ユーガくんの逆襲/ダートの海で会いましょう!(プロローグ的な何か)

ユーガくんの逆襲/ダートの海で会いましょう!(プロローグ的な何か)



ユーイチの佐賀記念と、グレイトパールの引退式を見届けた後、ユーガは一人で夜の有明海を眺めていた。敬愛する背が先頭でゴール板を駆け抜けた、その余韻がどうにも冷めやらず、そのまま車を走らせて。気が付けば帰り道とは逆方向にあるこの海に来ていたというわけだ。遠くまで続く泥濘と、その磨かれたような面に、小さく灯りを落とす立待月。数多の生命を抱える、鈍色の揺籠。すぐ傍に住んでいたわけではないが、この土地に生まれ育った自身にとって、原風景の一つと言えるだろう。

海岸線沿いをゆっくり歩いているうちに、次第に頭が冷えてきた。そろそろ帰ろうかと踵を返すと、先ほどまで何もなかった砂浜に、少女が一人くるくると回り踊っていた。遠目からもわかるほどの美貌はまるで桜花のよう。杖を片手に、フィギュアスケーターもかくやというターンを決める度に、大ぶりな赤いリボンと黒衣の裾が舞う。映画のような光景だが、怪しさは拭えない。

(こんな時間に、女の子……?)

「ちょっとちょっとちょっと〜!なんで私以外、しかもニンゲンが、今この空間にいるんです?関係者以外立ち入り禁止にしてあったのに、おかしいですねぇ?」

「!?」

さてどうしたものか。そう思案した次の瞬間、背後から蜜を絡めたような甘ったる声が響いた。弾かれるように振り返ると、そこには先ほどまで舞い踊っていた、あの少女が立っていた。完璧な微笑を称えるその美貌は、近くで見るとなおのこと美しいが、今はそれよりも怪しさが勝る。

「……」

「んん〜?面白いものが混じってますね、アナタ。ああ、なるほど……だから効かなかったんですか、ナマイキぃ」

臨戦体制で警戒されていることなどお構いなしで、少女はまるで新製品でも見つけたかのように、しげしげとユーガを観察する。それからまた、1ミリの狂いもない笑顔に戻って言った。

「ねえそこのあなた、お名前は?」

「魔術師が迂闊に名乗るな、と父に教わっている」

「ふふ、殊勝な心がけですね、ユーガさん?」

「!?」

「なんでバレたのかって思ってます?まあこの領域の支配権が私だから、としか言えないんですけど、と〜ってもナイスなリアクション!1点上げちゃいまーす!」

「さて、前振りはここまでにして。ユーガさんあなた、月にご興味ありませんか?ありますよね?なくてもあると受け取っちゃいますね!」

「何を訳のわからないことを……」

「──悦びなさい、この私が特別に招待してあげる」

パチン、と少女の指が鳴るのと同時に月がつぅ、と溶け落ち、瞬く間にユーガの足元へと這い寄ってきた。

「な……!?」

逃げる間もなく、状況を把握する間もなく。ユーガは、とぷん、と鈍色の水面に飲み込まれていった。残されたのは満足げにほくそ笑む少女ただ一人。

「いきなりの猫ちゃん乱入にも慌てず、しっかりおもてなしした上に、盤上に組み込む。さすがとしか言えないのでは?今日も今日とて、とっても有能なBBちゃんなのでした〜☆」


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