ライブ・ショウ・タイム! 終幕後

ライブ・ショウ・タイム! 終幕後

name?

 夜──。

 酒場でのドンチャン騒ぎを終えたウタたち一行は、港町トナミの宿屋で一夜を過ごしていた。

 一人部屋。ベッドに仰向けになるウタは、左手を眼前に掲げ、じっとそのアームカバーに刺繍した印を見ていた。

 幼い日に、新時代を誓い合った幼馴染がくれた、約束の印。

「歌と音楽に溢れた、幸せで平和な新時代……か」

 かつて自分の語った夢を、今一度小さく呟く。

(歌を歌ってみんなの“救世主”になれば、それも叶うんじゃないかって思ってたけど……)

 くすりと笑って、ウタは左手もぱたんと横に倒して、大の字になる。

 この混迷の時代を作った男、ゴールド・ロジャーだって、生涯を懸けた冒険と、そして命を対価にしてこの時代を作ったのだ。世間知らずの少女が直ぐにすぐ、新時代を作れるのだとしたら誰も苦労はしない。

「もうちょっと、いろいろと考えないとなあ……」

 幼い日に見た夢がとても遠い所にあることは、今になってようやく理解ができた。だからといって、はいそうですかと約束を捨てるのも違うだろう。

 ウタはこの時代が嫌いだった。皆が笑って暮らせるような、そんな世界が欲しかった。

 そのどちらも、嘘ではない。

 その夢は決して、譲れない。

 だから、ウタが今やるべきことは……。

「……うん。世界をもっと見て、それからだよね。今はまだ、どうすればいいかなんてわからないや」

 ウタの目指す──ウタが望む新時代像は変わらない。

 なら、見定めるべきなのは、その方法だろう。

 目を閉じたウタの脳裏に、かつて幼馴染が言った言葉が蘇る。

『おれは、世界中を冒険したい!!』

 幼い子供の台詞だ。あのルフィが深く考えて発言したとは思えない。

 当時の彼には、まだ思い描く新時代はなかった。それでも……。

(ルフィのくせに、核心をつくんだから)

 どうするかを決めるのは、世界をゆっくりと見渡してからでも遅くはない。

 ウタがブルックに聞いた話では、ルフィは今“海賊王”になると言って世界一周を目指しているらしい。

 もしかしたら彼も、ウタとの約束を覚えているのだろうか。

「……わたしも、負けないように、しないと……なあ……」

 小さく呟きながら、ウタの呼吸がゆっくりになる。

 久々の船旅に、屋外での初ライブ。そして打ち上げではしゃいでしまったから、ウタにはもう起きているだけの体力が残っていなかった。

 ウタは静かに、まどろみへと落ちて行ったのだった。

──────────

 


 深夜──。

 日付も跨いで、月も中天を通り過ぎ傾いて来た来た頃。

 カシャリと音を立てて、ベッドから起き上がる骸骨が一体。

 ブルックである。

 隣のベッドでゴードンが寝息を立てているのを確認すると、ブルックは静かにベッドから降りて上着を着て、仕込み杖を持って室外へと出る。

 極力足音を立てないように廊下を歩き、ウタの部屋の前で少しだけ立ち止まった。

(…………どうやら、よく眠っているようですね)

 ブルックは再び、静かに歩き出す。

 人間が歩けば軋むような階段も、骨であるブルックの体重ではそれほど気にはならない。

 階段をすり抜けて、宿屋の外へと出る。

 外に出ると、満月がちょうど正面にあった。

 穏やかな風が、ブルックのアフロを揺らす。

(……いい、夜ですねえ)

 何事もなければ、そのまま月見と洒落込みたいほどの夜空だったが、ブルックは三度歩き出す。

 宿屋の隣の細道を通って、裏通りへ──。

 ざっ、と足音を鳴らして、ブルックが立ち止まった。

「……今はもう夜更けですよ。お引き取り願えませんか?」

 暗い路地裏に向かって、ブルックが声をかける。

「……チッ、鼻の効く骸骨だな」

「骸骨ですから、鼻はありませんけどね」

 路地裏から出てきた影に、スカルジョークをかましながらも、ブルックは笑い声を上げない。昼間であれば、きっとヨホホと笑っていただろうが、今は真夜中だ。

 出てきたのは、体格のいい男たちだった。

 ブルックよりも身長が高く体格のいい男が一人。

 ブルックと同程度で細身の男が一人。

 ブルックよりも小柄で太った男が一人。

 腰に差すサーベルや、その出で立ち、そして人相から、ブルックにはすぐに彼らが何であるのかが分かった。

 海賊だ。

「ライブが終わった後もこちらを見ていたでしょう。一体なんの用事ですか?」

 リーダー格と思われる、背の高い男がニヤリと笑った。

「女だ」

 高圧的に、低い声で男は続ける。

「お前の所の、“歌姫《プリンセス》”をいただこうと思ってな。器量良しであの歌唱力だ。売り飛ばせば良い金になる」

 それから、と男は舌なめずりをする。

「お前も良い値で売れそうだなァ。動く骨なんて、世の中を見てもほとんど居るまい」

 それを聞いて、ブルックは小さく溜め息を吐く。

 危惧していた事ではあるが、さっそくこのような輩が現れるとは、全く世も末である。

「お引き取りいただけませんか?」

 ブルックのその言葉に、背の高い男は角ばった顎を撫でて下卑た笑みを浮かべる。

 後ろにいる二人の男のうち、太った男が笑いながら言った。

「キヒヒヒ! ウチのお頭を怒らせるなよ。聞いて慄け! お頭は泣く子も黙る“青腕”のフロート様だ! 懸賞金のその額、なんと二五〇〇万ベリー!」

「まあ、そういうことだ。おい骨。お前が“歌姫”を差し出すって言うんなら、お前だけは見逃してやってもいいぜ? んん?」

 勝ち誇ったように、“青腕”のフロートが言う。

 ブルックはそれを、鼻で笑って一蹴する。そして左手で下げた仕込み杖の上端を、右手で握った。

「まったく、恩人のご友人で、音楽仲間の淑女《レディ》を売る骨がどこにいますか」

 キン、とブルックの仕込み杖が音を立てる。

 フロートとその一味の目つきが鋭くなった。

「やろうってのか?」

 威圧するように、フロートが言う。

「いいえ」とブルックは肩を竦めた。

「必要ありません。あなたたちも、真っ直ぐに踵を返していれば、骨折り損にならなくて済んだのに」

 フロートが顔を顰める。

「おい、どういう──っ!!」

 ズバン!!

 不意に男たちの体に、刀傷が現れる。

(斬られた!?)

(いつ!?)

 男たちからは、ブルックが何をしたのかがまるで見えてはいなかった。

「ええ、もう斬ってしまいましたから」

 “鼻歌三丁・矢筈斬り”。

 ブルックの持つ、最速の剣技。その剣技を浴びせられた者は、三丁歩いてから斬られたことに気が付く、という異名を持った絶技である。

 バタン、バタンと太った男と細い男が倒れる。

「くそっ、おのれ……!」

 しかし、さすが賞金首とでも言うのだろうか、フロートはその場に踏ん張り、肩を怒らせてブルックを睨みつけた。

 ブルックはきょとんとして呟く。

「おや、浅かったですか……」

 ブルックとしては特段手加減をしたつもりはなかったが、しかし現にフロートは未だ立っている。

 今にも跳びかかってきそうなフロートに対し、ブルックは剣を抜いて迎撃を試みるが──。

 ゴン!!!

 建物の影から飛び出してきた人影が、フロートの顔面に拳を喰らわせた。

 地面に頭を打ち付けて、フロートが失神する。

「……ふう。怪我ァなかったかい、ギター骸骨さんよ」

 太い唇から、低い声で男が言う。

 髪のない頭に、傷痕だらけの相貌。さらに左側頭部には槍を模ったような入れ墨が彫られている。

「あなたは」

「ムササビだ」

 手をはたきながら、海軍大佐ムササビが事もなさげに言う。

 ブルックは静かに剣を仕舞って、ムササビに礼を言った。

「いやー、助かりましたよ、大佐さん。……夜の巡回で?」

 礼の言葉と共に尋ねられた問いに、ムササビは相変わらずの仏頂面で肩を竦めて首を振った。

「いィや。強いて言うなら……あー、護衛か?」

「護衛?」

 まァな、とムササビは頭をポリポリと掻いた。

 ムササビはブルックの前でしゃがみこみ、倒れている海賊三人組の手を縄で縛っていく。

 ブルックは黙ってそれを見ていた。

 全員の捕縛を終えて、ムササビは「よっこォらせ」と立ち上がる。

「お前ェさん方がライブをしている時に、少しばかり怪しい風体の奴らが混じっていたからなァ。海賊で悪さをするってェんなら、ぶん殴ってしょっ引くしかねェだろ?」

 コートのポケットから電伝虫取り出しながら、ムササビが続ける。

「ま、いらぬお節介だったかもしれねェが。お前さん、強ェんだなァ」

 少しだけ警戒心の乗った声。

 ブルックは右手を仕込み杖から離すと、その右手首を返して言った。

「これでも私、大昔にとある王国に勤めておりまして」

 ほう、と感心したような顔をして、ムササビが言う。

「エレジアか?」

「さて、どうでしょう?」

 ヨホホ、とブルックが小さく笑うと、ムササビも唇をゆがめて苦笑を漏らす。

 まァいい、とムササビは溜め息混じりに言った。

「夜は危ねェ時間帯だ、一般人はさっさと帰んな」

「ではお言葉に甘えて」

 特に反抗する理由もなく、ブルックは会釈をして宿の入り口方面へと歩き出す。

 その細い背中に、ムササビの低い声がかけられる。

「お前ェさん方の音楽、良かったよ。また聴かせてくれ」

「ええ、またいずれ」

 振り返らずに、ブルックが答える。

 背後から、ムササビが海賊を連行するための人手を要請する声が聞こえてきた。

 そうして、人知れずウタ誘拐未遂事件は、なんの犠牲も出さずに終わりを告げた。

 ただ一つ、ブルックの心に小さなしこりが生まれた。

 それは、今後もこのような人攫いなどが現れるかもしれないという危機感──ではない。

 その危険に関しては、ブルックは既に重々承知している。問題なのは──。

(やはり、腕が落ちていますね……)

 五十年の漂流。肉体を失い骨だけになってしまい、そして鍛錬をする心の余裕もほとんどなかった四十余年の月日。

 “王下七武海”の海賊に影を奪われたあの日から、その影を取り戻すために再び鍛錬を積んだとはいえ、それでも自分で思っていたよりも、剣術の腕は鈍っているようだ。

(音楽だけではなく、ルフィさんの役に立つためにも、少し鍛え直さねば)

 ベッドに滑り込みながら、ブルックは思う。

 さあ、二年の月日なんて、あっという間だ。

Report Page