ラフィットとモブ幼女

ラフィットとモブ幼女

※暴力表現あり





バサリ、と

どこからか大きな鳥の羽音が聞こえた。


「もし、そこのお嬢さん」


グランドラインからやや外れた辺境の島。

稀な頻度で交易船や見回りの海軍が来る以外は、周辺の海流が複雑なために滅多に人も来ず、海賊すらもやってこないため平穏極まりない穏やかな土地である。


そんな田舎島の浜辺で、幼い子供が一人で遊んでいた。貝殻や綺麗な石を拾い、ヤドカリを眺め……不意に、背後から知らない声に話し掛けられた。

驚いて振り返った子供は、視界に二本の長い脚しか映らないことにまず首を傾げる。

そろりそろりと目線を上げると、三メートルを優に超える細長い男がこちらを見下ろしていた。

格好こそシルクハットにステッキと紳士然としているが、不健康そうな青白い肌をしており、暗い紅を塗った口元には薄い笑みを浮かべ、どことなく異質で不気味な雰囲気を纏っている。


子供はそれまで見たこともない長身の男のぎょろりとした目にびくりと固まり、思わず恐怖に涙を滲ませる。


「ああ……申し訳ありません。怖がらせてしまうつもりはなかったのですが」


男は長い脚を窮屈そうに折りたたみ、子供に目線を合わせるように屈むと(それでもかなり大柄である)、ひらひらと何も持っていない方の手を振る。そして子供の目がそちらに向いたのを確認すると、手品のようにぱっとロリポップキャンディを取り出した。

差し出されたキャンディを素直に受け取ると、子供の恐怖はある程度和らいだようだった。


「……お兄さんは巨人族なの?絵本で読んだことあるよ」

「ホホホ……違いますよ。私は旅人でして、仲間と今晩休める場所を探しているのです。どこかご存じないですか?」

「それなら、この道をずっと行った先に町があるよ!私が住んでるとこ!この島はちっちゃいから、町はそこにしかないの」


キャンディを貰った嬉しさと、知らない大人に物事を教えるという希少な体験に子供はうきうきと話し出した。

辺鄙な島ゆえに普段の生活もそこまで裕福でもない。特に菓子などは滅多に食べられないため、子供はキャンディを大事にポケットにしまう。

男はにこりと微笑んだが、笑顔はまだ怖い。目が笑っていない。だが歩み寄ろうとする姿勢は感じられたため、子供はこの人はそこまで怖くないのかもしれないと思い始めていた。


男はラフィットと名乗った。西の海でホアンカンというものをしていたらしい。

一人で遊んでばかりでずっと話し相手がいなかった寂しさもあり、子供は次々に色んなことを話し、ラフィットもそれをにこにこと静かに聞いていた。

海が大好きなこと、町で同年代の子供たちと遊ぶより一人きりで浜辺をうろつく方が好きなこと、『一人ぼっちでいるのが好きとか変なの』って言われたからもうあの子たちとは遊んであげないと思っていること、空想絵本も大好きでいっぱい読んでいること、いつか海に出て冒険してみたいこと、町の人は優しくて好きなこと、お父さんとお母さんも優しくて大好きだけど怒ると怖いこと、等々。


「ラフィットお兄さん、明日も話せるかな!?」

「そうですね、巡り合わせが良ければまた会えるでしょう……これは私の仲間の受け売りの言葉ですが」


“巡り合わせ” ───聞き慣れない単語にきょとんとする子供に、ラフィットは再度ホホホと笑った。


「よく分かんないや……でももう会えないかもしれないなら、お兄さんにこれあげる。キャンディのお礼!さっき見つけたんだよ」

「おや。ありがとうございます」


子供は拾い集めたコレクションの中から一際目立つ白く乾燥した大きなヒトデを取り出すと、ラフィットの帽子のリボンに差し込んだ。



その後もしばらく話し込んで、気が付くと太陽が遠く高いところまで登っていた。

「そろそろ仲間が着く頃ですかね」とラフィットは立ち上がって海に目を向け、釣られて子供も海を見る。


いつもは水平線しか見えない水面が、その時だけは異物を浮かべていた。

大きなイカダ船が髑髏旗を掲げている。

海賊だ。


イカダには何人かの大柄な、ラフィットと同じように黒を纏った男たちが乗っているのが見える。彼らが仲間なのだろうか。……じゃあ、この人はただの旅人じゃないの?

海賊なんて存在を父親の読む新聞や絵本の中ぐらいでしか見たことのなかった子供は、どこかぼんやりとした頭で考える。

おかしいな、海賊の旗なのにあれは頭が三つも並んでいる、

あれじゃあまるで───


「では、さようなら」


小さな額をステッキの先でトンと小突かれて、子供の意識は急速に遠のいていった。



×××


「───只今戻りました」

「おうラフィット!ずいぶんと長かったじゃねェか、日が暮れちまうかと思ったぜ。ゼハハハ!」

「小煩い子供に付き合わされまして……島の情報は頂けましたが」

「なら良い。海軍の姿も付近には見えないようだ」

「ところでお前……どうした?その帽子のやつは……ゲホ」

「ああ、これは。……ただのガラクタですよ」

「何だよ捨てちまうのか!?せっかく似合ってたのによぉ!」


×××



…………あれ、私、お外で寝ちゃってたみたい。

もう真っ暗だ。いつも夕方になるとお母さんが迎えに来るのに、寝過ごしちゃってて気が付かなかったのかな。

今日集めたコレクションたちも散らばっちゃってる。……何だろうこれ、白い鳥の羽?大きくて綺麗!珍しいから持ち帰ってお部屋に飾ろうっと。


ん?ポケットの中に何か入ってる。キャンディ?こないだお誕生日だったから、お父さんかお母さんがサプライズでこっそり入れてくれたのかな?嬉しい!

帰るの遅くなっちゃったから、お父さんとお母さん心配してるかな。怒ってたら怖いけど。ちゃんと謝りたいな。


急いで帰らないと。

……なんだか町の方が明るい。煙もいくつも出ててお祭りみたい!今日は何かあったっけ?

でもそれにしては静かだから、お祭りももう終わっちゃったのかな。

お父さんとお母さんに会いたい。

早く帰らないと……




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