リクエスト17

リクエスト17

33


海軍には様々な出自の者が所属しているので、年中行事や冠婚葬祭といった伝統文化も各故郷ごとに異なるというのは珍しくない。とある行事一つとっても、厳格な作法に則る者や特に重要視しない者、中には海に出ること自体がタブーとされその時期を狙って休暇を申請してくる者も少なからずいる。海軍もよっぽどの緊急事態でもない限り海兵たちの主義信念を否定することはない。

畢竟、海軍は様々な伝統文化の坩堝となった。それらは緩やかな変化や消滅を繰り返しながら次世代たちへと受け継がれ、まさに”海軍文化”とも呼べるものへと発展していった。



「というわけでどうぞ」

「は?」


講義めいた説明の後に大尉から渡されたのは封筒のようなものだった。大きさは一般的な封筒に比べてかなり小さく、装飾が凝っている。膨らみが目立たないため何が入っているのかわからず、ローは訝む。


「なんだこれは」

「海軍では『お年玉』と呼ばれています」

「玉?にしてはずいぶん平べったいが」

「実際に球状のものが入っているわけではありませんよ」


ローの反応に苦笑しつつ、大尉は説明を続けた。

元はとある島の風習を海兵が持ち込んだことがきっかけだった。その島の家長は年始に一族を集め馳走を振る舞い、余った食材は成長を願うという意味を込めて一族の子どもに分け与えられるのだという。その風習を知った海兵たちが、年始も多忙で家族の元へ帰ることができないなかせめて自分の子どもに食べ物やお菓子を贈ろうと思い立ったことから始まり…


「それがやがて年少の者にお金を渡すという風習に変わっていったんです」

「どうしてそうなった」

「さあ…現金の方が汎用性があったからじゃないですか?」

「身も蓋もねェな」


そう突っ込みつつも海賊の性ともいうべきか、ただで貰えるものに遠慮などしないローである。肩掛けのシロクマのポーチにしっかり仕舞われたのを確認して大尉は満足げに頷いた。


「しばらくは会う海兵たちからのお年玉攻めを覚悟しておいてくださいね。艦内の年少者はあなたたちだけですから」

「貰えるものは遠慮なく貰うだけ……たち?」


引っかかる言い回しにローが首を傾げる。大尉の笑みに少しだけ意地の悪さが混じった。


「あなたが来る前の最年少は誰だと思ってるんですか」


それが誰を指しているのかすぐにわかるくらいにはローもこの隊に馴染んだ。額に手をあて、はぁーとあきれ顔でため息をつく。


「………あの人もいい大人だろ」

「そういって断ろうとしてくる彼の懐に無理やりねじ込むためのちょっとした乱闘が数年前からこの隊の新年行事です。これもやがて伝統になるんですかね」

「知るか!」


新年早々突っ込みを入れる羽目になったローは、年配の海兵たちに揉みくちゃにされているであろう人を探して早歩きで部屋を出る。一人残された大尉はふっと笑い、年が明けても変わらない海を窓から眺めて呟いた。


「ぼくはそうなればいいと思っているよ」




———————————————




おまけ


「いくら可愛いローでもこれは譲れねェなあ?」

「大人気ねェなロシナンテ中佐殿」

「…………何やってるんですか」

「お疲れ様です大尉。丸餅味噌派の中佐と四角餅醤油派のスワローによる雑煮討論だそうです。両者一歩も譲らずって状況です」

「…………どっちも選べるように用意されているじゃないですか」

「それとこれとは話が別だそうで」

「で、皆さんは何を?」

「ムキになって周りが見えていない中佐の服に気づかれずにお年玉を忍ばせられるかというゲーム中ですね」

「道理でスワローの頬が若干ひきつってるわけです……ところで皆さん新年でも体力が有り余っているようですが」

「全員解散!!」


Report Page