ヤンデレ天使ちゃんの話
「おかーさん!見て見て、プリキュアのお人形!香澄これ欲しい!」
「あら、可愛いわねぇ……お誕生日プレゼントに買ってあげましょうか?」
「やったぁ!!」
早乙女香澄は、それなりに裕福で、それなりに愛情のある家庭に生まれた。
贅沢な暮らしではなかったが、日々の生活に困ることはなかった。
両親の愛も、過剰な溺愛ではないにしろ、決して欠けているわけではなかった。
悲しいことがないわけではなかったが、それでも笑顔の方が多い──そんな、ごく普通の幸せな家庭だった。
「キュアサンダー!」
「ぎゃーっ!!や〜ら〜れ〜た〜!」
おそらく、そのまま穏やかに時が流れていけば、彼女は「自分の人生は幸せだった」と微笑んで語れたことだろう。
「えへへ……お父さん、お母さん!大好き!!」
──自分自身のことも、嫌うことなどなかっただろう。
だが。
「……あれ? お母さん、ごはんは?」
崩壊は、静かに、そして確実に始まっていた。
「あ……ごめんね。ちょっと友達に勧められたゲームに夢中になっちゃって、忘れてたの……」
「あっ……まずい。もうこんな時間か。すまん香澄、俺も気づいたら没頭していたよ……」
そのきっかけは、母の友人が勧めたオンラインゲーム──
『アポカリプス・オンライン』。
いわゆる、ネットゲームだった。
「大丈夫。私が手伝うよ!」
その時の香澄は、まだ深刻に考えていなかった。
たまには趣味に夢中になることもあるだろう。そう思っていた。
実際、最初のうちはその程度だった。
だが、日が経つごとに、「たまに」は「しばしば」に変わり、やがて「常に」になった。
「……何よ!? 文句あるわけ!? 食べたきゃ自分で作んなさいよ!!」
夕飯が出ない日が月に一度から週に一度へ、さらに三日に一度、二日に一度へと加速していき──
一年が経つ頃には、両親は家事を一切しなくなっていた。
「ううん……文句なんてないよ。わかった、私が作るね」
もはや、両親がゲームをしていない時間の方が短くなっていた。
会話も、穏やかな言葉は消え、怒号と罵声ばかりになっていた。
そして、少しして──両親は仕事を辞めた。
収入は絶たれ、家には食べ物がなくなり、水道も止まった。
電気だけは最後まで生きていたが、それもいつまで続くかは分からなかった。
風呂に入れなくなってからは、学校でいじめを受けるようになった。
「くっさ……」「なにあれ、汚っ……」
そんな言葉を浴びせられるのは、日常の一部となった。
だが原因は、においだけではなかっただろう。
両親がゲームにのめり込んで以降、香澄自身も余裕をなくし、どこか歪んでしまっていた。
──それでも、ひどすぎた。
「あは……あはははは!!!」
限界は、静かに、しかし確かに訪れた。
香澄は、ある日、両親の使っていたパソコンを壊した。
学校へ向かう彼女の足取りは、どこか軽やかだった。
「これで……きっと、親も私のこと見てくれる。
現実を、ちゃんと見てくれるはずだ──」
淡い希望が、胸に灯っていた。
──だが、帰宅した香澄を迎えたのは、
リビングで並んで首を吊った、両親の姿だった。