ラヴィーネ「妹を求めて」

ラヴィーネ「妹を求めて」


ここは魔法都市オイサースト。そのある晴れた日の午前中

「こんにちは、ラヴィーネさん」

ラヴィーネが本日の待ち合わせ場所である喫茶店の屋外テーブル席に座ってカンネを待っていると

濃い金髪のロングヘアーの女性が唐突に現れ、ラヴィーネに声をかけてきた

「あんたは…」

「お久しぶりですね。メトーデです」

「ああ…久しぶりだな」

メトーデと名乗ったその女性はラヴィーネの向かいのイスに腰を下ろす


メトーデ…先日の試験で一級魔法使いに昇級した魔法使いの一人。長身の女性でスタイルも良く、常に丁寧な言葉遣いを崩さない

様々な種類の魔法を使いこなすだけでなく即応力もあり、さらには武芸の心得もある強者だ

ただ趣味というか嗜好には問題があると噂されていて、一部の女性魔法使いには脅威の対象になっているとか、いないとか

ラヴィーネもカンネと共に試験中に同席する時間がありその時知り合ったのだが、その評判は概ね正解であると思っていた

今のメトーデは試験中と同じ服装で、白いマントに露出度はほとんどないが体のラインがしっかりとわかる上下を着込んでいた


「そこ 来るんだけど」

「待ち合わせ中でしたか。待ち人はカンネさんですか?」

「…誰でもいいだろ」

「ふふ…まぁその待ち人が来たら譲りますから それまでは座らせて下さいな」

「チッ……勝手にしろ」

「ありがとうございます」

メトーデは礼を言うと、両肘をテーブルについて両手を組み、その上にアゴを乗っけてラヴィーネの方へ視線を向ける

「………」

「………」

「……おい、何ジロジロ見てやがる。というか 何が目的だ」

エルフだろうが一級魔法使いだろうがスキンシップを遠慮しないメトーデに監視されている感じがしてラヴィーネはいい気がしない

絶対何か企みがあるのだろうと、ラヴィーネはさっさと聞き出すことにした

「ええ、実はですねぇ…」

メトーデは組んだ両手から人差し指をピッ、とラヴィーネに向け、不敵な笑みを浮かべて言った

「妹を探しているんです」


「妹だぁ?」

(何言いだしやがるんだこの女は、確かに私は妹だがよ)

ラヴィーネには三人の兄がいる。その兄達の妻になればラヴィーネは義妹という事になるが…

「もちろん実の妹、という事ではありません。精神的といいますか…婚姻関係上の義理の妹とはまた違う私だけの妹といいますか」

(少なくともこいつが兄貴達を狙ってるという事じゃなさそうだ)

メトーデはグッと握りこぶしを作ると

「私を慕ってくれて。追いかけてくれて。心配してくれて。常に私の事を一番に考えてくれて。

だからといって決して従うだけの存在ではなく、時にはわがままを言って、叱ってくれて…。

甘えて甘えさせてくれて私を癒してくれる。その子がいる場所が私のホームと言い切れる。

…そういった存在になってくれる子を探しているんです」

ラヴィーネから視線を外さず、熱弁を奮う

「…あんた…疲れてんのか?」

ラヴィーネは呆れながら返す

「そうかもしれません。だとしたらなおさらです。私には今すぐ癒しが必要なのです」

「教会ならあっちにあるぞ」

「そういう癒しではありません」

「教会にはシスター(修道女)がいるぜ」

「言葉遊びをしているのではありませんよ。私は真剣なんです」

「だったら何で私に声かけたんだよ。妹っぽい子なら試験の時あんたのパーティーにいただろ」

「レンゲちゃ…レンゲさんは事情があって今近くにはいないのです。ラオフェンさんは妹というより孫とか娘さんみたいな感じですし」

「だからってなぁ、はっきり言って私はあんたの理想の妹像には程遠いぞ。もちろんなる気は一切無いが」

「本当にそうお思いですか?」

「ったり前だろ。だいたい私はな」

(カンネという心に決めたパートナーが…いや、これはちょっとボカシて言うか……ええと…ん?いやまて)

ここまでスラスラと反論を返していたラヴィーネが止まる

(まさか……カンネが狙いなのか!?)

ラヴィーネは思わず目つきが鋭くなるが冷静になる様目線を下げ、長考に入る

(確かにカンネはちゃんと目上や立派な人は慕うし、私から離されないよう努力して追っかけてくれてるし、

私を心配してくれるし…一番に考えてくれてる…はず…だし、わがままは日常茶飯事だけど、ちゃんと言う事は言ってくれるし…

良くも悪くも甘えてくるけど…私も…たまに…まれに…甘えるし…。あいつがいないと落ち着かねえし…)

メトーデの妹の条件を愛しい幼馴染に照らし合わせると次々に当てはまっていく

(じゃあそれが、あの女に向けられたとして…カンネはどうだ?私相手の様な態度をとるのか?)

ラヴィーネはイメージする

メトーデに懐くカンネの姿を…


『メトーデさん、格好いい!メトーデさん!私新しい魔法覚えました!

メトーデさん大丈夫ですか?なでなでしてもいいですよ?

メトーデさんは大切な人です!メトーデさん、一緒にお菓子買いにいこうよ!

メトーデさん、無理しちゃダメだよ…

えへへ…メトーデさん…。メトーデさん、今日は私がなでなでしてあげます。

メトーデさんが帰ってくる姿を見つけると…ホッとするんです…』


…カンネの姿を…全然…イメージできてしまった…

(カンネ!この浮気者ぉ!!)

ダン!

とラヴィーネは思わずテーブルを叩く

心の中のさらに想像の存在にラヴィーネが空しいツッコミを入れるものの、推考はまだ終わらない

(確かにカンネは臆病ではあるが人懐っこいとこがある。だから敵意がなけりゃスッと仲良くなっちまうけどさぁ)

だが相手はあのメトーデ。ちょっと信用を得たらそこから手練手管でカンネを篭絡してくるに違いない、そして想像の通りに……

……充分あり得る流れだ、とラヴィーネの中で不安が増してくる

(いや、カンネを信じろ…といいたいが…中途半端なところで止めたりすると私たちがこじれるかもしれん。となると…)

「…ハナから阻止するしかねぇな」

ボソリと、ラヴィーネが呟いた


奇行の様なラヴィーネの挙動を眺めていたメトーデはラヴィーネがボソリと呟いたところで

「…どうしても受け入れていただけませんか?」

と声をかけた

ラヴィーネはメトーデの方を一瞥もせずに

「…すまねえ、急用を思い出した。じゃあな」

と、席を立った

(カンネはここに向かってる途中のはずだ、こいつに会う前に合流して身を隠させるか)

カンネとメトーデを合わせない。という急用だから嘘は言ってないぜと屁理屈をこねたラヴィーネだが、時はすでに遅かった


「おはよーラヴィーネ。あれ?珍しい人がいるね」

ラヴィーネの目の前には、待ち合わせをしていたその幼馴染が到着してしまっていた

「こんにちは、カンネさん」

「こんにちは!メトーデさんだよね?お久しぶり!お元気ですか?」

「あなたほどではありませんよ」

そして、絶対に避けたかった組合せの会話がすでに始まっていた

「おい」

ラヴィーネは後ろからカンネの服をグイと引っ張って引き寄せると、腕をカンネの首に引っ掛けてクルリと回れ右してメトーデに背を向けさせる

そのまま顔を寄せ、ヒソヒソとカンネに話しかける

「不用意にアイツに話しかけんなよ」

「何でだよ」

「妹を探してるんだと、アイツ」

「妹…?私の横にいるやつ?」

「ちげーよバカ。本物の妹じゃなくていわゆる妹分ってやつだな。疑似姉妹…っつーのか」

「ああー。魔法学校でもいたねぇ。年の差がある仲の良い女の子達がお姉様と妹代わりになるって契りを交わす、あれ」

「あ~~、あったなあそんなの。懐かしいぜ」

(二人の関係を深める儀式ではあるから少し羨ましかったが、私たちには年の差がなかったからなぁ…)

思いがけず魔法学校時代に触れるラヴィーネではあったが、すぐにこうしている目的を思い出す

「じゃなくて。アイツ。お前をその妹にしようと狙ってんだよ」

「私を!?」

「間違いねえ。だから近づくなよ 何されるか分からんぞ」

「いやいや、いくらなんでもそれは失礼だよ」

「そう言い切れる根拠は何だよ」

「ラヴィーネこそ 何かされたの?」

「別になにもされてねぇけどよ…」

「お二方」

ヒソヒソ話が終わりそうにないのを気にしたのか、メトーデの声が後ろから聞こえてきた

プレッシャーを感じてしまったのかカンネが振り向く

「あっ ごめんなさい。ラヴィーネがね…」

「あっ おい、勝手に…」

「聞いたよメトーデさん。妹を探しているんだって?」

「おい!」

「もうラヴィーネは黙っててよ。本気なの?メトーデさん」

「ええ。私は心の支えが欲しいのです」

はっきりと言い放つ

(やっぱマジだよコイツ…)

「そうなんだ…じゃあさ。メトーデさん」

「何でしょうか」

「私とラヴィーネ。私たちが一日妹になってあげる」

屈託のない顔で、カンネが何の前触れもなく爆弾発言をぶちかました


「……本当ですか!?」

メトーデがガタッと椅子から立ち上がる

「お試しってやつだよ。お試し。そんないきなり妹になれだのなりますだのできるはずないでしょ?だからお試しでやってみようよ」

「ってめーふざけんなよ!誰がんなことやるか!」

ラヴィーネはカンネが誘いに乗るどころか自分も巻き込んできたので納得いかずくってかかる

「いいじゃないのラヴィーネ。たまにはそーゆーことしても」

「よくねーよ馬鹿!せめてお前一人で…」

ガシッ

言葉の途中でメトーデが激昂するラヴィーネの肩を掴んだ

「………!」

「店先ですよここは。静かにしましょう」

言葉が出せなくなるラヴィーネ。メトーデが拘束魔法を使ったのだ

「…さて、ではカンネさん。今の申し出…喜んで受けさせていただきます」

「うんうん。ラヴィーネもいいよね?」

ニッコリ笑顔で動けないラヴィーネに問いかける

(OKしなきゃ解放しねーだろーがよ!)

ラヴィーネも渋々了承した


「それでは、早速始めましょうか。ラヴィーネさん。カンネさん」

ラヴィーネを拘束から解放したメトーデはルンルン気分で二人の前に立っている

「メトーデさん。さん付けしなくていいよ。私たちは妹なんだから」

「そうですか?それじゃあお言葉に甘えて………ラヴィーネ。カンネ」

「はい」

「チッ」

二人はそれぞれ返事をする

「私の方の言葉遣いは気にしないで下さい。性分というか…こういう口調でないと落ち着かないのです」

「はい。ああ、そうだメトーデさん」

「何です?」

「私の方からは『お姉さん』って呼ぼうか?」

「はぁ!?何言ってんだテメエ」

「…そこなんですよねえ。私は本番では名前で呼んでもらいたいと思ってるんです。だけど今は……そうですね、それでいきましょう」

メトーデはちょっとだけ考え込むもすぐにOKを出した

「わかったよ。じゃあ私は『お姉ちゃん』で。…ラヴィーネは?」

「……『姉貴』…」

「ふふ、ラヴィーネらしいですね。それじゃあ、この後どうしましょうか?元々カンネとラヴィーネは待ち合わせしてたんですよね」

「うん。でも特に用事は無かったんだ。魔法の修行するか、お店巡りしようかなって」

「そうですか…。そうだ、明日二人とも空いてますか?今日のお礼に一緒に魔法の修行してあげてもいいですよ」

「え?いいんですか?」

「本当か?」

「ええ、みっちりしごいて差し上げますわ。…ふふふ」

「うわぁ」

「でもまたとない機会だぜ。その話、乗った」

「まぁラヴィーネがそういうのなら…私もお願いします」

「…う~ん。返事がよろしくないですねぇ」

「え?」

「返事が…物足りないですね」

「…あ~。うん。分かったよ、お姉ちゃん、明日よろしくお願いします!」

「……そういうことかよ……はぁ…私からも頼むぜ…姉貴」

改めて二人から懇願されるメトーデ

「………」

「…お姉ちゃん?」

「………」

「固まってんぞ。カンネ、拘束魔法使ったのか?」

「まさか…嬉しくって…動けなくなってるとか?」

メトーデは、なんとか頷いた




明日の約束をとりつけた即席の姉と妹二人はその分、今日一日お店巡りをすることにした

「とはいえ、どこいこっか?お姉ちゃんはどこか行きたいところはある?」

「そういわれましても…そうですね、武器屋とか」

「却下」

「ですよねえ」

「…そうだ!化粧品売ってるお店にいこうよ。お姉ちゃんをおめかししちゃおう!」

「化粧品屋さんですか…ラヴィーネ達もよく行くのですか?」

「いや 全然」

「…魔法の修行には必要ないし…。でも、一度行ってみたいんだよねえ」

「お前にもそういう心があったのか」

「まあね」

(どうせラヴィーネには敵わないってわかってるけどね)

「…じゃあウチの家が使っている店に行くか。私がいるから入れるだろ」

「本当?やった!」

思わずラヴィーネにとびつくカンネ

「おいひっつくな!」

「流石ですね、ラヴィーネ」

ラヴィーネの頭に手を乗せるメトーデ

「なでんな!」




化粧品屋についた三人は店の人に事情(妹代わりも含む)を話し、メトーデのお肌の化粧をすることになった

店員がつきっきりで化粧を施し始めてしばらくして…ようやく終了した

ただでさえ美人の顔立ちが化粧で輝きを付与されて眩いオーラの様なものが放たれている様だ

「…どうでしょうか?」

「美人だ…美人すぎる…」

「こりゃとんでもねえ上玉だ。姉貴、社交界デビューできるぜ」

「あら嬉しい…でも褒め過ぎでは?」

「んなことはねえよ。いけるって」

「うんうん」

(社交界の事よくしらないけど)

「じゃあ次はあなたたちの番ね」

「あ、あたしはいいよ」

「私も…」

「?どうして遠慮するのです?きっと似合いますよ」

「時間かかるし…」

「一度化粧にハマっちゃうと大変らしいし…」

やんわりと断る妹二人の主張をメトーデは受け入れた

「そうですか…まあ無理強いはできません…でも、せっかく来たんですしねえ…」

メトーデは店内をキョロキョロと見回すと

「そうだ…せめて、口紅を…お似合いの口紅を探しましょう」

「口紅」

カンネのオウム返しにメトーデは指で唇を指して提案する

その唇にはギラリと彩やかな紅色が主張していてそれでいて派手過ぎていない

「まぁそんくらいなら…」

「お金のこと気にせず。プレゼントしますから」

「えぇ?それはちょっと申し訳ないよ…お姉ちゃん」

「そうだ。いくら…姉貴…だからってなあ」

「いいではないですか。それとも…決まった口紅…使用済み品になりますね…それを全部私が貰ってもいいんですか!?」

「そういうことかよ!」

「お姉ちゃんそれちょっとヤバイよ!」

メトーデの策略に乗せられた妹二人は口紅選びを始めた

しばらくして…

「どーお?ラヴィーネ、お姉ちゃん」

カンネの唇にはそれほど彩やかではないが暖かそうなオレンジに近い茜色の口紅がひかれていた、髪の色に合わせたのだろう

(似合ってるぜ…他に人いなけりゃ、奪いに行ってただろうよ)

「お似合いですよ、カンネ」

「ラヴィーネは?」

ラヴィーネの唇には元のピンク色に近いの桃色の口紅が薄くひかれている。銀の髪と青い服から目立たない様大人しい色にしたのだろう

「「…可愛い」」

「ハモんな」

「ふふ、いいお土産ができましたね」

「うん。ありがとうお姉ちゃん」

「ありがとな、姉貴」

「さ…それでは化粧を落としてもらって失礼するとしますか」

「えー?お化粧落としちゃうの?せっかくしたのに」

「あまり目立ちたくありませんし…それに『すりすり』が味気なくなってしまいます」

「…『すりすり』?」

メトーデの口から聞き覚えの無い単語が登場した

「ええ。頬と頬を合わせてすりすりする事です。頬でなくても頭や髪にでも『すりすり』です。

『なでなで』より直接的なスキンシップでして…まだ“あの人”にはしてあげてないんですけどね」

こんな感じで、といわんばかりにメトーデは小刻みに顔を左右に揺らす

「ヤベーよ、おい」

「えぇ…」

ドン引きするラヴィーネとカンネ

「この通りお肌を化粧していると素肌じゃないですからね。『すりすり』の効果も半減です」

(えっ、もしかして私たちにすりすりするつもりだったの)

(二次試験の時もさては大分我慢してたな…?)

「『なでなで』は1日10分までに制限されちゃいましたからね。『すりすり』でカバーしてみせますよ」

抜群の美貌が、不敵にほほ笑んだ


同時刻、オイサーストのある広間にて

「っくしゅん!くしゅん!」

金髪の女性がくしゃみをすると、亜麻色の髪の女性が慌てて駆け寄り髪で掬いあげた赤いガウンを着せようとする

「風邪でもひかれましたか?」

「いや、大丈夫だ…。…なんか、悪寒がしただけだ」

「はぁ」




化粧品屋を出た三人は、その次は服屋にメトーデを招待した

普段着以外にも珍しい服が売っている事がある店だ、試着にも料金を必要とするが、色々な服が着れたりする

そこでメトーデは、妹二人にのせられて、試着した服を一着買ってしまった

紅色の下地に金地の縁取りがなされ、白百合とおぼしき白地の刺繍が施されている

南部の地方の有名なドレスだとかで、ローブにも見えないことはないがラオフェンの格好に近く、片側のスリットは太ももの半ばまで入っている

紅い服が濃い金髪をお互い映えさせて、元々の美しい顔立ちと合わせてなかなかの妖艶さを醸し出していた

「さっきの化粧がのってたら、ヤバいことになってたな…」

「そうだね…潜入任務とかはまず無理だね」

妹二人が感心していると、やはりメトーデは二人のお着替えを提案してきたがここもやんわりと断った

「新しい私が見つけられたかもしれませんね。妹達に感謝しましょう」

「えへへ…」

「だから撫でんなっていってんだろ!」

「けど…時間があったら一緒にお着替えしたかったですねえ」

(やっぱりそれが本音か…)




その後、一旦先ほどの喫茶店に戻って遅めの昼食を軽くすませると

ラヴィーネとカンネは夕食をとろうとしたレストラン─曰く、女性客からの評判に限定すればかの有名料理人の店に負けない人気のお店─を予約して

それまでの時間、メトーデをアクセサリー屋や観光名所に案内して穏やかな時間を過ごした


夕食も、やたらと自分の分を妹達に分け与えようとする姉を制したり

食べ物を通した間接キスについて語り始めた姉をよそに、いや狙い通りだろうか、妹達が意識してしまったりと色々あったが

つつがなくとり終えて店を出ると、すっかり日が落ちていた

そろそろこのお試しの時間もお終いかな、と店先で姉は妹二人と別れようとしたが、その妹達は姉をとある場所まで連れて行った


「お姉ちゃん。ここはね、私たちの待ち合わせ場所の一つなんだ。一緒に何かする時はよくここに集まって、ここで別れるんだ」

(何がよく、だよ。ほぼ確実にこの場所だろ。ま、フリーレンにも知られてるし、いいか)

「そうなんですか」

メトーデは心なしか寂しそうだ

「…姉貴。今日は楽しかったか?」

「ええ。とても楽しかったです」

「よかった。これでしばらくは元気でやれそうだね」

「それなんですが…。確かに今日は満足しました。ラヴィーネとカンネのおかげでとっても元気がでました」

「ならいいじゃねえか」

「ですが…やっぱり妹がどうしても欲しくなりました。…今日一日一緒に過ごして、妹としての魅力を確信してしまったんです」

「マジかよ…」

(確かにカンネ可愛かったもんな…。ああ私もお姉ちゃんって一日中呼ばれたいぜ。

っと、そんなこと考えてる場合じゃないぞラヴィーネ。このままではカンネがとられちまう)

恐らくメトーデにベッタリになる。カンネと会える時間は間違いなく少なくなる。そんな日常は…考えたくない

(頼むカンネ、断ってくれよ…)

カンネが受け入れでもしたら自分の力では阻止できそうにない、だから祈るしかない

(いや、いざとなったら私の本当の気持ちを打ち明けてでも…)

ラヴィーネの思考が追い詰められる一方、当のカンネ本人は呑気にメトーデを眺めている

「是非、私の妹になってほしいです」

ラヴィーネの心拍が速くなる


「ラヴィーネさん」


「…え」

メトーデの口から発せられた名前は、ラヴィーネの予想を裏切り自身の名前だった

「美しく聡明、気が強いですが情もある。それを知っていれば多少の口の悪さもむしろスパイスで」

メトーデに真顔で見つめられ告白されているラヴィーネ。しかし理解が追い付いていない

「いやいやまてよ。どうみてもカンネの方が妹っぽいだろうが!」

「そうかなあ?」

「自覚ないのかてめぇ」

「ラヴィーネさん。あなたのいう事にも一理あります。確かにカンネさんは妹として見ると魅力的です」

(妹としてじゃなくても魅力的だぞ)

「しかしそれは、例えばラオフェンさんが誰からもお孫さんのような印象を持たれる様に、

カンネさんが誰からも妹の様に思われる様なもの…

ですが私からすればラヴィーネさん。あなたの方が私にとって 妹としてのベストなのです」

「意味わかんねーよ」

「では具体的にお答えしましょうか…

まず、髪の色が対照的な金と銀のロングヘアーで美しいところ」

メトーデがラヴィーネに近づくと、カンネの方を向いて同意を求める

「うん、分かるよ」

(お前はどっちの味方なんだ)

「次に、私もラヴィーネさんもスタイルがよいところ…まぁ、これは自覚してそうなったわけではありませんが」

「二人とも羨ましいなぁ」

(変わってやろうか?カンネ)

「そして…あなたは私と同じ様に冷静に考えて動くことができる…もちろん、人の感情を踏まえた上で……そんなところでしょうか」

「へぇ…じゃあいずれ私はあんたみたいに戦えるってことか?」

「ええ。ですがまだまだ。…そうですね、今は鍛えがいがある、とでもいいましょうか」

(なるほどね…己の後継者というか妹弟子というか、そういう意味も含んでいるってことか)

「初めの方にお話しした理想なんて後からついてくればいいのです。

本当に重要なのはそれ以外の要素。そしてそれをあなたは持っています。

ですから、是非私の妹に…」

「それはそれとして断る」

「何故…」

「元々あんたの妹になる気はないっつーの」

「でも今日は何回も姉貴と呼んでくれたじゃないですか」

「そりゃそういう流れだったからだろ」

「そんな…」

メトーデはがっくりうな垂れる

「…でもまあ、あんたと行動するのは嫌じゃねえぜ…色々勉強になるからな」

「ほんとうですか?」

「全部が全部ってわけじゃねえぞ。明日の手合わせも楽しみにしてるぜ」

明日の話を出して、なんとかこの執拗な勧誘を終わらせようとするラヴィーネ

「仕方ありませんね…。口惜しいですが…今は引き下がる事にしましょう」

「諦めてくれよ…」

「今日とても楽しかったのは事実なんですから、そう簡単に諦められませんよ」

(ああ、面倒くさいことになったぜ)

「それじゃあ今日はこのあたりで失礼させていただきますか。カンネさん。明日もよろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」

「ラヴィーネさんも」

「ああ」

「……そうそう、ラヴィーネさん」

メトーデは少しかがんでラヴィーネと目の高さを合わせる

「何だよ」

「さっきの私とあなたの共通点みたいな話なんですがね。もう一つあるんですよ」

「…何だってんだよ」

メトーデはラヴィーネの左の耳元に口をよせると、カンネには聞こえないような声量で囁いた


「自分よりも少し小さい可愛い女の子が大好きなところ。……ですよ」


「………」

ラヴィーネは何も返さない。ただ少し瞼を降ろしてやり過ごすだけだ

「では、また明日」

そう言うとメトーデはラヴィーネ達に背を向けて街中へと足取り軽く歩き出した

「………」

「ねぇラヴィーネ。メトーデさんから何ていわれたの?」

棒立ちだったラヴィーネにカンネが話しかけてくる

「大したことじゃねえよ」

「そう…ところでさ、ラヴィーネ。今日は私たち一応二人の妹ってことだったじゃない?

どっちがお姉さんでどっちが妹さんだったんだろうね」

「…今さらそんなの知るかよ」

「ふーん。じゃあさ、双子だったら、どうする?」

「双子だぁ?」

「そ…私とラヴィーネが双子。だったら?」

「どうもこうも…ねえだろ」

「そーお?私とラヴィーネがもともと一つだったものから分かれて二つになったって考えると…」

「考えると?」

「…教えない」

カンネはそういうとフイとラヴィーネを視界から外した

「…おい」

「双子だったら分かるでしょ、気持ちが」

「双子じゃねえから分からねえよ」

「あっそ。相変わらずロマンチックさのカケラもない娘さんだ」

「余計なお世話だ」

「もう…。じゃあ…さぁてと、ラヴィーネ。私も…もう帰ろうかなぁ」

「そうか。じゃあな」

先ほどからどうにも素っ気ないラヴィーネの対応にカンネは口を尖らせる

(フンだ。本当に帰っちゃうからね……あっ…そうだ)

カンネは何かを閃いたようだ、すぐに口の端に笑みが浮かぶ

「ラヴィーネ」

「?」

カンネは先ほどのメトーデの様に目の高さを合わせると、ラヴィーネの右耳に口をよせて


「今度は二人だけで姉妹ごっこしようね?…ラヴィーネおねえちゃん」


ゆっくりと、甘える様な声で呟いた

その言葉がラヴィーネの脳に達して言葉の意味を理解すると

ラヴィーネは表情こそ一切の照れを肌に出さないものの、心臓がもうバクバク高鳴りまくっていた

「ふふ…じゃあね。また明日」

内心を知ってか知らずか、カンネは無邪気にほほ笑むとラヴィーネに背を向けて街中へと消えていった


一人残されたラヴィーネは、カンネの言葉での高鳴りを必死に鎮めようとしていた

(くっそ…メトーデの言葉の動揺抑えたと思ったら、カンネの言葉一つでこのザマだ…)

夜空を見上げ、ふぅと大きく息を吐くラヴィーネ

「ラヴィーネおねえちゃんか…悪くねぇな…」

いつもよりも遠慮無く積極的に甘えてくるカンネを想像すると、ついついニヤけてしまう…しばらく治まりそうにない

「悪ぃなメトーデ。私があんたみたいになれるのは、もうちっと先みてえだ」

ラヴィーネは呟いて、自宅への道を歩み出した


END

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