ラウグエ①

ラウグエ①




どうしてこうなった。グエルは必死になって考えるがさっぱり思いつかない。

さっきまで平和に、いたって普通の日常を過ごしていた筈だ。慣れない業務に頭を抱えながら、時折自分よりも事務作業が得意なラウダに助言をもらって業務を進めていた。

夜になりちょうどキリがついたので、体をソファに沈み込ませて隣にいるラウダを見る。確か、疲れたなぁ、とか今日もありがとう、とかそういう当たり障りのない会話をした…と思う、たぶん。

たぶんっていうのは、それからの展開の情報量が多すぎてたった数十分前の出来事がかすんでしまっているからだ…とにかくついていけてない。

そう、なんかラウダに手を重ねられた。どうしたんだろう、とラウダの顔を見て暫く見つめ合った。そしたら急に抱きしめられた。何があったと慌てたら、なんか唇と唇とか正面衝突した。

暫く事態が呑み込めず、唇と唇との衝突…触れ合い…あ、これキスだと気付いた瞬間顔は真っ赤に茹で上がり、言いたいことが言いすぎて渋滞を起こしてしまった結果、口は無駄にパクパクと開閉。

悲鳴みたいな声をあげた後どうにか、どうしたんだ、と聞けばまた手を握られて耳元で「兄さん」と呼ばれて、ただでさえ混乱している頭が更にくらくらして、意味が分からなくて、何かいろいろあって今は結局ソファに全身が沈んでいる。ついでに言えばさっきまでグエルの身をきっちりと包んでいてくれた服はラウダによって乱されて、素肌が露わになっている。

全ての展開についていけない。


(え、ええ…?)


待ってくれ、と情けない小さな声が出た。正直ちょっと手も震えている。忙しなくぐるぐると回る頭と視界で、体をまさぐるラウダの手を掴んだが邪魔だと言わんばかりに掴まれて、退かされた。こんな扱いをラウダにされたことがないので、地味にショックでもある…けど、そんな衝撃など今の状態に比べれば些細な話だ。

いや、だって分からないのだ。いや、これから何をされるか位は分かる…おそらく。勘違いでなければ。服を乱されて体を触られて…というか、明らかにただに触られているだけじゃなくて、所謂愛撫ってやつである。

ラウダの自分のものとは少し違ったすらりと長い指が、肌を滑る。ただ柔く触れられているだけで、くすぐったいだけの筈なのにそれ以外の何かも芽生えていて、時折体が跳ねるのが恥ずかしい。体の奥で熱が燻る。ぞく、としたものが背中を這いずり始めて、これはいよいよまずい、と思った。


……好きだよ、兄さん。僕とこのままそういうことするの…いや?


さっきのラウダの言葉が頭の中に響く。別にグエルだって、「こういうこと」を考えなかったわけじゃない。怒涛の展開のなか、突如としてラウダと両想いなのが判明し、でも自身を取り巻く環境が目まぐるしく変化していくなかで、ラウダとそんな話をする時間もなく。

落ち着いた頃にまた今度の話でも…そもそも付き合っている?のかも分からないし…とぼんやり思っていたのだがまさかラウダがこんな行動に出るとは思っていなかった。と、いうかそもそもラウダがこんな行為をしたがるとも考えてはいなかった。

ラウダと性欲というのがまず結びつかない。グエルの弟であるラウダという人間は、いつだって冷静で理性的な人間であった…というとカミルなんかは微妙な顔をしたことがあるが、とにかくグエルの中のラウダは、理性的な人間なのだ。

まさかこんな獣じみたぎらついた瞳でこっちを見てくることも、「そういう」行為を強請ってくることも、全くの想定外だ。

それに好きだと言ってくれたが、ラウダが自分の体で興奮するとはとても思えなかった。性的な接触なんてもってのほかだ。こんなごつい男の体なんて萎えるに決まっている。……いや、まぁ全く考えなかった、というのは嘘になる。万が一に備えて、ちょーっと…いや…かなり…自分の体を触ってみたこともあるが………それでもラウダがそんな行為をしたがるとも、できるとも考えてはいなかった。

ので、正直にいったところ何かダメだったらしい。それからソファに沈められて服をぐちゃぐちゃにされて、今に至る。何が駄目だったのかさっぱり分からないが、その言葉からラウダの様子がおかしい。左の髪を弄いながら、唇の端がひくっとわななき…形容しがたい表情を浮かべて「兄さんはぜんっぜん分かってない!」と叫ばれた気がする。なんかもうよく分からないまま体を丁寧に触られて、グエルの頭の中はぐちゃぐちゃだ。それなのに、確かな熱が体の奥にぐずぐずと溜まって、頬に熱が集まる。

ラウダ相手に本気で抵抗出来るわけもなくて、なすがままだ。待て、ともう一度懇願すれば、ラウダの熱を帯びた琥珀色の瞳がようやくじっとグエルの目を見てくる。話し合う意思を感じてほっと息を吐くと、ラウダの瞳と眉毛がぎゅっと吊り上がった。


「兄さんは!何もわかってない!」

「え、ええ…?」


さっき言われた言葉と似た台詞をもう一度吐かれて、グエルはまた混乱した。自分は何もわかってないらしいが何を分かっていないのかが分からない。目をぱちぱちと開閉させたら、一瞬苦しそうに表情をゆがめた後、ぎゅーっと抱きしめられた。兄さん、と小さく呟くラウダの息が耳元にあたって少しこそばゆい。


「好き!兄さんのこと、好き!世界で一番愛してる!」


そう叩きつけるように耳元で言われて、ぽや、とした熱が頭を侵す。好きな人から好きって言われるのがこんなに心地いいなんて知らなかった。ぎゅうぎゅうと苦しいほど抱きしめてくれるラウダの背中に腕を回し、こっちも力いっぱい抱き付いてみる。一寸の隙間もなくくっつくが、ラウダはまだ服を着たままなので、素肌の胸にあたるのは虚しい服の生地だけだ。ちょっと悲しいな、と思った。素肌だともっと気持ちが良いだろうな…と欲に塗れた思考が頭にちらつき、慌てて霧散させる。

ラウダの言葉が頭に響き、その度に多幸感が体を襲う。ふわふわとした幸せな気持ちが次から次へと溢れてきて縋るように目の前の体を抱きしめた。

自分が今どんな状況で何をされそうになっていたのかを一瞬忘れる。好き、愛してる…ラウダに言ってもらえて、うれしい。さっきとはまた違った熱が頬に灯り、じわ、と目が潤むのが分かった。

幸福感に満たされながら俺も、と言いかけた瞬間、ラウダの「だからぁ!」と言う鋭く、勢いのある言葉が耳に刺さる。すごい力でべりっと体を離され、ラウダに両肩を掴まれた…慌ててラウダの顔を見ると、目が本気だった。表情自体はスンとしたもので、怒りや焦りといったものは見受けられない。でも目がマジだ。これ以上なく真剣だ。ぎらついた欲と、熱と、絶対に何かをやってやる!!!という決意に満ちている。その「何か」がちょっと分からないのが問題なのだが。

分からないなりに、何か恐怖じみた嫌なものがグエルを襲った。最愛の、ラウダの前だっていうのにヒッと悲鳴みたいな声が喉奥から漏れた。そんなことを思ってないはずなのに一瞬「逃げたほうが良いのでは?」という考えがさっと過る。

思わず身を捩ると、逃がすかと言う様にもう一度強く抱きしめられる。いや、抱擁というよりこれはロックだ。捕縛されている。逃がさない。絶対にだ、という強い意志を感じる。


「今から僕は、兄さんのことをめちゃくちゃ愛してるって証明するから」

「………は?」

「もう言葉でも行動でも、兄さんが嫌って言っても僕は止まらないから。大丈夫。イイことしかしないよ」

「え?」

「やさしーくするから。これでもかって位。安心して。僕に身を任せて」

「え、え、待て…何かおかしい、待て、ラウダ」


話し合おう。そう口に出そうとした瞬間、唇によって唇を塞がれて言葉が出てこなかった。んぐーーっ!と呻いて、思わず背中を一度叩いたが、今のラウダには特にダメージはなかったようだ。寧ろ何か駄目なスイッチをまた一つ押してしまったらしく、ラウダの熱い舌がぬるりと開けるのを強請るように緊張や動揺やらでカッサカサになっているグエルの唇を舐めあげる。それと同時に昨夜も実はちょっとだけ自身で触っていた胸をまさぐられて、ラウダの指が頂きを掠めてしまい、少しだけ力が抜けたのがいけなかった。

熱い舌が僅かに空いた口からねじ込まれて咥内を荒らし回り、それだけでもグエルのキャパシティは大分オーバーしているのに、何かに目敏く気づいたらしいとっても聡明なラウダは同時に胸を弄ってくる。確実に何か気付いた。一瞬触っただけなのに。掠めただけなのに。確信めいた動きで迷うことなく、胸を器用に愛撫してくるし、頭を退けようとすればもう片方の手でしっかりと首を持たれて固定された。もうどこにも逃げ場はない。

奥に引っ込んでいた舌を誘う様に、舌の先で突っつかれてまた一つ頭の中に熱の靄がかかる。上から唾液が流し込まれてグエルの口周りがべたべたに濡れていくのだが、不快感はない。上顎を舐められ体がはねる。そしてその体も上から体重をかけられて、ソファに押し付けられる。

苦しいのに、どうしたって気持ちが良い。鍛えようがない無防備な咥内を好き勝手に弄られるのがこんなに気持ちが良いものだと生まれて初めて知った。

甘えるように唇を少しだけ噛まれて、気づけば奥に引っ込んでいるばかりだった舌がラウダのものと絡んでいた。舌と舌とを擦り付けて頭がぼうっとしてくる。もうなんだって、何をしたっていいんじゃないかと、とそんな気さえしてくるのだ。

冷静に、理性を手放すなと思うのにラウダの動きは的確にグエルの理性をそぎ落としていく。

少しでも距離を取りたくて、無駄だとわかっていながらラウダの体を突っぱねていた手はいつの間にか縋るように、ラウダの服を握っている…のに気付いて、心の底からラウダはにっこりと笑っているのだが、それに気づく余裕が今のグエルにはない。

翻弄される兄の姿は愛らしくって、自主練の甲斐があったと喜んでいるラウダはこっそりと喜ぶ…が、勿論エスパーでもないので、グエルはそれを知ることもなく。

酸素不足も相まって、頭の片隅に理性がおいやられた瞬間ようやくラウダの唇が離れていく。緩く弧を描くラウダの唇は、もうどっちのものかも分からない唾液で濡れていて何だか見ちゃいけないものを見た気分になった。

頬に更に熱が集まるのを感じながら思わず目を反らせば、一切の遠慮もなく、両胸に手をあてられた…いや、そんな柔いもんじゃなくて、がしっと勢いよく胸筋を掴まれた。そしてこの時、キスに夢中になっていていつの間にかラウダが胸を一旦は弄ってくるのをやめていたことに気付いた。

嫌な予感がする。さっきよりもずっと。やわやわと両胸をマッサージのようにもまれるが、勿論マッサージなんて優しいものではないことを知っている。ぼやぁっとした頭の中に警鐘が響くが上に乗られて、しかも大分ふにゃふにゃになっている今の状態で逃げられるはずがない。

覚悟してね、と言われた。硬いものが服の上から下半身に押し付けられる。恐る恐るラウダの顔を見てみるとにっこりと笑っていた。

その笑顔にいつもは安心するのに、今だけは何か怖い。逃げなくては、と一瞬そんなことを考えてしまったけど、それも無理な話で。

兄の恐怖が伝わったのか、あやすようにラウダの右の手のひらが頬を滑る。目じりを親指の腹で撫でられ、一瞬その気持ちよさに目を細めた…が、左胸の頂きを軽く摘ままれて目を見開く。ごめんね、と言う様に今度は優しく撫でられて腰が浮いてしまった。


「僕の愛、しっかりと教えてあげるね」





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