ランナーズ・ハイ
そよぐ赤髪と青い顔が風を切りながら、無能な騎士は主を背負い山中を駆け降りてゆく。
ハァ、ハァと、兜が割れた事で外の冷気が脳によく回り、ネガティブな方向へと回転率が上がっていく。
本来ならば死んでいた。
本来ならば守れなかった。
本来ならば─────────
「…バー…サー…カ……」
「…!マスター…意識が…!」
愚かな。護るべき主の無事を喜ぶ騎士がいてたまるか。元を正せば、自分が無能だったためにこんな状況を────
「…赤いのね…………」「…はい?」
細い指が、髪をゆっくりと梳く。
「素顔……知らなかったから。バーサーカーの…いや…」
宝具である兜が割れた。それは、私にとって自分の正体が露呈する事を意味する。余りにも矮小な、自分の正体を。
喋らないでほしいのに、その言葉を止めたくない。
春風が木々を撫でるように。雪解け水がせせらぎを運ぶように。涼やかな声が、私の心の深層へと染み込んでいく。
「アコーロンの髪…こんなに綺麗だったのね……」
触られた先から、生前の…"彼女"の記憶が想起される。
「綺麗……だなんて、そんな」
死力を尽くして守り抜きたかった、あなたの方がずっと。私は凡庸で。役立たずで。どっちつかずで。貴方の涙を受け止められなくて。
主の吐息が一定へと変わり、呼吸が弱まる予兆もなく、眠りに落ちたのだと断定できる。
───────モルガン様、御赦しを。
今、この現界だけは。
仮初の主の為に全霊を賭す事を赦してください。
もう二度と、同じ過ちを繰り返したくないと願う、私のエゴをお赦しください。