リクエスト14
33熱水泉…俗にいう温泉というものは、実はすべて火山由来というわけではない。地下水を温める地熱は摩擦や電磁力によって発生することもあるので、そういったことが起こりやすい地質の土地では火山がなくとも温泉が湧き出ることがある。
そしてそういう土地を持つ国は往々にして、それを観光資源にするものである。
「ふああァ~~生き返るな~~」
「おっさんくせェぞロシーさん」
「ほっとけ~~」
融けるように湯に浸かるロシナンテがドジをしないか密かに心配しつつも、すぐにローもその湯を楽しむことになった。
寄港した島に温泉でにぎわっている観光街があるということで入浴のみであればと外出許可が出たため、隊の皆はそれぞれの湯屋に散っている。ロシナンテもローを伴ってとあるこじんまりとした銭湯に足を運んだ。観光街からやや離れたそこは、比較的人が少ない知る人ぞ知る店という雰囲気をまとっている。
「普段湯に浸かるってこともあんまりできねェからな。こういう時に満喫しないと」
「でもあんた能力者なんだから長風呂は危ないぞ」
「だから海軍じゃ、能力者はできる限り独りで浴槽に入らないようにって進言されるんだぜ」
「!……へェ」
それはローにとっても初めて聞くことであった。ロシナンテはかなり念入りにそれを教え込まれたらしく、今でも無意識に守ってしまうという。教えた者の彼への心配がありありとわかってしまい思わず苦笑したローはふと、かつての旅の折に養生でよく使われるという温泉へ半ば強制的に連れていかれたことを思い出す。
人前で肌を晒すことを拒絶するローを、彼は人払いを徹底したと言って無理やり湯舟に突き落とした。まだ彼との関係に剣呑な空気が混じっていたころで、当時は本気で殺意が湧いた記憶がある。罵倒と共に手が出そうになったローを止めたのは、遅れて入ってきた彼の傷だらけの身体だった。
その数がかなり多いことと一部かなり深かったと予想できる傷跡——そのうちの一つが自分がつけたものであることは今では反省している——もあったことに、当時のローはどうせ度重なるドジの跡なんだろうとか、処置をした医者の腕が悪かったんだろうなとか、そういうことを考えていた。ただ、医者の子どもの性分ゆえか、その光景に闘争心は結局萎えた。大人しく湯に浸かっていたローを、彼が少し不思議そうに見ていた。
医者としての知識と彼の過去の情報を手に入れた今では、自分のその推測は的外れだったということがわかる。今改めて見ると———そりゃあドジによるものもけして少なくないことは否定できないが———『数年前』で済ませられないような跡も散見される。きっともっと小さい頃に負って、医者にかかることもできずに放置され残ってしまった跡たちが。
あの時人払いをしたのはたぶん、ローのためだけではなかったのだろう。
当時の思い出に浸かっていた意識が戻ってきたのは、湯が勢いよく顔に飛んできたからだった。
「……っうわ!?なにすんだよ!!」
「へっへ~~隙を見せたローが悪いんだぞ~」
いわゆる水鉄砲の形に構えた両手をこちらに向けてロシナンテが意地悪く笑う。
「……宣戦布告ってわけかロシーさん。覚悟はできてんだろうなァ?」
「なめんなよロー。おれは『とある人』に勝つためにこれを毎夜鍛錬していたこともあるんだぜ。能力者だってハンデもあってないもんだと思えよ?」
「上等だ…!」
人がいないことを余所に始まった当人たちにとってはいたって真剣な水かけ勝負の声は、通りかかった者たちが思わず微笑んでしまうほど楽し気に響いていた。
勝敗の行方は、その後見事にのぼせ副官にこんこんと説教されるロシナンテと、それを瓶牛乳を飲みながらにんまりと眺めていると監督不行き届きということで巻き込まれることになったローのみぞ知る。