ユカリの奇妙な放浪 -第三章-

ユカリの奇妙な放浪 -第三章-

サラダ事変「純愛ルート」

 ゲヘナ学園の郊外にはヒノム火山と呼ばれる、かつて風紀委員会が訓練の場所として選ばれるほどに灼熱地獄と呼んでも差し支えない過酷な場所が存在している。

 その一方でヒノム火山の地下には水脈が流れており、その源泉には天然のミネラルの他に膨大な神秘が含まれている。

 もっとも特異現象捜査部の報告書によれば、「この火山が内包する神秘は善性に働くことは少なく、ゲヘナ学園の校風よろしく自由奔放かつ混沌苛烈に作用する傾向にある」と、極めて危険な代物であると書き残していた。

 現に今回の騒動以前にもゲヘナの給食部に出現する謎の怪物ーー通称「パンちゃん」も、この地下水の影響を受けて誕生した存在であり、直近でバレンタインにゲヘナ学園で行われたパーティーには巨大化したパンちゃんが出現したとの報告がされていた。

 そして、現在進行形で混乱をもたらしている「サラダちゃん」もまた、例の「パンちゃん」に類する存在である。

 当然のことながら、サラダちゃんも地下水の影響を受ける可能性は十分に考えられるのは言うまでもなく、今回のサラダちゃんたちの遠征も地下水を求めての行動であった。


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 百鬼夜行の消防署に置いてある大型水槽車を拝借し、地下水専用の運搬車としてサラダちゃんたちが自らの身体を駆使して改造を施していた。

 その車両の助手席には、紆余曲折を経て同行することになった勘解由小路ユカリがゲンナリとした表情で載せられていた。


「うぅ……。何故、身共が化け物たちと行動を共にしなければなりませんの?」


 夜中に運悪くサラダちゃんとエンカウントしてしまい、ユカリが懸命に逃げ回って隠れるために乗り込んだ車に、まさか別の化け物たちが乗り込むとは思ってもいなかったのだ。


[なんども、なんども『ばけもの』とばかり……ほかのことばをしらないのですか?]

「知るわけないでしょう、そんなこと!?」

[だからさきほどもいったとおり、われわれは『さらだちゃん』だとせつめいしているではありませんか]

「えぇ、それについては何度も聞きましたわ。料理として振る舞ったものに生命が宿って生まれた……そんな素っ頓狂な話を信じろなんて、とても奇特なことでしてよ!?」


 常識外れな怪物の誕生経緯を聞かされて、一体誰が信じろと言うのだろうか。

 ユカリは呆れつつも、自分の拘束を解くようにサラダちゃんに訴えかける。


「……話の途中でなんですが、そろそろ身共を縛る縄を解いてくださらない?」

[まいすたーうたはがせいさくした、われわれにとっておそろしいそうちであるしょくようますくをはずしたら、かんがえてあげてもいいですよ]

「嫌に決まってますわ!このますくを外したら、身共の身体を辱めるつもりでしょう!?」

[はずしめるだなんて、そんな……]

[われわれはごほうしのいっかんとしてーー]

「だったら、まだ縛られていた方がましですわ!」


 ユカリの頑なな姿勢に折れて、サラダちゃんたちは諦めて車の運転に集中する。

 エンジンがかかり、スムーズな動きで一般道の車線へと入っていく。 


「えっ!?なんで動かせるんですの!?」

[ほかのどうほうたちがきかいといったいかし、どうほうたちをかいしてそうさしているおかげで、てあしのようにうごかせるからです]


 この時のユカリは知る由もなかったが、生徒の記憶などを介したり機械そのものと融合すれば、ヘリコプターなども思いのままに動かせる特徴がサラダちゃんには備わっていた。


[みれにあむにいたときにはかないませんでしたが、わたしは『あばんぎゃるどくん』をそうさしたかったです]

[えぇ……。あれのそうさは、ちょっと……えんりょしたいです]


 運転しているサラダちゃんの独白に、ユカリの膝に乗っているサラダちゃんがドン引きしていた。


[わたしとしては、あのめいどさんのぱわーどすーつをうごかしたかったです。……けっきょく、めいどさんたちにはゆびいっぽんふれられませんでしたが]

[それはわたしもそうさしたかったです。……たしかにそちらもすてがたいですが、まいすたーうたはがひそかにつくった『さーふぼーどにへんけいするぱわーどすーつ』もすてがたいです]

[あれはけっきょく、じゅうりょくそうさなどのぎじゅつてきなかだいがやまづみで、さいしゅうてきにぼつになったとききましたが?]

[しかし、ろまんがつまっているでしょう?あなたはのりたいとおもわないのですか?]

[すごく……のりたいです]


 このサラダちゃんたちの会話についていけず、ユカリの頭には疑問符が浮かびまくり首を傾げるしかなかった。

 一方で運転している間にも、水槽の上に乗っている別のサラダちゃんたちがドローンを用いた電磁探査や掘削計画の議論などが交わされていた。

 当然のように飛び交う専門用語の数々に、ユカリは「一体何を話しているのだろう?」と思いつつ、今後の身の振り方について考えていた。


(今の化け物たちと遭遇する前に身共が撮影した、地下水を浴びた化け物がくろれら観察部の生徒を陵辱した動画……レンゲ先輩たちに届いているでしょうか?)


 この珍妙奇天烈な化け物が初めて化け物らしい凶暴な側面を見せ、生物としての在り方を冒涜するヒト型生命体の誕生方法にユカリは震えが止まらなかったが、この水は化け物たちを狂わせる何があるのだろうか。

 もし化け物たちの矛先が自分に向けられた時、果たして対処できるのだろうか。

 ーーそう考えると、今の状況は非常に不味いといえる。


(勘解由小路家の名にかけて……絶対に、身共は化け物なんかに屈しませんわ!)


 決意を新たにユカリは縄を解くようにもがくも、結局は何の成果も得られなかったのであった。


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 水槽車で移動を始めて2時間後、目的地であるゲヘナ学園にあるヒノム火山の麓へと到着したユカリ一行。

 もしゲヘナの問題グループの一つである温泉開発部から生まれたサラダちゃんがいれば、サラダちゃんの王たる存在が「盲撃ちの土竜ども」と揶揄したように手当たり次第に掘削機を動かして、土地を破壊して際限なく源泉を枯らせていただろう。


[ひゃっはー!おみずはかいしゅうだー!]

[それもひとつやふたつじゃない、ぜんぶだー!!]


 これに対してミレニアム出身のサラダちゃんだけあって、計器などから算出されたデータを参照し、今後の活動を思慮に入れた計画を元に物静かに着々と作業を進めていく。


[このばしょがさいてき、というけつろんがでました]

[じゃっかんあついですが、きかいのふぐあいがおきないはんいのおんどです]

[では、くっさくきでほりますね]


 時折、絡みついた触手が脈動する不快な動作をする以外はマトモな装置をテキパキと組み立てて、地下水を汲み上げる作業を始めるサラダちゃんたち。


(どうしてこう、化け物でありながらヒトらしい動きを……。身共、あの化け物たちの事が分からなくなりますわ)


 ユカリはそんな化け物たちの姿に唖然とし、何とも言えない感情に駆られていた。


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 掘削を初めて1時間後、一通りの調査と必要分の地下水を汲み取りを終えたサラダちゃんたち。


[ふぅ……。これだけのおみずがあれば、しばらくはあんたいでしょう]

[おっと、くっさくしたばしょをかくしておかないと……]


 そういうと、サラダちゃんは触手を動かして掘削機械を回収して、掘削した穴から半径数メートル内に電流を張り巡らせた電磁ネットを被せる。


[もしかしたら、おんせんかいはつぶのひとたちがほりおこすかもしれないので、ねんのためのしょちを……よしっ]


 触手で指差し確認をし、その場を後にする一行。

 ーーその時。


「きゃっ!?な、なんですの……今の揺れは」

[……おー、のー]

「だから、一体何がーーえっ?」


 大きな地響きが起き、巨大な影にユカリが車両の窓を開けて確認すると、そこには巨大な大きさをしたサラダちゃんがこちらに向かってきている姿が確認できた。


[なんてこったい。……このたいみんぐで、あのきょだいさらだちゃんにえんかうんとしてしまうとは]

「ななななっ……何なんですの、あの化け物は!?」

[おじょうさま、あなたはにゅーすをみていないのですか?]

[あれはげへな……いいえ、きゔぉとすいちのてろしゅうだん『びしょくけんきゅうかい』のおおぐいむすめからうまれた、きょだいさらだちゃんです]

「美食、研究会……何処かで、聞いたことがあるような……」


 思い出そうとするユカリの思考を遮るように、巨大サラダちゃんの咆哮が轟く。


[んめぇええええええ……!!]


 羊の鳴き声がここまで恐怖に感じたことはあるだろうか。どうやら、自分の足元に美味しいものがあると察知したらしい。

 巨大サラダちゃんから無数の触手が伸び、掘削作業に同行していたチセから生まれたサラダちゃんの一体が絡み取られていく。


[う、うわぁああああ……!!]


 そして、あっという間に口の中に放り込まれて一飲みで食べられてしまう。


[[……ゔっ"!?あ"っ"、あ"〜〜……?]]

「ひっ……。しゃ、喋りましたわ!!」


 言語を学んだ同胞を食したことにより、巨大サラダちゃんが言葉を学習し、たどたどしくではあるが今の心情を発する。


[[たり、ま、せん……。もっと、もっ……と]]

[[もっと、よろ、こ、び、を……もっと、たべ、たい……]]

[[もっ、と……も"っ"と"ぉ"お"お"お"お"お"お"お"!!]]

[[ん"め"ぇ"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"っ"!!]]


 それは、このサラダちゃんの産みの親である鰐淵アカリを模した貪欲……を通り越した暴食の写し身。

 そして、サラダちゃん本来の奉仕精神が入り混じることで、目に映る全てのヒトを喰らいて触手をもって奉仕するーー血も涙もない怪物が誕生してしまったのである。


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 巨大サラダちゃんの動きが完全に定まったように固定され、確実に大きな一歩を踏みしめて向かってきていた。


[も、もしや……ねらいはわれわれと、ゆかりさん!?]

「ひっ!?み、身共も!?」

[[せ、いと……たべ、て……ほう、し……]]

『ずるい、じゃない、ですかぁ……。まだ、けがされて、ない……なんて……うへへ、へっへっ……』


 誰がの声が発したのに気づいてユカリが巨大サラダちゃんの方に視線を向けると、親である鰐淵アカリが触手に陵辱されながら純潔を守っている彼女に複雑な感情ーー羨望・怨嗟・憤怒を向けていた。

 潔癖症である本来のアカリからは想像もつかないほどにドロドロに汚された金髪、あらゆる穴という穴からは粘液と体液が混ざった触手が彼女を喜ばせようと蠢いていた。


『こうして、であったのも……なにかの、えん……ですしぃ……。わたしと、おなじく……けがして、あげましょう』

「全力でお断りしますわ!!」

『えんりょ、しないで……お"っ"!……おちれば、あんがい……ん"お"っ"……きもち、ん"ぎっ"、ですよぉ?』


 「自分は陵辱されて堕ちるところまで穢されたのに、何故あなたは清潔なままで純潔を守っているの?」ーーその明確な意思によって、先ほどまで光を失っていたアカリの瞳孔が、怒りに満ちたマゼンタの輝きを見せ始める。


[[た、べて……よろ、こ、ばす……]]

『ふふっ……どうせなら、ぜっちょうを……えいえんと、あたえて……わ、わたし……とぉ、おなじ、くぅ……こわして、あげ、ますよぉ……』


 見るも無残に、同じように心も壊れたアカリが巨大サラダちゃんにユカリを襲えと命じる。


 [[め"ぇ"え"え"え"え"え"え"!!]]


 かくして、怪物との命懸けのチェイスゲームが幕を開けるのであった。



[ to be continued... ]


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