リクエスト8

リクエスト8

33


ドンキホーテ海賊団に加入したばかりのころ、何もかも素人だったローにドフラミンゴが最初に叩き込んだのは生き残るための護身術だった。拘束されたときの脱出のしかた、相手をしばらく行動不能にできる人体箇所をあまり力を込めずに的確に突く方法など、同じ体格や腕力を持っていたベビー5と共に指導を受けた。

当時、自分たちの身をドフラミンゴなりに案じてくれているのだと解釈していた。

離反した直後は、自分の所有物を想定外のことで奪われないための予防策に過ぎなかったのだと失望を深めた。

諸々を知った今では…どちらも間違ってはいなかったのだろうとローは確信している。



鳩尾に肘鉄がきれいに決まった。それと同時にローは自分を抱えていた腕から抜け出す。潰れたカエルのようなうめき声をあげた男の腕から。

すぐさま至近射撃が飛んでくる。正確にナイフのみに当たった玉に弾かれ、ちょうど野次馬のいないところに落とされた。ローがそのナイフを間も置かず拾い上げすぐに男から離れる。武器のない丸腰の男は別の海兵のタックルによってべしゃりと地に伏せた。


「く、そォ…」

「大人しくしろ!」


呻く男をタックルした海兵が手際よく拘束していく。強盗罪で追われ、卑怯にも子どもを人質にして逃走を図ろうとした犯罪者の末路にしては実にあっけなかった。いろいろずさんな犯行だったが一番の敗因を上げるとするなら、人質にとろうとしたした子どもが普通の子どもではなかったことだろう。


「スワロー、けがはありませんね?」

「ねェ」

「よかった。ではナイフは預かります」


駆け寄ってきた大尉の手には撃ったばかりの海軍用拳銃が煙を上げていた。至近距離から正確にナイフにのみ当て、さらに狙った方向へ弾き飛ばしたその力量を察せないローではない。敬愛する彼も大概な腕をしているが、それに負けず劣らずの狙撃能力だろう。

考えに浸っていたため一刻遅れてナイフを差し出す。それに手を置いた大尉は、しかしすぐには掴まずナイフ越しにローの顔をじっと見つめている。表情から意図は読めないが、単純に凝視されることに対してローの眉間が僅かに寄った。


「……何か言いたいことでもあんのか」

「言ってほしいですか?」

「……いや、いい」


ローの返答を待っていたように、大尉はにこりと笑ってナイフを受け取った。

精神が安定し大分ロシナンテの部下たちとも打ち解けてはきた——初日に比べたら、ではあるが——ローだが、彼の副官であるこの大尉からの視線は出会ったときから変わらず感じている。明確な敵意はないが、探られているような感覚が常にあるのだ。そんな彼の前で咄嗟とはいえあんな動きをしてしまったのは失態だったかもしれない。明らかに素人の身体捌きではないとわかっただろうから。

本来のローであれば一大尉に警戒されるなど意にも介さないことだが、現状が現状な以上、ロシナンテから離されるかもしれない要素は避けるに越したことはないのだ。


「あの人には」

「報告しませんよ。焦ってドジして傷口が開いたなんてことになったら部下への面目が立ちません。そのほうが君も助かるでしょう?」

「まあな」


ケガで養生中の、出かける前に『おれもローと買い物行きてェよ~』と駄々をこねていた彼がこの場にいなくてよかったと思う。

2人の元に、先ほどの強盗犯を駐在兵に受け渡してきた海兵が帰ってきた。大尉へ礼をしたその右手にひっかき傷見つけたローが声をかける。


「怪我してるぞ」

「ん?あ、本当だな。これくらい大丈夫だぞ」

「だめだ。これ貼っとけ」


ローは腰に付けたポシェットから絆創膏を取り出して渡す。受け取った海兵はローの頭をわしゃわしゃを撫でまわす。ほんの少し、ロシナンテの撫で方と似ているような気がした。


「お前いい医者になるぞ。中佐付きになってほしいくらいだな」

「いいですね。仕事には困りませんよ」

「それはそれでどうなんだ…」


軽口を言い合う中にロシナンテへの親密さを感じる。ローが海兵という存在にわずかでも気を許している理由がそこにはある。

はやく帰って彼に会いたいという気持ちが、急かす様にローの足を速めていった。




Report Page