私がご案内を…」

「私一人で行く。お前にはここの守りを任せる」

「はっ」




かつての魔王軍・七崩賢の一人である『断頭台のアウラ』

彼女は勇者ヒンメル一行と戦い、保有戦力を全て失い自身も負傷させられるも生き延びる事に成功

魔王が討ち取られ魔王軍が瓦解した今は静かに潜伏しつつ戦力を蓄えている最中であった

戦力とはいっても魔族の部下はリュグナーただ一人。あとは自身のアゼリューゼ(服従させる魔法)で作った傀儡の兵士達だけ

かつての勢力には程遠い現状、アウラが恐れたのは噂の魔族本人よりも人間を刺激して結果的に勢力を削られる事態となる事であった

そのため、アウラ自ら足を運ぶことが解決への最短経路になると判断したのである




アウラの勢力圏の端に近い森の中

「あれが…噂の魔族かしら」

魔族の魔力を辿って森を往くアウラの視界の端に、人間の少女の様な容貌の魔族が捉えられた

薄いピンク色の背中あたりまで伸びているボサボサの髪、

顔立ちは人間としては可憐な部類ではあるが表情が無い、

服はボロ布といっていいシャツを被っているだけの極めてみすぼらしい見た目だが、

魔族の象徴である角はしっかり頭部から天を向いて生えていた

「…」

少女の姿をした魔族も気づいたのか、アウラの方に顔を向け歩み寄ってきた

「初めまして、私の名はアウラ。あなたは?」

目の前の魔族とは現状敵対しているわけでない。なのでアウラは気さくに名乗り挨拶をする

「……リーニエ」

少女の姿をした魔族はポツリとそう名乗った

「リーニエ。いい名前ね。…では聞くわ。最近、このあたりで人間の戦士達を倒しまわっているのはあなたね?」

「…たぶん、そう」

リーニエは短く答える

(嘘は言ってないわね。この子、そこそこの魔力を持っている。たぶん、というのはただ自覚が弱いだけか)

そうなるとアウラの興味は、この小柄なリーニエがいかに人間の戦士達を屠ってきたか、という事に移る

(まあ一戦交えるのが早いわね)

ゾワッ…

アウラは方針を決めるや否や、殺気を含む魔力を放出しリーニエに当てつけた

「!!」

リーニエに警戒の表情が浮かぶ

「さぁ、かかってきなさい。来なければこちらから殺すわよ」

手をクイクイ、とジェスチャーで挑発するアウラ

「…」

しかしリーニエはアウラを見つめたまま動かない。するとたちまちリーニエの手に両刃の戦斧が生成された

(なるほど…戦士タイプか)

「…エアファーゼン(模倣する魔法)」

リーニエがつぶやくや否や、戦斧を構えアウラに向かって飛び込んできた

(なかなかのスピードね!だが)

確かに急速接近であるがアウラに対してはまだまだ不意をつけない速度と距離だ。初撃の横薙ぎを難なくかわす

(しばらくは回避に徹しましょうか)

リーニエを力量を見定めるため回避に集中するアウラ。リーニエの攻撃は空振るばかりである

だがアウラは攻撃を避けて続けしばらくの後、ある事に気づいた

(この太刀筋…間違いない、戦士アイゼンのものだ!)

憎き勇者一行の一人戦士アイゼン。スピードとパワーはまるで違うもののその戦斧捌きにそっくりなのだ

(アイゼンの同門?弟子?でも魔族がどうやって?まさか完全な偶然?ふふっ…まるで分らないわ)

「ますます興味がわいたわ!リーニエ!」

声をあげたアウラは薙ぎを放ったリーニエの斧の柄を蹴り上げ、斧を弾き飛ばした

その脚で足払いを放つとリーニエはあっさりひっかかり尻もちをつく

すかさずアウラはリーニエを押し倒し彼女の腰に馬乗りになる

刃物に見立てた指でリーニエの首筋に触れると、アウラはリーニエに宣言する

「チェックメイトね」




「チェック…メイト…?」

無表情のままリーニエは聞き返す

「…言葉の意味を知らないのね…。そうね、あなたは負け。そしてあなたを好きにできる状況ってところかしら」

「じゃあ、好きにしていいよ」

(なにか違う意味に感じる様な言い方をするわね。この子…)

とはいえアウラにとっては都合のいい言葉であった

「ではお言葉に甘えさせて貰うわ。まず、リーニエ。あなたの使った魔法について教えて頂戴」

「私の魔法…。エアファーゼンのことね。

…私は魔力を読み取ることができて、人が動いている時の体内の魔力の流れを記憶して動きを模倣できるんだ」

「なるほどねえ。それで、今の斧捌きはどこで?」

「私が昔“記憶した”最強の戦士を模倣したんだ」

「それは分かるわ、私にも覚えがあるもの。私が聞きたいのは、どこで記憶したか、よ」

「…どこか?それは忘れたよ。私はただその戦士が戦っているのを離れて隠れてみていただけ。その後彼らはどこかにいってしまった」

「どこかに?あなたに気づかずに?」

「たぶんね」

勇者一行が魔族に気づいたら見逃すとは思えない、とすればリーニエは勇者一行に気づかれなかった魔族ということになる

(面白い…この子、面白いわ!)

思いがけない出会いにアウラはわずかながら笑みを浮かべる

「リーニエ。あなた好きにしていい、って言ったわね」

「うん」

「私の配下になりなさい」

「配下…?」

アウラがリーニエを勧誘した理由は三つ

一つは、アウラの唯一の部下の魔族が中距離を得意とするタイプであり、近距離の戦士タイプではなかったこと

傀儡の兵士達とは異なる自我を持って動ける腕の立つ戦士はいて困らない

二つは、勇者一行から逃れた事だ。アウラそしてリュグナーも勇者の仲間たちとの戦いから逃れたという共通点がある

そこに三人目として勇者と遭遇するも無傷で逃れたリーニエが加わるのだ

そして三つ目は、自身と同じ人間の女性の容姿をした珍しい魔族であったからだ




自身の本拠地へと戻る道中、アウラはリーニエに自らと軍勢、その他諸々の説明を済ませた

そしてリーニエを連れて帰還したアウラは早速、エアファーゼンの調査に乗り出した

分かったのは『多数の戦い方を記憶できる』、

『戦法の切り替えはできるが戦法のミックスはできない』、

『動きは模倣できるが、スピードや威力はリーニエ本体の身体能力依存』といったところだ

魔族は魔力で身体能力を強化できるので、魔力と戦法の増強がリーニエの強化に直結する事になる

「なかなか面白い魔法じゃない」

「そうかな」

「もちろん、穴も多いわ。例えば…」

バスッ

アウラは軽い衝撃波を起こしてリーニエを転ばせ、仰向けのリーニエに跨った

「倒されると現状どうしようもないことね」

「…負けだね。好きにしていいよ」

「…ちょっと諦めが早すぎるのよあなた…」

戦士は倒れたら負け、に近い考えでリーニエはいるのだろう

「いい?戦いは命の奪い合いだけど、逆に言えば命が奪われない限り戦いは続いているのよ。

だからこの状況でもひっくり返せる動きを身に付けなさい」

「…どうやって?」

「自分で考えなさい…といいたいところだけど、あなたには直接教えた方が速いわね。

いいわ、この断頭台のアウラ様が直接指導してあげようじゃないの」

「…どうも」

(お礼の言葉のつもりなのかしら)

「…まあいいわ。じゃあ始めるわね。

まず、この状態になった時の人間の行動パターンは2通り。

1つは容赦なくトドメを刺してくる時、この時は相手の武器と狙ってくるところを瞬時に見極めるのが第一よ。

もう1つは、私たち魔族にはいまいち理解できないけど、倒した相手の身体をもてあそ───」

言いかけて、アウラは倒れたリーニエの姿をまじまじと見る

出会った時のままのボロボロの格好のままだ、どのくらいの間、この姿なのだろう

言いかけた2つめは、容姿と油断が関係する内容であるが正直、油断が誘える格好とは言い難い

「…あなた、外観を模倣することはできるかしら?」




リーニエ自身はピンと来ていないまま、アウラはリーニエのおめかしに着手した

基本的に容姿が安定してからは一生一衣装である魔族の服の着替えはある意味前代未聞であったが、

たまたま本拠地の本棚にあったリンゴの話の絵本に描かれた少女が分かりやすかったため、その服をなんとか作り上げて着替える事ができた

焦げ茶色と薄い菫色をベースとしたドレスにも似た服や靴に、ボサボサの髪もまとめてリボンで結び左右で二本のお下げとした

まるでいいとこの人間の屋敷にあるお人形の様な外観である。角さえなければ

「…こんなところかしらね。しかしどうしてこの私がこんな事まで…」

自分で始めたことなので愚痴ってもしょうがないのであるが、ポツンと立ってジッとこちらを見つめるリーニエを見て

「…まあ、今回は大目に見てあげるわ…」

何となく勝手に許してしまうのであった




準備ができたところで、アウラによるリーニエの強化計画が始まった

「リーニエ。あなたには私の用意した傀儡の兵士と戦ってもらう。そしてその戦法を模倣するのよ」

「分かった」

「模倣が終わったら新たに一体兵士を追加するわ。そうしたらニ対一の状態でその模倣を使って兵達を倒せれば合格。戦法を変えてはダメよ」

「分かった」

リーニエの戦法のレバートリーを増やしつつ、その戦法での動きを馴染ませる作戦だ

「じゃあ、始めましょう」

アウラはスッと右腕を上げて手のひらを軽く動かすと、リーニエの背後にアウラの操る兵士が現れた…




「倒した」

アウラの狙い通り、戦法を模倣しつつ同じ戦法でない敵を倒す事にリーニエは成功した

「よくやったわね。リーニエ、跪きなさい」

リーニエはアウラに言われて膝をつく

アウラは自らもしゃがむと、リーニエの前髪をかきあげて、

その額に口づけをした

ほんのわずかではあったが、チュッという音がした

「………?」

「今のは私なりの模倣ってやつね」

リーニエはキョトンとするばかりである

「リーニエ。今のはね、人間の姉妹の間で、姉が妹を褒めるときに行う習性らしいわ」

「人間の、姉妹?私たちは人間じゃないし姉妹でもないよ」

「まあいいでしょう、一応女の姿しているし、私はあなたより長く生きているのよ」

「でも姉妹って、人間の家族でしょ?アウラ様と私は家族じゃないでしょ」

「…あなた意外に頭が堅いわね?私たちは今は同じところにいるし…

そもそも模倣なのだから完全に条件に当てはまらなければならない、ってことではないわ」

「それじゃあ、アウラ様と私は人間の姉妹の模倣をしてるってこと?」

「…そうかもしれないわね。ただし、さっきの瞬間だけ。あくまで課題をクリアした時は、の話よ」

「分かった」

無表情のまま、若干だが、リーニエの声は弾んでいた

「それじゃあ次は倒された後の特訓だ」

すぐさま、リーニエは押し倒されて…

アウラが何やら身体をまさぐるように触る状態から復帰する特訓は思いのほか長びいたのだった…




模倣の特訓(ご褒美の口づけ)と寝技の特訓(お触り)がしばらく続いたある日

「アウラ様、私も口づけがしたい」

唐突にリーニエが言いだした

「…何を言いだす、お前は」

アウラは意図を測れない

「アウラ様に挑戦したいんだ。最初に会った時より強くなっているはず」

「ほう…いいぞ、その向上心。手合わせしてやろう」

「勝ったら口づけしてもいいね?」

勝ちたいのか口づけしたいのか、アウラは何とも言えない顔になるが、まぁ断る理由はない

「もちろん手加減はしてやるぞ。ただし勝ち負けの判断は私がする。特訓の成果を見せて見ろ」

「分かった。…エアファーゼン」

リーニエは両刃の戦斧を生み出した……




「まだまだだな」

「くっ…」

手合わせの結果、かなりアウラは手加減したもののリーニエは一太刀も入れる事ができなかった

膝をついたリーニエにはこれまで見せたことが無い悔しさの表情が浮かんでいる

(戦士としての自覚が少しは出てきたようだな)

「アウラ様…次こそは一本取るよ」

「その意気だ。そして一刻も早く我々の戦力になるんだ」

「…分かった…」

それからというもの、何回かの特訓の後にアウラとの手合わせを行うのが定例となったが、リーニエは一度も勝ちを掴めなかった




そんな状況がしばらく続いたある日

「また…駄目だ…」

「リーニエ、これまでだ」

「?」

「今のお前と私とでは実力が違いすぎる。そして現状かなり手加減しても一太刀入れられないのでは話にならないし、お前のためにもなっていない」

「……」

「だから、次からは代わりにリュグナーに相手をしてもらう。リュグナーとお前の方が実力が近いからな」

「…やだよ」

「何?」

「アウラ様と戦いたいよ」

「だから言ってるだろう、意味が無いと」

「…じゃあ意味ある戦いにする。アウラ様。次も戦って。次がダメなら諦めるよ」

斧を持つ手をアウラに突き出し、アウラに意思表明する

「…覚悟を決めた様ね。楽しみにするわ」




そうして次の手合わせの時が来た

「アウラ様。いくよ」

「来なさい。覚悟を見せてもらうわよ」

「エアファーゼン!」

いつもと比べて明らかに気合の入った魔法の発動とともに、リーニエが突っ込んでくる

(突進からの太刀筋のあからさまな一振り…)

何度も体感した流れにアウラは心の中で失望してしまう

突進からリーニエは踏み込んで、

斧を振る───ことなく、その反動でさらに突っ込んできた

アウラの眼前にリーニエが迫るほどに肉薄する

(フェイント!だがここまで近くなら振りかざした斧は触れまい)

リーニエの体格での体当たりや頭突き程度では崩れるつもりはない、

むしろ跳ね返すか身体を掴んで押し倒すか、選択肢はいくつも出てくる

しかし───

リーニエは顔を少し上向きにして、その唇をアウラの額に触れ…いや、押し付けた

チュゥウ

(ちょっと!)

ガシッ

遅れて飛び込んできたリーニエの身体をアウラは受け止める

アウラがやや押された体勢を整えると、それに乗じてリーニエはアウラから離れた

数歩下がり、いけしゃあしゃあとファイティングポーズをとる

「口づけできたよ」

「!それが狙いだったのね」

「一太刀入れられなかったけど、口づけはできた」

「…参ったわ」

アウラはやれやれといったポーズをとる

「いいわリーニエ、今日だけ特別よ、今日だけはあなたの勝ちにしてあげるわ」

「本当?」

「私の予想外の事をして成功したわけだもの…仕方ない…甘いわね、私も」

「やった」

小さくガッツポーズするリーニエ

「?じゃあアウラ様にまた口づけしてもいいの?」

「…まあ、そういうことになるわね」

「うん。嬉しいね」

アウラは仕方ないとばかりにリーニエの前でしゃがむ

「ほら、早くしなさい」

リーニエもしゃがんでアウラと顔の高さを合わせる

(?高さが違うわよ)

リーニエは顔を近づけると、アウラの頬に口づけた

チュッ…

「アウラ様。したよ。口づけ…」

あっけにとられたアウラであったが、リーニエが唇を離して視界に顔が収まる前になんとか表情を戻すことができた

「どうして額の方にしなかった」

「どうせなら他の場所でもいいかなと思ったんだ」

「私はずっとあなたの額にしてきたでしょ?どうしてそこは模倣しないの」

「なんか、模倣したくなかった」

「…よく分からないわね…意表を付いたということにしておくわ」

結局、手合わせは続けることになった二人

だが、その後、リーニエはアウラが忖度したわずかな回数しか勝ちを得る事ができなかった




時は流れ…

戦力を整えたアウラ達はグラナト領侵攻計画を開始しようとしていた

その最終調整の一つとして、リーニエとアウラの手合わせが行わることになった

リーニエと共に『首狩り役人』の異名を得たリュグナー達はグラナト領に送り込まれるため、

この本拠地には計画が成功するまで戻れない、ということになる

いや、もしかしたらグラナト領を乗っ取ってしまえば、もう戻る必要が無くなるかもしれない

いずれにしろ、しばらく離れ離れになるのは確かであるので、この手合わせは最後になると言っていい

「リーニエ。全ての技をもって私にかかってこい。判定は私が下す」

「分かった」

リーニエの実力を把握させるため、他の部下も呼びよせている

そして、最後の手合わせが始まった……




「~~~ッ!!」

「残念だったな」

床に倒れ込んだリーニエは無表情ながらも絶望の色が顔に浮かんでいる

結局、ひたすら攻め続けたリーニエだったが、アウラに一太刀も入れる事が出来なった

それどころか、靡く髪の一房にも、舞う様に翻るアウラの衣装の一部すらにもかすらせることはできなかった

「だが、成長は認めてやろう。合格だ」

「…!!」

「手加減もだいぶせずにすんだからな、一太刀はくれてやらずともわずかに危ういところはあった」

「アウラ様…」

アウラは見学していた配下に目配せして退去を促すと、配下達はすぐに姿を消した




「さて、ご褒美だ。久しぶりだな。お前からの口づけは…

…しばらく疎遠になるから甘く見てやったわけではないぞ。そこは勘違いするな」

「分かってる」

顔の高さを合わせたアウラは頬を差し出す

リーニエは無視して…

アウラの唇に口づけをした

(!!!)

流石のアウラも釣り目気味の瞳を見開いてしまう

肌とは明らかに異なる柔らかい感触がお互いに与えられる

鮮やかなピンク色が重なる

お互いの瞳にお互いしか映らない…

プハ

唇を唇から離したのはリーニエの方だった

(私は…私の方からリーニエの唇から離れる事ができなかった…)

アウラの表情は動揺から抜け出せていない

「…どうして」

「だって、今日は特訓の口づけが無かったから。アウラ様からの口づけが欲しかったから口に口づけしたよ」

対して無表情のまま答えるリーニエ

「…っ!一本取られたわね…」

(こういう時は模倣しない方が鋭いのね、この子は…)

アウラは瞼を半分閉じて逡巡すると、表情を戻す

「さぁ、手合わせは終わりよ。戻りなさい」

「分かった」

退去を促されたリーニエは立ち去り

手合わせを行った部屋にはアウラただ一人が残る


「……」


無意識に、指で唇に触る

「あの子…たぶん、本当の『口づけ』の事を知らないのでしょうね。

唇と唇を合わせる『口づけ』がどういう意味があるか…

もし、あの子がそれを知って、さっきの『口づけ』を思い出したら…」

無表情の中でしっかりと渦巻くであろう感情を想像すると笑みがこぼれてくる

ゾクゾクと、嗜虐にも似た快感が身体を走る

「そうだわ、グラナトを乗っ取ったら。そうしましょう。

あの子が、誰のものか…読み込ませてあげないといけないわね…

そして…」

アウラの脳内に浮かぶ、都市グラナトの長たる者の部屋で重なり合う二つの魔族の身体

(決して使われることのない私のためだけの『動き』を教え込んであげる…

リーニエ…)


妖しく光る紫の瞳はすぐに、闇の中へと溶けていった


終わり

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