ラウグエ③

ラウグエ③






たぶん、また何か駄目なスイッチを押してしまったんだと思う。全部、たぶん自分が悪い。ラウダが悪くなくて…ラウダをこうさせてしまった、自分が悪いんだと。そうは思うのだが…。

でもいくら考えたって、何がどうやってそのスイッチを押してしまったのか、分からないでいる。自分のほんの数十秒前の行動を思い返してみるが、特に何かダメな行動をした覚えが全くない。

ラウダに好きだと耳元で囁かれた。嬉しくって、どろりと頭の中と体の奥底が蕩ける心地でいて、でもラウダの顔を見たらはっと我に返ってしまった。頭の中で声が響く。もし。もし、ラウダの「好き」が自分の「好き」じゃなかったら…どうしよう、俺はこんなにも好きなのに、とかそんな己の怯えているくせにやけに冷めた声だ。

思いが通じ合ったと思った瞬間は嬉しかった。正直いって少し浮かれていた。いや嘘だ。かなり、それはもう、とっても浮かれていた…昼間は業務で頭も体もいっぱいになっていたけど、ふと夜眠る前にラウダのことを思い出してどきどきふわふわする位には、それはもうめいいっぱい浮かれていた。

でもそんな夜が1週間と続いて、ふと不安になってきたのだ。


(…ラウダの「好き」って本当に俺の「好き」と同じなのか?)


あの時は状況が非日常で、たくさんラウダに無理をさせた。目の前で倒れたラウダのことを思い出して、冷たいものが全身を巡る。

自分が父から逃げたばっかりに、ラウダの家族を一人死なせた。ラウダから父を奪い、心細い思いをさせて、家を、会社をたった一人で背負わせてしまった。

そして帰ってきたはずの唯一残った一人の家族が地球に行くことになり、ラウダの心が、感情が、一種のバグを引き起こしたんじゃないか…そんなことがふと頭を掠めるようになってしまった。

また家族を失うかもしれない恐怖心が、家族としての「好き」を、恋愛としての「好き」と混同させてし勘違いさせてしまったんじゃないだろうか。本当はラウダは自分のことを家族として慕っているだけで、自分と同じような恋愛感情なんて、もってないんじゃないだろうか……

一度そんなことを考えてしまうともう駄目で、グエルの思考は底なし沼に絡めとられ、そこから抜け出せずにずぶずぶと沈んでいく。

そうだ、よく考えれば俺に一人の人間として、恋愛感情を持ってもらえるような魅力なんてものはないし……ラウダはしっかりとした冷静で理性的な人間だ。でもあの時は状況が異常だった。長い間ストレスにさらされていたラウダの心が、あの時だけほんの少しバグったとしても、何もおかしくはない。


そんな考えが、ラウダの顔を見た瞬間我に返り、ふっと頭に過ってしまった…だけど口には出してない。ラウダにはバレてない、はずだ。


「ラウダ、ちょっと待て、」


今日は待てとばかり懇願している気がするが、事実待ってとしか言いようがない。もう何もかもが弟についていけない。

ラウダの顔は焦るグエルのものと違って、驚くほど笑顔だ。とっても優しい笑みを浮かべている。にっこりと笑い「兄さん、」と穏やかな声音で囁きかけてくる………

でも何だか怖い。笑っているようで、笑ってない気がする。穏やかな声音の筈なのに、なぜだか背筋がうすら寒い。

蠢くラウダの手を止めたくて腕を軽く掴んでみるが全くのノーダメージ。寧ろちょっと邪魔と言わんばかりに、少しだけ払われてかなりショックをうけた。…いや、でもここで退くわけにはさすがにいかない。このままでは、かなりよろしくないことになる。

ばたばたと醜くあがいているみるが、ラウダの手に迷いや躊躇いは一切ない。だいじょうぶ、だいじょうぶ、と聞き分けのない子供を宥める親のような、優しくって安心できるような声が聞こえてくるのだが、何が大丈夫なのか問い詰めたくなる。

ぐ、と力を入れようとしたのを目敏く感じたのか、絶妙なタイミングで胸の頂きを擦って来るし、きゅーっと叱るように軽く抓ってくるのが大変憎らしい。そうされると、ふにゃ、と力が抜けて、鼻にかかった変な声が出そうになるのが恥ずかしくって、結局ラウダのなすがままだ。

ラウダはそれはもう優しい笑みをたたえながら、もはや縋るように掴んでくるグエルの手をそのままにするすると素肌を撫でる。やめてくれ、と自分でも笑ってしまう位、情けなくて震える小さな声で懇願してみたが、全く聞き入れてくれなかった。

兄さん、とまた名を呼ばれ、ラウダの方を見ると目が合う。穏やかに細められた目はやっぱり笑ってない気がして、何がいけなかったんだ、とますます混乱してきた。

てきぱきと澱みなくグエルの服を乱していたラウダが囁く。皺になるといけないからね。あとほら、汚してもいけないし…。

「兄さんの好きなところ、もっといっぱい僕に教えてね。たくさん触ってあげるから」

そんな言葉が聞こえた瞬間、どうにか踏ん張っていたグエルの体を器用に一瞬持ち上げて、体からするりとスーツが、シャツが脱がされていく。あ、と思った時にはもう遅くて、どうにか腕までまくり上げられていたところで必死の抵抗していたのが全部水の泡になってしまった。

その鮮やかな手つきに感心しながら、でも益々状況が悪化しているのが分かる。上半身に感じる空気だとか、剥き出しになった背中に感じるソファの冷たさだとかが、逃げろ逃げろとグエルに叫ぶが、乗りかかられている時点でもうそれは無理なのだ。不思議と今のラウダから逃げられる気がしない。

さっきまで確かにグエルの最後の砦になっていた衣服が、ばさっと無慈悲にソファの下に落とされる。こんな筋肉質な男の上半身なんざ見てもつまらないだろうに、ラウダはグエルの体を目を細めて見下ろして小さく息を吐き、上半身を丸めてグエルの唇に自分の唇を寄せてくる。


(あ、俺…きす、好きかも)


唇と唇とを合わせるキスは、さっき初めてラウダとしたがこれがかなり気持ちが良い。皮膚の薄いところと薄いところを合わせているだけなのに、こんなに気持ちよくって幸せな気分になれるのはなぜだろうか。

重ねているだけで、頭の奥がじんと痺れて全身から力が抜ける。ほしい、と思った。ラウダに唇で咥内をめちゃくちゃにされる心地よさも、頭をぼやけされる強烈な熱ももう知ってしまっている。さっきのラウダの熱い舌を思い出して、靄がかかり始めた頭でそっと口を開くが、その前にラウダの顔が離れて行ってしまった。

何だか無性に物足りなくて、思わず離れていくラウダの唇を目で追ってしまったが、その唇がゆっくりと弧を描く。何だかとっても嬉しそうで、楽しそうだ。

そう思った瞬間、ひっとまた怯えた声が零れた。ラウダの手が、下半身にあるベルトを触っているのに気付いたからだ…いくら頭が若干熱に浸食されていようが分かる。上半身を脱がされたのなら、そう、次に脱がされるのは当然……

待てっ!と、またさっきと同じ言葉を言おうとした。けど言えなかった。ラウダの唇がグエルの唇を塞いだからだ。「待て」という言葉に成るはずだった息は、ふがっと情けない声になり、部屋に虚しく響く。

さっきまではグエルの腰に跨っていたが、唇を合わせながら体勢を変えて、ラウダの体ががグエルの体に重なる。ちゅ、ちゅ、と角度を変えて何度も触れるだけのキスをされて、そして器用にラウダの手はベルトをがちゃがちゃと触っている。見てないから、だいぶ時間がかかっているが、こうなってはベルトを緩められるのももはや時間の問題である。

だめだだめだ、ちゃんと抵抗しないと!と思うのに、唇を寄せられているせいで、焦りよりも多幸感が勝ってくる。

自分でさえさっき気付いたばかりだというのに、ラウダにすっかりばれているらしい。キスが好きってことが。気持ちよくなっちゃうってことが、ばれてしまっているらしい…

ずるい、と思った。何でこんなにすぐにわかっちゃうんだよ……何だか泣きたくなってくる。ラウダの舌の先が、強請るようにグエルの唇を突っつく。開けて、と言われてあらがえるはずもないし、力がすっかりと抜けてしまった体ではまともな抵抗なんて出来るはずがない。

僅かな隙間から咥内に押し入る熱い舌を感じつつ、だめだと思っているのに抗えない自身の情けなさに、熱でだいぶぼやけている筈の頭が痛くなってきた。




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