ラビュリンスと騎士のぬいぐるみ

ラビュリンスと騎士のぬいぐるみ


 騎士が振るった剣がシャンデリアの光に煌めき、その切っ先がラビュリンスの喉元につきつけられる。

「う……」

 ラビュリンスは槍をはたき落とされたために酷く痺れる両手を上げる。

「参りました」

「ふぅ……」

 その言葉に騎士は剣を下ろし一息つくと、剣を納刀して兜を脱ぐ。ラビュリンスは痛む手を数度さすった後、その手を静々と下げると腰を折る。

「どうぞこちらへ。踏破者様」

「ん」

 騎士は慣れた様子で頷き、ラビュリンスは踵を返してダンジョンの終着点からさらなる奥へと彼女を誘う。

 煌びやかであっても常にトラップによって物々しい雰囲気があったダンジョン内とは打って変わって、城の最奥はただ絢爛豪華であった。騎士は調度品をちらちらと見ながら、ラビュリンスの白い背中を追い続ける。

 やがて、巨大な扉がそびえる宝物庫の前までくると、ラビュリンスは振り返って申し訳なさそうな表情で頭を下げる。

「今日は踏破報酬を用意できていなくて……申し訳ありませんわ」

「え?」

 騎士は少し面食らったように目を見開く。ラビュリンスとあろう人が用意することを忘れるなど考えられなかったからだ。

 顔上げたラビュリンスは慙愧の念に堪えないと渋い顔で騎士に理由を語り始める。

「前回の報酬を上回るものが用意できなかったのですわ」

「ああ……別にそれならいい」

 騎士は確かに最近何度も連続して踏破できていたからか、と納得した表情になる。そして、報酬事態は欲しいが別に絶対に欲しいというわけでも無かったため、首を振ってみせた。

 ラビュリンスは許しを貰えた事に少しほっとした表情を作ると、一つの提案をする。

「しばらく逗留して下されば用意できるはずですが……」

「ん……。じゃあ、一日だけ」

「そうですか。では、まずは湯あみでも」

 できれは手配している報酬が来るまでずっといて欲しかった、とラビュリンスは思ったもののそれはおくびにも出さずに、大浴場へと案内するのだった。

 

 

 

 風呂上り、騎士は清潔なシャツに身を包んでラビュリンスの部屋にいた。城に面白いものは多数あったが、何となくラビュリンスの部屋を覗いてみたくなったのだ。

 一方のラビュリンスも風呂に一旦入って、優美なイブニングドレスに身を包んで騎士の傍に付いていた。因みに何かがあった時のためにアリアンナ達はこのフロアから追い出している。

 騎士は様々な本やトラップの模型、ちょっとした絵画などが置かれているラビュリンスの私室を探索する。基本、物色は好きなのだ。無論、常識の範囲内で。

 そして、騎士はそんな中でとあるものを見つけてしまう。

「これ」

 それは、騎士のぬいぐるみだった。

「あ゛っ!」

 ラビュリンスは優雅な城主としての仮面を吹き飛ばしながら変な声を上げる。騎士がぬいぐるみを持ってずいと見せてくると、ますますラビュリンスは一人の女として素の表情で目を泳がしながら言い訳を考える。

「ええっとぉ~……」

 しかし、ラビュリンスが言い訳を言う前に、騎士はぬいぐるみを両手で持って眺めながら口を開く。

「これ、これの姫のものはない?欲しい」

「えっ?まあ、練習として作った物なら……」

 ラビュリンスは素っ頓狂な声を上げてから、首を傾げながら昔に作ったぬいぐるみを探し始める。果たしてラビュリンスを象ったぬいぐるみは、適当な小物入れに入っていて、一見するとよく出来ていた。

「こんなもので良いですの?」

 片手でぬいぐるみを持って見せつけながらラビュリンスはそう言う。確かに一見すると出来はいいが、そもそも余った廃材で作っていたり、表情も無表情で適当に過ぎた。

「うん」

 騎士は手を伸ばしてそのぬいぐるみを手に取ろうとする。しかし、ラビュリンスはそれを手放さなかった。トラップなどを作る一人の職人として、不出来な物を渡したくはなかったのだ。

「矜持が許しません。きっちり作った物をお渡しします」

「いや。これがいい」

「……」

 ラビュリンスの主張はバッサリ切って落とされ、それでも彼女は不満げに口をへの字に曲げる。騎士に渡すプレゼントはもっとちゃんと練って作りたい、という女としてのプライドもあったのだ。

「これが、いいの」

 しかし、騎士がラビュリンスとしっかり目を合わせ、真面目な顔でそう言えば、ラビュリンスはお手上げだった。

「そうですか。なら、今からそれは貴女のものですわ」

 ラビュリンスがぬいぐるみから手を放し、それは騎士の手に渡る。

 騎士は右手に自分の姿のぬいぐるみ、左手にラビュリンスの姿のぬいぐるみを手に持つと、まるで少女のように微笑みながらその二つを眺める。

 そして、

「ありがとう、ラビュリンス。大事にする」

 ラビュリンスにそう言うのだった。

 ラビュリンスは騎士の可愛らしい表情に、さっと頬を赤らめると、彼女もまた嬉しそうに手を胸の前でもじもじさせながら言葉を返すのだった。

「どういたしまして。大事にしてくださいね」

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