ヨルダくんがチョコラテ全開にしてるところが見たかったんや

ヨルダくんがチョコラテ全開にしてるところが見たかったんや

※スレ内SSの全てから独立したものであり、ifであるものとして捉えてください


「ちくしょう……」

力を込め、ただ放つ。

「ちくしょう、ちくしょうちくしょう、ちくしょう───!」

神聖滅矢、と呼称されるそれと同系統の手法であるが、その動作は神聖さなどとは全く無縁のものだった。

霊子を手当たり次第につかみ、投げる。そういった表現をするのが相応しい。指向性も技術もあったものではない子供のような癇癪のそれが堅固な壁を穴だらけにするほどの威力を出せているのは、ひとえに少年に備わった才能故である。

鍛錬などと自分を誤魔化しているが、その実情は八つ当たりで暴れているだけなのは誰からみても明らか。本当に真面目に修練を望むならば、現在彼を「飼っている」人々の言うとおりにした方が圧倒的に効率的である。

それでも、少年は今も自分を探しているだろう奴らのところに帰るのが嫌だった。

十五個目の穴が空いたところで、少年の後ろでがさりと音が鳴る。


もう見つかったか。今度は誰だろう。──まぁ、名前も覚えていない何人目かの教育係でも、ラエンネックでも、果てはハッシュヴァルトだろうと最悪なのに代わりはない。

どろりとした目で背後を見やった少年の目に映ったのは、見覚えのない男だった。

いや───見覚えは、ある。

諦念でぼやけきった記憶をひっくり返した少年の脳裏に、男がハッシュヴァルトに対し何やら文句を言っているらしきところが浮かび上がる。この男と話した後、あの最高位の目にはいつもと少し違う色が滲む。それを見て何故だか胸のすくような気持ちになったことを思い出してほんの少し期待した後、少年はすぐにその期待が見当違いであったと自らの予測を修正する。

この男はリリー・ラエンネックの友人だ。

「正しさ」と「道理」で嬲るように首を絞めてくる女。清く正しく美しきカリスマ。

あれの友人ならば──友人でないものの方が少ないのだろうが──きっと嬉々として彼女の元に少年を差し出す。そうして礼の言葉を賜り、後生大事に覚えておくのだろう。その場に少年がどんな顔をしているのかなど、考えもせず。

少年の味方など、どこにもいない。それが、文字通り生まれる前から決まり切っていたこと。

で、あるからこそ。

「ドカドカうるせえと思って見に来てみりゃ……ユーハバッハご期待の息子サマのご趣味が廃墟の破壊とはな」と嘲るように鼻を鳴らす男に対しても、少年はただ諦めたように微笑むのだ。

「…せめて、その「息子」っていうのは、やめてもらえるかな。きらいなんだ」


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遠くで何かが爆ぜる音が響いている。

頭に叩き込んだ道筋を正確になぞるように走るヨルダは、角を曲がったところで足元で爆ぜた火球を見て足を止めた。


「止まれ、ヨルダ・クリスマス。ここから先へは通せねぇ」

「らしくないな。撃つ時はしっかり狙わなきゃダメ、って教えてくれたの、君だろう。バズ」


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伏魔殿。

ヨルダ・クリスマスはその単語を知ったとき、自らの住まう場所を表すのにぴったりな言葉だと思った。

ただひたすらに冷たく、たまに嫉妬や危機感が滲む目で見下ろしてくるもの。

誰よりも優しい顔をしながら、ぞっとするぐらいこちらを見ないもの。

何を考えているかわからないが、敵意が滲んでいるもの。

敵意を隠そうとしないもの。

こわくて、人の心がわからない。化け物だらけの館。

側から見れば自分もそんな化け物の一角であるということが、少年にとって何よりも絶望を感じさせることだった。


元々は己の休眠時期に活動する半身を求めてであったと推測される、ユーハバッハの継子製造計画。

長い長い準備期間を経てようやく最高傑作を生み出すに至ったそれは、しかしながら全くの無為であった。計画が実るにあたった時には、すでに在野から相応しきものとされる後継者が見出されて久しかったのである。

その事を知った時、いっそのことその時処分してくれればよかったのだ、と少年は思った。

だがしかし、結論として少年は生きている。生きて、「正しいやり方」を教え込まれている。

征服。制圧。虐殺。略奪。支配。

少年の意思は一切介在しない、ただの「ひとまずのスペア」を作るためだけの詰め込み。己を構成する要素を考えれば息するようにできてもおかしくないそれが、不運なことに少年にとっては何よりも苦痛なものであった。

「……なんなんだろうな、僕って」

そもそも、「教育」だって本来は必要ないもののはずなのだ。帝王の息子をとりあえず真面目に立てているという、後継者様達のポーズでしかないだろう。

息子、息子、息子。

…そういえば長らく名前を呼ばれた覚えがないな。

そんな事を考えながら、ヨルダはいつものように窓から飛び降り(身体の強化が極めて得意だったのは、彼の数少ない嬉しい事である)部屋を抜け出した。


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その建物の一角は、凄まじい熱気を纏っていた。

二人の間にある実力差は歴然。かたや戦いの場で疲弊し切った男に、かたや疲労も傷も殆どないユーハバッハの力を継ぐものである。

しかしながらヨルダとバズビーのやりとりが「戦い」として成立している裏には、まさしくその怪物を今の状態まで育てた師であるが故の熟知があった。……無論、双方殺意がない故の膠着とも言えたのだが。


「この先で何が起こってるか!知らないわけじゃ…ねえだろ!」

「知っているよ」

流刃若火を相殺し得た爆炎を静血装一つでぶち抜き、金色の閃光が男に迫る。

「知っているから、行くんだ」

「甘ェ!」


高速の一撃を経験値だけでいなし、炎の勢いで加速しながら再び距離を取る。時間を稼ぐようなその動きに攻め手を欠いたヨルダが「…奥の手に、したかったんだけどな…!」と指を構える。


「雷鳴の馬車、糸車の間隙、光もて此を六に別つ───縛道の六十一!六杖光牢!」

「な──」

敵の技術としては知っているそれ。ただそれが味方から出るとは思わなかったという想定外が、一瞬の虚を生み出した。

一瞬。それだけあれば、十分である。

「すまない──後で思う存分殴り返してくれ!」

決着の一手となったのは、なんの小細工もない右ストレートだった。


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ぼうっとした様子で見上げてくる少年の腹からくう、という音が鳴ると、男がぐいと眉を顰めた。


「……失礼、意地汚かったかな。ここ二日水以外口に入れてないから、流石に少し疲れてきたのかもしれない」

「ハァ?」

「『その服も、毎日とる食事も、全ては陛下の子であるが故に得られるもの。与えられねば何もできない、陛下の息子であるという以外何一つ持たぬ者が、自らの権利だけは主張するのか?』」

「……なんだそりゃ」

「僕の後見を任されてるお偉いお方からのありがたーいお言葉」

「それで、絶食?」

「…………………………服は流石に、ちょっと無理だったから」

ばっかじゃねぇの、という呆れが男の顔に現れる。実際、子供のつまらない意地でしかない。どうせ、生命維持に問題が出るようなら無理矢理にでもねじ込まれるだろう。もしくは、少年が飢えに耐えかねて屈するのを見越した上で待っているか。どちらにせよ、その行動が無駄でしかないということは少年本人ですらわかっていることだった。

虚をつかれたのか決まり悪げに頭を掻いていた男が、不意に小脇に抱えていたものを少年に投げて渡す。

「やる」

「え、あ、えっ?何、これ」

「俺の昼飯。腹減ってヘロヘロの状態じゃ鍛錬にもなりゃしねえぞ」

「でも……」

「俺が自分で勝ち取ったものを自分の意思で譲って対価を求めないんならなんの問題もねえだろ。黙って食っとけ」

促されるままに、少年が包み紙を開き中身を口に含む。本当に、なんの変哲もないサンドイッチであった。

モゴモゴと口にパンを詰め込み続ける少年を見下ろしながら、男の口からふと「思ったより……普通だな、お前」と言葉が漏れた。

普通。

少年とてそれを言われたことがないわけではない。

陛下の子ならそれぐらいは普通。陛下を継ぐに足る者なら普通にできること。そんな風に少年に傷をつけてきた単語が、不思議と痛みを与えず染み込んでくる。


「食べ終わったら続きやるか。せめて弓ぐらいはちゃんと作れ。見ててやるから。ええっと……」

「ヨルダ。…あなたは?」

「……バズビーでいい」


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「…ンで死神の技なんか覚えてんだよ」

「ここにくる途中、ロゼさんの伝手で朽木?って人と話す時間があって……ちょっと教えてもらったから、やってみたら……なんか、できた」

「マジかよ。我ながら天才の弟子を持って幸せだなオイ」

倒れ伏し天井を見上げるバズビーに、ヨルダが慌てたように駆け寄って手を差し出す。

「……ごめん、もう本当に時間がない。10分から20分後までのどこかの範囲でハッシュヴァルトの側近が200m先を通りがかるはずだから、一緒に逃げてほしい。味方の救助が目的だと思うから、できれば、手伝ってあげてもほしい。頼む。お願いだから、聞いてくれ」

「わーったよ。…くそ………届かねぇな……お前にも、あいつらにも」

「……………」

「…お前だけは、逃がしてやりたかったんだけどな。ユーハバッハがどうのこうのってクソッタレた宿命とか、腹に一物抱えまくった奴らから」



「……僕がリルトットは甘いものが好きだって聞いて、ケーキを手作りしようとしたこと、あっただろう」

「ありゃ最悪だったぜ。なんだよ急に」

「レシピ通りに作ってるはずなのに、全然うまくいかなくて……ダメもとで通りがかったマスキュリンに聞いてみたら糖と油が足りんのだってバターと砂糖をあるだけぶちこまれてぐちゃぐちゃになったり……それでできた失敗作、食べるの、手伝ってくれた。……ああくそ、うまく言葉が出てこないな……」

カラカラになった喉を必死に震わせるように、ヨルダが言葉を絞り出していく。

「後から話を聞いたグレミィが「そんなのぼくがいくらでも用意してあげるよ」って言った時、「ああ、確かにな」って思ったんだ。指一本使わずに用意できるものを僕がわざわざ苦労してする必要はないのだし、だとすれば僕がやったことは全て無駄だったことになる。……でも。でも、あの時、僕は確かに楽しかった。ジャリジャリのケーキは正直思い出したくもない地獄だけど、必要なかったことだけど、楽しかったんだ。うん。『必要』とか『選ばれた』って言葉はもう一生ぶん聞いたから、僕はそういうどうでもいいことを大事にしていこうと思う」

一拍分だけ間を置いて、今度は力強く声が響いた。

「ありがとう。今日、ここに来ることを選んでくれて。ありがとう。あのとき、僕に何も求めないでいてくれて。おかげで、返すものを自分で決められる。」


「僕だけは、じゃない。みんなで逃げよう。前方向に戦略撤退しよう。陰謀も愛憎も絡まりすぎてどうしようもないっていうなら、全部殴り壊して無理矢理幸せにしてやる。僕の大事な人も、大事な人の大事な人もだ」


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「話、長いよ」

予定通りのルートに戻ったヨルダに、どこからともなく現れた影が横から声を掛ける。

「……待たせてごめん、グレミィ。介入しないでくれて助かった」

「君が『師匠とは戦えないよぅ』とか泣き出して負けるようなら、さっさと介入して片付けちゃうつもりだったけどね」

戯けたように、あり得ないと知っていた可能性を挙げながらグレミィは笑う。

「せっかく自称じゃない剣八と楽しくやりあえるところだったのに、君のためだけに諦めたんだから。この埋め合わせをしてもらうまで、死んでもらっちゃ困る」

「はは、そうだな。ありがとう」

「で、作戦は?」

「まず陛下には倒れてもらう。色々考えたけど、これはもう避けられない」

「シンプルでいいね。で、残る皆さんは?」

「とりあえず止めてくれるよう言う。陛下さえ除けばある程度話が通じる気がする……通じると、信じる。言って聞かないなら殴る。全員殴る。死なない程度に」

「…作戦って言えるのかい、それ」

「やってみるしかないだろ。グレミィはユーハバッハが斃される最良の道筋に至るためのキーパーソンの方に気を配っておいてほしい。現状でもたどり着ける可能性は高いが、陛下側にも未来が見える者がいる以上確実はありえない。可能な限り引っ掻き回して守ってやってほしい。君にしか頼めない」

「はーい。リルトットはいいの?」

「……腹立たしいことに僕が会いに行かない方が安全らしいんだよ……!」

「そりゃ御愁傷様。…いやはや、人使いの荒い王子様に仕えると体がいくつあっても足りないなぁ。ま、想像すればいくらでも増えるんだけど」


学校帰りの男子高校生のように軽口を交わした後、二人はそれぞれの向かうべき方向に体を向ける。


「…そういえば、全員殴り倒した結果君が王様にされちゃう可能性について触れてなかったよね。そうなったらどうするつもり?」

「議会制でも作って、首相は誰かにでも押し付けるかな。年功序列がどうのとか言って」

「へぇ…バルバロッサとかどう?その時の途方に暮れた顔、想像するだに傑作だから」

「悪くない」


そう言って、二人は各々喧騒が響く戦場へと進んで行った。


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