ユカリの奇妙な放浪 -第二章-

ユカリの奇妙な放浪 -第二章-

サラダ事変「純愛ルート」

 勘解由小路ユカリがため息をつきながら、今夜の寝床を探して薄暗い百鬼夜行の領地をトボトボと歩く。


「はぁ……。またしても、レンゲ先輩たちから離れてしまいましたわ……」


 彼女がこのように集合場所である陰陽部公演会場から遠ざかってしまったのは、百花繚乱の仲間である不和レンゲにモモトークによる連絡をとった後まで遡るーー


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「内容、よし!送信……っと」


 モモトークで仲間への連絡を済ませ、ユカリは足早に公演会場へと向かう。

 あの身の毛もよだつ恐ろしい化け物たちによる陵辱の惨状を目の当たりにして立ち止まるわけにもいかず、ただひたすら仲間たちと合流して安堵したいーー彼女の心境は当然といえば当然であった。


(辱めを受けた挙げ句、化け物の子を妊んで産み落とすなど……末恐ろしい。考えただけで身共の背筋が凍りつきますわ!)


 しかし、仮にも百花繚乱紛争調停委員会に籍を置く生徒。騒乱を企む悪党を見過ごすほど、彼女は落ちぶれてはいなかった。


「ぐっ……。離せ……離しやがれ、手前ェらッ!!」

[だが、ことわる]

[そのあやしいえきたいをつかって、こんどはどんなわるさをするつもりです?]

[またひゃっきやこうをめつぼうさせるきですか、かいだんかさん?]


 ユカリが目にした光景ーーそれは、百鬼夜行を滅亡に追いやろうと暗躍した箭吹シュロと和楽チセのヘイローを浮遊させた触手の化け物が高級な香水が入っていそうな瓶に詰められた謎の透明な液体を取り合う奇妙な光景であった。


「このッ……野菜の形をした、奇妙奇天烈な触手風情がッ!手前の崇高なる計画に、茶々いれてんじゃねぇですよッ!!」

[ほほう?それはそれは、さぞすばらしいけいかくなのでしょうね?]

[おおかた、なぞのえきたいをすいどうにながしいれることでひゃっきやこうのひとたちにのませて、もがきくるしむさまをたのしむつもりでしょう?]


 化け物たちの推理にユカリはハッとして、すぐにシュロの元へと駆寄ろうとした。

 だが、これに対してシュロは右手で顔を覆い、大笑いして化け物たちの推理を嘲笑っていた。


「ククッ、クハハハッ!これだから素人はぁ……それも、三流以下の書き手の考えそうな筋書きですねぇ!!」

[なんですと?]

「今や、この百鬼夜行……否、この世全てが手前さん方おぞましい触手による滅亡の物語が紡がれている。そこでコクリコ様から名案を授かったのですよぉ……」

[そ、それは……]

「『この冒涜的な生き物がおるわな?それを利用してな、暴れさせるとよろしおす。そやなぁ……その生き物、ゲヘナの地下水を使うて生まれたから、それを使いよし』……と」

[ま、まさか!]


 察しのいいサラダちゃんが敵の考えに気づいて、シュロの持つ液体を奪い取ろうと触手を伸ばす。

 しかし、シュロに触れることができずに触手は空を切ってしまう。


「クハハハハハッ!察しがいいですねぇ。ですが……。えぇ、えぇ……既に、手前の計画通りなのですよぉ!!」

[どういうことなんだ、きばやし!]

[つまり……かのじょはそのえきたいをつかって、われわれさらだちゃんをぼうそうさせようとしているんだよ!!]

[な、なんだってー!?]


 サラダちゃんの推理があっているようで、その反応に対して薄ら笑みを浮かべるシュロ。


 「ンフフフフッ……。さぁ、化け物は化け物らしく……醜悪な姿を晒して暴れ回れるがいい!!」


 シュロが全力で振りかぶって投げられた瓶がサラダちゃんに当たって砕け、瓶に入っていたゲヘナの地下水が全身を濡らす。


[うっ……うわぁあああ!!]

[き、きばやしー!!]


 このサラダちゃんたちのリーダーと思われる「きばやし」なるサラダちゃんが、地下水の影響を受けたような反応を示す。


「クハハハッ!さぁさぁ、手前さまは如何なる邪悪な姿を見せてくれるのでしょうねぇ?」


 シュロが満面の笑みを浮かべ、サラダちゃんが醜悪で邪悪な悍ましい姿へ変貌を遂げるのを今か今かと待っていた。


[うわぁあああ……ぁあああ?あれ?]

[だいじょうぶか、きばやし!?]

[……だ、だいじょうぶだ。もんだいない?]


 しかし、シュロの予測に反してリーダーのサラダちゃんに、これと言った変化が見られなかった。

 これにはネットで流行った呆れた猫の表情を浮かべたような顔をするシュロ。


「……はぁ?」

[たしかにいぜんよりちからはかんじますが、ギザギザなしょくちゅうしょくぶつみたいなはっぱになったりとか、しょくしゅにとげがついたりだとか……]

[つまり……なにをいみする?]

[がいけんのへんかはない、ということです]

[りかい、できぬ……]

「……理解できねぇのは手前ェのセリフだ、この駄作ッ!この三流ッ!このッ……化け物の出来損ないがァーッ!!」


 サラダちゃんが自らの思い描く化け物の姿にならず、顔を真っ赤にして罵倒の言葉を吐き捨てるシュロ。


「かくなる上は……さっき手前ェらが言った『毒同然の地下水を水道に流す』作戦に切り替えて、せめて……せめて百鬼夜行だけでも滅亡に追いやってやるッ!!」


 怒りで思考が定まらないまま、シュロはわざわざゲヘナの地下水から汲み取ったであろうウォーターコンテナを崖に数個並べて、狂気の作戦を取ろうとしていた。


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 流石に何時までも隠れていては、この凶行を止められないと悟ったユカリは化け物たちの前に出る覚悟を決める。


「そこまでですわよ、箭吹シュロ!」

「んなっ!?て、手前ェは勘解由小路のお転婆娘ッ!!」


 そしてユカリは素早くシュロとウォーターコンテナの間に割って入り、水質汚染を防ごうと立ちはだかる。


「一度のみならず、二度も百鬼夜行に騒乱を引き起こそうなど……この百花繚乱のえりーとたる身共、ユカリが許しませんわ!!」

「寝言は寝てから言うもんですよぉ!やれ、怪異たちッ!!」


 シュロの手引きによって現われた唐傘やダルマたちがユカリに牙を向け、同時に彼女をウォーターコンテナから離すように誘導する。


「くっ、この……。離れなさい!!」

「手前さまはそこで見ているといい。……百鬼夜行の面々が悶え苦しむ様を!!」


 急いでウォーターコンテナを蹴落とそうと、シュロが置いてあった場所に駆け寄るとーー


[ふむふむ、たしかにおいしいですね。それに……ひとくちのんだだけで、ぜんしんにちからがわいてくるのをかんじます]

[これをわがははやわがあるじに、おみやげとしてけんじょうするのもありですね]

[さすがはわれわれのうまれこきょうであるげへなのおみず、すごいこうのうがありそうです]


 コンテナの一つが既に開けられて、サラダちゃんたちが試飲して感想を述べている最中であった。


「な……何してくれてんだ、手前ェらァーッ!!」


 怒り狂ったシュロが中身が残ったコンテナもろとも、サラダちゃんを蹴落とそうと全速力で向かってくる。

 そこに立ちはだかるは、このグループのリーダーと思しきサラダちゃん。


「そこを、どきやがれぇ!!」

[おことわりします]


 そういうとサラダちゃんが触手を伸ばし、シュロの胴回りを掴もうとする。

 先ほどまで掴めなかったはずなのに、この時のサラダちゃんには「掴める」という確証がなんとなくあった。

 そしてサラダちゃんの予想は的中して、銃弾すら通さない彼女の身体をしっかり絡め取っていた。


「な、何ッ!?何故、手前ェみたいな化け物に手前の身体が!?」

[わるいこには、おしおきです。……そぉい!]


 サラダちゃんがシュロの身体を崖下へと放り投げ、彼女の怨嗟と憤怒が入り混じった絶叫が木霊していった。


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 サラダちゃんがシュロを投げて姿を見せなくなったのと同時に、ユカリと交戦していた怪異たちが行き場を失い、黒い煙となって消滅していく。


「えっと……。これにて一件落着、ですわね!」


 呆気ない敵役の最後に唖然としながら、ユカリは満足そうに手を添えてオホホと笑っていた。

 そして、ハッとしてゲヘナの地下から汲み取った水が入ったウォーターコンテナのある場所へと向かうが、そこには空になったコンテナが一つだけ置かれているだけだった。


「あぁっ!?水の入った容れ物がなくなっていますわ!?」


 忽然と消えたコンテナの行方について考えていたユカリは、ふと化け物たちの会話で「献上する」という言葉を口にしていたのを思い出す。


「ま、まさか……あの化け物たちが仰ぐ主たる存在や母なる存在がいると思しき場所へ持っていってしまいましたの!?」


 まだ見ぬ強大な敵の存在に呆然とするも、直ぐにでも問題解決に乗り出そうとするユカリ。


「あっ、夕焼け……」


 だが、彼女の意志に反して時間は残酷にも「時間切れだ」と告げる。


「そういえば、以前にキキョウ先輩が言っていましたわね。確かーー」


 黄昏に染まる空を眺めながら、ユカリはキキョウと一緒にパトロールをしていた時の事を思い出す。


『夜のパトロールは十分に注意して。闇夜に紛れている連中がいないか、よく目を凝らして。……可能ならば連中の気配なんかを感じ取れれば、尚の事いいのだけれど』

『ふふん、心配御無用!見つけ次第、身共がーー』

『自惚れないでちょうだい。そっちが思っている以上に、視野や視界の差は昼と夜とでは違うからね』

『うぅ……。キキョウ先輩はまだ身共の事を半人前だと思っておいでですの?』

『いいえ?むしろ、戒めも込めて……といったところかしらね』

『はぁ……』


 あの時はボンヤリと聞いていたが、いざ現在の状況ーー化け物が跳梁跋扈している地獄絵図に自分がいると考えると、この先輩の発言の意味が身に沁みてくる。


「はぁ……。またしても、レンゲ先輩たちから離れてしまいましたわ……」


 かくして、ユカリは安全な寝床を探すべく完全に闇に染まる前に百鬼夜行の地を奔走する事となった。


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 崖下に落とされたシュロに待ち受けていたのは、和楽チセから生まれたサラダちゃんとは別のサラダちゃんによる「ご奉仕」であった。


「こ、コクリコ様ぁ!助けーーイギッ!手前ェら、それ以上はーーお"っ"、ダメ"ッ……」


 かわいい弟子ともいえる生徒の惨状に、コクリコは我関せずといった態度で遠目から眺めていた。


 「あきまへんなぁ、シュロ。語り部たるもの、語りの軸が振れるなんて……」


 彼女の右手には「とある本」が握られており、その本は最近キヴォトス内で密かに流行っている物語であった。

 ある学園で生活する平凡な学生が「復讐に身を焦がせ」と唆す伯爵と出会ったことをキッカケに、幽霊のような存在に何度も襲われたり、自分の友達が超常的な力を身に纏って変身をしたりする場面に遭遇しつつも、謎の伯爵の正体と一連の事態の解決に乗り出すーーという内容の伝奇小説であった。

 その奇抜かつキヴォトスにはない刺激的な内容であったため、瞬く間に各学園の生徒の間で流行り出して、一時期は「槍や刀などのキヴォトスでは役に立たない物品が売れる」という珍事件まで発生するほどの影響力であった。

 百物語を創作しようとしているコクリコからしてみれば、この得体のしれない物語ーーたかが何の取り柄もテクスチャもない伝奇物ごときに自分たちは遅れを、ひいては全土に多大な影響を与えたという事実を突きつけられて彼女の心の中は穏やかではなかった。

 あまつさえ、そんな取るに足りない物語ーー怪談家には不要な要素を愛弟子たる存在にも感染したとあれば……。


「今回ばかりは、あの子に灸を据えへんと……。あての話を最後まで聞かへんで出ていったのと、怪談と関係あらへんモノに当てられて手前を見失いかけたさかい……」


 冷ややかな目で愛弟子の陵辱劇を見ていたコクリコだが、隠しきれない怒りが彼女の右手を伝わって、かの小説を握り潰そうとしていたのであった。



 「助けて、た"す"け"ーーん"ぎっ!う"ま"れ"ーー」


 シュロの懸命な呼びかけも虚しく、彼女の股座と肛門から下品な音を鳴らしながらも、自らのヘイローを携えた化け物を産み落とすのであった。




[ to be continued... ]


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