ユカリの奇妙な放浪 -第四章-
サラダ事変「純愛ルート」(足りない……。足りない、足りない、足りない……)
大食漢の生徒から生まれた『彼女』は、生まれてから常に「物足りなさ」ーーヒトでいうところの渇望に囚われていた。
何が自分にとって必要なものかを必死に考えてみたが、結局のところ納得のいく結論が出てこなかった。
だから、再び『彼女』は親である鰐淵アカリを捕らえて思考を読み取ろうとした。
同時に、親への恩返しとして奉仕することも忘れずにしてあげた。
結果的に言えば、この奉仕がかえって『彼女』の求める問いから遠ざけてしまうことになってしまった。
アカリの心は幾度となく繰り返される快楽によって壊れてしまい、ますます『彼女』の渇きは増していくばかりであった。
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[[め"ぇ"え"え"え"え"え"え"!!]]
巨大サラダちゃんが一歩一歩、確実に這い進む度に大地が揺れ動き獲物である水槽車に迫りくる。
『あはっ……。ほぉら……もうすこしで、あなたを、めちゃくちゃにぃ……します、よぉ……』
「身共は、決して折れたりはしませんわよ!!」
アカリがケタケタ笑い、ユカリはライフルで応戦するも全ての攻撃が触手に阻まれてしまう。
[なんというあしのはやさ……どうにかして、ふりきらないと]
「何か武装はありませんの!?それか、何か役に立つすぺしゃるなあいてむとか!!」
[このしゃりょうはくっさくとはんそうにとっかして、そういうのはつけてないです……]
[ごえいようのしゃりょうのこうげきも、きずひとつつけられなくてまるではがたたないです……]
サラダちゃんの王などの不確定要素に備えて連れてきた武装車だったが、巨大サラダちゃんの装甲が分厚いせいか攻撃がまるで歯が立たないのであった。
『はやく、つかまって……きもちよぉく、なりましょう?』
「絶対に嫌でしてよ!!」
そうこう言っているうちに巨大サラダちゃんの触手の一本がユカリに迫り、とうとう彼女の身体を捕縛してしまう。
「きゃっ!?は、離しなさい!!」
『つー、かまー、えたー……うふふふ……』
巨大サラダちゃんの触手の手が想像以上に強く、下半身につけた「純潔絶対マモル君」が悲鳴をあげていた。
(い、嫌ですわ……!み、身共が……陵辱されて化け物の仔を孕んで、産み落とすなんて……)
その様子にユカリの顔は青ざめていき、最悪の未来を想像してしまう。
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絶対絶命の危機、そこにーー
「そこのお嬢さん、息をいっぱい吸って……私の合図で呼吸を止めるように」
「えっ!?あ、あなたは一体……」
颯爽と現われた胸元が開けた白黒の服を着た女性がユカリを抱えて、巨大サラダちゃんに何かの液体が入った瓶を投げ入れる。
「ほら、口を閉じて」
「むぐっ……」
彼女が左手をユカリの口を抑え、右手で器用にコートに収納していた瓶の中身をナイフに浸す。そしてユカリに絡みついた触手に押し当てる。
すると触手が悶え苦しむように暴れ、やがて息を引き取ったかのようにピクリと動かなくなり、それを無慈悲に切り裂かれていく。
ユカリが触手から開放されると同時に、巨大サラダちゃんが苦しそうに悶え始める。
[[ん"め"ぇ"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"っ"!?]]
「おやおや、どうやら私が作った薬はお気に召なかったようだね」
急に暴れ出す巨大サラダちゃんに困惑するユカリ。
助かったことに喜ぶべきなのだろうが、それ以上に女性が用いた得体の知れない薬に対する恐怖が上回っていた。
「さて……今のうちに逃げようか」
「えっ、あっはい……」
悶え苦しむ中、巨大サラダちゃんから何かが吐き出される。
それは食べられたと思われたサラダちゃんであり、巨大サラダちゃんの粘液に塗れてベトベトになっていた。
[し、しぬかとおもった〜……]
「無事でしたの!?」
[おかげさまで。いやはや、ひやあせものでした……]
粘液まみれのサラダちゃんをユカリは拾って助手席に乗せ、そんな彼女の様子を謎の女性は不思議そうにしながら水槽車の上に座りつつ、一同は全速力でその場を後にする。
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追いかけてくるかと思われた巨大サラダちゃんは、どうやら女性の薬によって行動不能になったらしく、一向に追いかける素振りを見せなかった。
百鬼夜行の領地に入ったあたりでサラダちゃんが休憩をしたいと言い出し、ユカリも同じく疲れ果ていたこともあり近くのサービスエリアで一休みすることとなった。
「とりあえず、助かりましたわね……」
ため息を漏らすユカリをよそに、水槽車の上に乗っていた女性は何くわぬ顔で缶コーヒーを飲んでいた。
先ほど絶対絶命の危機を救ってくれた恩人にお礼が言いたく、ユカリは彼女の元に駆け寄る。
「おや、君はーー」
「百鬼夜行、百花繚乱紛争調停委員会に所属している勘解由小路ユカリですわ!」
「へぇ?あのワカモがいる百鬼夜行ねぇ……」
女性の口から語られた「災厄の狐」の名を聞き、ユカリはギョッとする。
「えっ!?何故、あの極悪人の名前をーー」
「ただの知り合いなだけだよ。お互いに面識があるかも、正直どうでもいいと思っているさ」
知り合いと語るということは、彼女もまた極悪な犯罪者であると悟ったユカリは警戒心を抱く。
そんな犯罪者と思しき女性は、さらに恐ろしいことを口走る。
「しかし残念だ。後輩に渡した試薬よりも強力なものを持ってきたのに、巨大なこともあって体調不良を起こすだけで完全に溶解するには至らないようだ」
「……なんですって?」
「惜しいなぁ。あの怪物には複数人の神秘を吸収して成長を続けていていると、それを回収できたら報酬が貰えたというのに……」
「……」
「個人的にもあれで上々の結果が出せれば、配合を調整して新しい秘薬を生み出すヒントになれただろうに……」
次々と語られる恐ろしい言葉に、ユカリはこのモノクロな人物にますます警戒心を強めていく。
「あなた、一体何をしましたの?」
「うん?何って、あの生物から神秘を回収しようとしただけだよ?」
「……質問を変えますわ。あの化け物を殺めようとした……そうですわね?」
「あぁ、そうだね。……それで?まさかと思うけど、君はあの化け物たちに対して憐憫を抱いたと?」
「そんなこと、あるわけないじゃないですか!!」
例の化け物たちに抱く感情は「恐怖」であり、それはユカリの中で今でも変わっていない。
「ふーん?なら、どうして私の言葉に対して反論しようと思ったのかな?」
生きているもの全てに権利があるーーなんていう博愛主義ではない。
それでもユカリは、目の前にいる女性の無神経な発言の数々を許すわけにはいかなかった。
「あなたの『他者を軽んじる』発言が許せないだけですわ!!」
「おっと、まさかの感情論でくるとは……流石の私も予想してなかったよ」
今まで聞きそびれた女性の名を聞こうと、ユカリは彼女に問い詰める。
「あなたは何者ですか……答えなさい!」
「申谷カイ。……聞いたことはあるかな?」
申谷カイーー彼女はキヴォトスの矯正局からの脱獄犯「七囚人」の一人であり、山海教で秘薬の密輸を行った犯罪者である。
山海教という狭い領域内での犯罪ということもあり、知らない名前に首を傾げるユカリ。
「い、いいえ。まったくもって聞いたことがありませんわ……」
「うんうん、それもそうだね。むしろ……知らない方が身の為だよ」
「……それはそれとして、生命を玩ぶのはどうかと思いますわ!!」
「生命、か……。私から言わせれば、アレはこの世に生まれてはならない存在だと思うけどね」
カイの分析では「神秘の暴走によって生まれた産物」ーーただのモノであり、それ以上でも以下でもないと結論づけていた。
「それと……私自身の性格に関して言えば、生まれつきのものだからしょうがないとしか」
「だったらーー」
ユカリが更なる追求をしようとした時、カイの携帯端末から着信音が鳴り響いた。
「もしもし?……あぁ、残念ながら貴方の求めるものは……一旦戻ってきてほしいと?構わないよ。では……」
端末の通信を切り、カイはユカリの方へ振り返る。
「すまない、私のクライアントから戻ってこいと連絡がきてね。ここでお別れだ」
「ま、待ちなさい!」
ユカリが手を伸ばそうとするも、カイは素早く身を翻してサービスエリアに生えていた森の奥へと消え去っていった。
これ以上の捜索は無駄だと悟ったユカリは、サラダちゃんたちと合流して車に揺られることにした。
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とある廃墟の奥で、カイはクライアントとの待ち合わせをしていた。
「あの巨大な怪物から神秘の回収はできなかった。それについては、ご理解いただきたい」
「問題ありませんよ。仮に回収できたとしても、貴女の身の安全は保証できなかったでしょうからね。ククク……」
クライアントの正体ーーそれは、かつて小鳥遊ホシノの神秘を狙った過去があり、以降も暗躍を続けているゲマトリアの元幹部「黒服」であった。
「それはどういう意味かな?」
「貴女と勘解由小路ユカリが怪物から逃走して数分後に、例の怪物の王といえる存在が生徒と交戦していたのです」
「王……あの空崎ヒナから産まれた化け物、か」
「そんな怪物の中の怪物と鉢合わせしようものなら……いくら貴女といえど、間違いなく生きて帰れないでしょうからね」
「なるほど、今回ばかりは諦めて正解だったと」
「ククク、皮肉な事に……ですがね」
数秒の沈黙が流れ、カイが黒服に問いかける。
「……それで?何故、わざわざ私を呼び戻したのかな?」
「クックックッ……実はですね?様々な奇跡が折り重なって、私の手元に『彼女』が来てくれたのですよ」
黒服が奥のカーテンに手をかざすと、ゆっくりとカーテンが開いていく。
そこにいたのは小鳥遊ホシノから産まれた忌み子ーーたまごサラダちゃんとして産まれた小鳥遊ホシノであった。
「……」
「なるほどね。コレを使って実験をしてほしいと?」
「そういうことになります。……あぁ、安心してください。彼女に抵抗の意思はありませんよ」
とある世界線でのたまごサラダちゃんと違い、赤子のまま打ち捨てられて黒服に拾われたホシノであり、彼女本人も自らの存在価値を見い出せずに彼の言われるがままにされていた。
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黒服とカイの怪しげな話から巻き戻り、ユカリたちが逃亡に成功してすぐの時間まで遡る。
[[く、る、しい……だれ、か……]]
巨大サラダちゃんが身悶えしているところに、一台の車が彼女の元にやってくる。
彼女は愛清フウカーーから産まれたたまごサラダちゃんであり、母親から譲り受けた立派な角と髪の毛は暗緑色に染められていた。
母親であるフウカは彼女が触手で作った服を着用させ、給食部が使っているトラックの助手席でグッタリと疲れた様子で眠っていた。
「はぁ……。まさか目覚めてすぐに、同胞に料理を振る舞うことになるなんて。これもお母さんが言っていた『職業病』っていうのかしらね?」
[[だ、れ……?……う、うぅ……]]
「誰でもないわ。私は貴女と同じ、この世界から仲間はずれにされた生き物よ」
荒んでいる、というよりは母親の苦労や理不尽を間接的に見たことで生じた毒舌家ーーそれが彼女の在り方であった。
当初はキヴォトス全土をサラダちゃんで埋め尽くしてやろうかと考えていたのだが、同胞の苦しむ声を放っておくこともできず、こうして便利屋とサラダちゃんの頂点に君臨する女王が交戦している危険地帯を抜けてまで駆けつけてきたのである。
「待ってて、すぐ具合が良くなるご飯を作ってあげるから」
彼女が調理の準備をしようとした時に、鰐淵アカリが驚いた様子で彼女とフウカを見つめていた。
『な、ぜ……フウカ、さんが……ふたり?』
「……誰かと思えば、お母さんを苦しめてるテロ集団の大食漢じゃない」
『えっ?』
フウカの顔をしたそっくりさんから放たれた、情け容赦ない発言に唖然とするアカリ。
「これ以上は『彼女』が可愛そうだから、さっさと離れなさい」
そう言うと彼女は角に擬態した触手を伸ばして、アカリを『彼女』から引き離す。
『んあっ……。あり、がとうーー』
「あら、テロリストといえどお礼が言えるのね。それ以上、悶えている姿を見るだけで不愉快だから、さっさと飲んでおきなさい」
そう言うとアカリの口で蠢く触手を根菜の収穫をするが如く勢いよく引き抜き、すかさず母親譲りの調理スキルで手早く作られたアツアツの味噌汁をアカリの口に直接流し込む。
「アッツ!?やめてーー」
「嫌よ。アンタよりも『彼女』が重症なんだから、構ってられないっての」
無愛想に流し込まれる味噌汁の滂沱に、アカリは何も言えない状態のまま気絶するのであった。
そして、気絶しながらもアカリの肛門と秘部からは、大量のサラダちゃんが吹き出していた。
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「おまたせ。貴女のお口に合うか分からないけど、とりあえず食べてみて」
[[あり、が、とう……]]
巨大サラダちゃんは触手を伸ばし、彼女が作った味噌汁を一気に飲み干す。
[[おい、し、い……。ごち、そう、さま……]]
「……お粗末様でした。どう?具合は良くなった?」
[[らく、に、なった……ありが、とう……]]
「どういたしまして」
『彼女』の具合が良くなった事に安堵すると同時に、やはり料理とは誰かを喜んでもらう為にあるのだと実感する。
……店側の問題があるとしても批評家気取りで店を破壊したり、我欲の為に料理人を苦しめるなどもってのほかだ。
産みの親から直接教わったわけではないが、少なくとも彼女は心の底からそう思わずにはいられなかった。
「さて……とりあえず、ゲヘナから離れないと。そうね……百鬼夜行にでも行って、お母さんを安全な場所まで避難させないと」
無造作にアカリを荷台の空きスペースへ投げ捨て、フウカの仔である彼女はトラックで目的地である百鬼夜行へと向かうのであった。
[ to be continued... ]