ラベルを貼るにはまだ早い

ラベルを貼るにはまだ早い



 娘に聞かせるかどうかは選ばせてやるという言葉に、なにか重い病気の宣告みたいやなとひどく場違いなことを考えた。

 相手の面を見れば知らないうちに乳がミサイルにでも改造されたとかそういう方が有り得そうではあるが、そんなことしたら浦原喜助を心から慕っているというデマを瀞霊廷中にばら撒いてやるつもりだ。


「別に知らなくとも被検体としてはなんの問題もないからネ。こちら側は研究成果として残しておくが、伝えるかどうかは別にどうでもいいのだヨ」

「ほんならなんで俺に言うねん」

「そちらが隠し事をするなだとか五月蝿いから態々こうして話してやっているというのに、自分の話したことすら忘れるとはお粗末な頭だネ」

「お?こっちは今すぐ喜助に『マユリが行き詰まってお前に相談したがってる』って言うたってもええんやぞ?」

「……此方にはいつでも貴様らを瓶詰めにする用意はあるんだがネ」

「不毛やな、やめやめ。本題はなんやねん」


 昔見たときと比べて随分派手になったマユリだが、相変わらず喜助をだしにされると簡単にキレる。キレさせても面倒なのでだから何だという話ではあるが。

 派手な見た目で悪の科学者みたいな面をして本当に悪の科学者らしく、娘は身内が被害にあったやつから強烈にマユリと一人で会うことを止められているらしい。


 そもそも俺からしても娘に相当に甘い喜助ならともかく、他の所謂研究者というやつに娘を一人で会わせるつもりはないが。

 相当特殊な体質をしているのだろうことは俺ですらなんとなくわかる。もしも藍染が諸々の手段が整う前に娘を見つけていたら、とても便利に使われただろうと想像できてしまう程度には。


「端的に言うと、あの娘は極めて特殊な死神と虚のキメラということになるネ」

「キメラ?ゲームとかに出てくるやつか?」

「生物学の用語も知らんのかネ。一般的に人で見られるのは二卵性の双子が胚の段階で混じり合い融合し一つになることで、複数の遺伝子情報を持ったキメラとなる。物語の中の存在ではないんだヨ」


 そんなこと言われても俺の中で思い浮かぶのは羽の生えたなんかよくわからんやつでしかない。もちろん娘はそんな愉快な姿で産まれてはきていない。目の前の奴の方がよっぽど愉快ななりをしている。


「おそらく着床してしばらくした段階で虚が融合したのだろうネ。極めて特殊で、他の虚化している死神と比べても共生のレベルが非常に高い」

「着床してしばらく……」

「本来のキメラ化の融合タイミングよりも後だと考えているが定かではないネ。完全な胚の状態だと子供も虚も耐えきれずに流れた可能性が高く、胎児であれば喰われて虚になっていたかもしれない。実験しようにも材料が希少すぎて再現も難しいとは厄介なことだヨ」

「材料ってオマエなァ……」


 希少な材料というのはすなわち娘の両親のことだろう。つまりは俺と藍染。それでなくとも隊長格の死神が二人、しかも男女で必要になる。完全なる人体実験なのでこいつを外に出した元上司に責任問題を問う必要を感じた。アイツちょっと前まで現世に追放されとったけど。


「言っておくが、単純に親を揃えれば良いというものでもないヨ」

「子供はコウノトリが運んでくるって教えられとるからわからんわ、すまんな」

「別に父親の人間性も罪状も興味はないが、問題はアレが変質していることだヨ。お陰でもう一人産めとも言えない、なにをしようと前提が異なるからネ」

「言われてももう産まんわ!」


 人のことをげっ歯類かなにかだとでも思ってるのか、そんなポンポン産めるわけがない。そもそも娘の時ですら死にかけたのだから、次が無事で済む保証もない。

 なにより今の藍染の子なんぞ孕んだら、母親の腹くらい突き破って出てきそうだ。娘は今こそお転婆ではあるものの、腹の中ではあんなにいい子だったのに。


「虚化実験に耐えうる母胎であることも重要だが、あの虚が成長したのは宿主が父親の霊圧を受け継いだ子供であることも一因であると推測できる。それを再現しようとすると被造魂魄では限界があるのだヨ」

「喜助も義骸が持たんとかよう言うてたから一から作るとなると骨やろうな」

「……あの男が"奇跡"などと言うのだから、本当に再現がほぼ不可能で有ることは間違いないだろうネ」


 再現性がないとは口惜しいことだヨ、などと言うマユリを見ながら、本当にあの子の命は綱渡りのようなものだったのだなと実感する。あの子の影にいるもう一人の娘の尽力あってのことだろう。


「試しても無理なんがわかったなら、今後は定期検査せんでもええんか?」

「本当に救いようのない馬鹿だヨ。再現性がないなら他のアプローチで類似のものを作れないか研究するのは当然だろう?そのためにサンプルは少しでもあった方がいいからネ、今後も研究はするとも」

「……なんやわからんけど、マユリが体を大事にしろよって言ってたって娘には言っとくわ」


 ようするに簡単にまとめれば、お前は稀有な体質の持ち主なので今後も研究したいから体を大事になってことだろう。珍獣のように思われて検査を忌避すると面倒だとでも思ったのだろうが、娘は案外図太いのでそんなことは気にしないはずだ。

 なんなら「涅さんなんかよくわからんけど心配してくれとるの?」くらい言う。可愛がられて育った娘はそれとは違う悪意にも敏感だが他人の気遣いにも敏感だ。


「てか娘はどこにおんねん、帰る前に呼び止めよって」

「……ネムと茶を飲んでるヨ」

「なんや待遇いいなァ」

「手荒に扱うと隊長複数人とその他死神と滅却師を敵に回す面倒な検体の対応としてはこれくらいが丁度いいだけだヨ。天涯孤独なら瓶にでも詰めたものを」

「アイツ甘え上手やからしゃーないねん」


 一緒に現世で過ごした拳西やローズはもちろん、なんでか京楽隊長や妹の繋がりで朽木の坊にも気にかけられている。俺が思っているよりも人たらしに育っていることに母親としては驚きを禁じえない。


「棚に並ぶ瓶の一つになりたくないなら、精々長生きしろと言っておくことだネ」


 ひどく不快そうな顔をしたこの男すら「あんまり悪い人でもないよ」と言ってのける娘を思って笑えばそれ以上あるのかと言うほど不機嫌な顔になり吹き出すのをこらえる羽目になったので、楽しくお茶をしていた娘のつむじを突いておいた。

Report Page