モンキー・D一家の日常 “放送事故っちゃった”
人間、ミスをするものだ。それがどんなにしっかりとした大人でも用意周到な策士だろうと小さなミスは起こる。
その日、彼女--世界の歌姫として世界に歌を届けるウタは久々に配信活動を行っていた。
『皆、最後まで見てくれてありがとう♪新曲はまだ発表できないけど、頑張って制作中だから期待して待っていてね。
一週間ぶりの配信もここまでになるかな……次回もまたここ、家のレコーディング兼トレーニング室から配信する予定だよ♪
それじゃぁまたね~♪』
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『ウタちゃんサイコー!』
『今日も可愛かったー』
『相変わらずの美声!素敵です』
『トレーニング室も兼ねてるんだ。だからサンドバックとか全身鏡とか色々あるんだね……サンドバック?』
『ソファとかクローゼットもあるし、てか広!』
『すごく歌がクリアに聞こえたね~』
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賑わっているファンの声やコメント、電伝虫も忙しいと思える程の熱狂ぶりであった。
今年、30過ぎるというのに10代に見間違えるほどの若々しいその姿。ファン達の応援に応えるべくその可愛らしい笑顔を振りまいて手を振る。
そのまま彼女は配信用電伝虫の配信機能を停止した…………筈だった……
「うーん、3曲歌って質問受付と雑談で1時間半かぁ。久々だからちょっと飛ばしたかなぁ」
背伸びをしながら時計を見てそう呟く彼女。この時、彼女は思いもしなかった。
電伝虫の向こう側がお祭り状態になっていたことなど……
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『あれ?これ……配信切って無くね?』
『ウタちゃん、俺らの映像だけ切ってね?』
『配信事故キターー!!』
『プライベートウタちゃんが見れる!?やばくね!?』
『 盛 り 上 がっ て き た !』
『ウタちゃーん!!気づいてー!!』
『教えなくていい!これはアツい!!』
『何年ぶりだ!?こんなこと!?』
『10年以上前の初期のエレジア配信の時以来か!?』
『古株のファンしか知らない事故が今起きた……』
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彼ら(彼女ら)の電伝虫には新たにコメント機能というもの搭載されており、書き込んだ言葉や文を送れるというものがある。
それは自分は勿論、他老の電伝虫にまで送られており一種のコミュニティの手段となっている。
ちなみに、この機能を搭載した博士は政府に目を付けられるからと秘匿されている……十中八九あの大きい頭の博士だという噂だ。
閑話休題。こんな本人は知らないお祭り状態のまま彼女は普段の生活を送ることになる……。
午前11時。配信して十分くらいだろうか、短パンに白Tシャツに着替えたウタはトレーニング室の真ん中に二畳分くらいのマットを置いて、柔軟運動を始める。
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『健康的!スタイル!!』
『白T!!スポーツ用短パン!!良い!』
『体柔らかいな!』
『毎日してるのかな、なんか慣れてる感あるね』
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柔軟も終わり、軽い筋トレに移った。スクワット、ランジ、プランクと主に体幹と足腰を鍛える運動を集中的に行う。
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『はぇー……こういう努力の積み重ねがねぇ、大事ですねぇ』
『ウタって、ダンスの動きもキレあるから何かやってると思ってたけど、やはりね』
『前見たけど、ジャンプ力が凄かったよ!海賊王とアスレチックで勝負した時とか常人以上に飛んでた!』
『汗がセクシー……スポブラ、透け、良い……』
『健康的にエロいって良いよね!!』
『お前ら!純粋な目で見やがれ!』
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リスナー達が感心(一部卑猥な目線で見)てる中、彼女の運動は一度終わる。
水分補給をして時計を確認したウタはタオルで汗を拭いながら、笑みを浮かべる。
「そろそろ、マストのお腹が空いて帰って来るころ--『母ちゃーん!!腹減ったぁ!!』ほーらやっぱり♪」
そのままトレーニング室を後にして長男と三つ子たちのための昼食作りに行った。
ここで、リスナー達は誰もいないレコーディング室をじっくりと見ることになる……が
扉が少し開けられていたらしい、料理を作る音、子供たちの笑い声が聞こえてくる。
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『思ったんだけど、これ次の配信まで気づかない可能性あるんじゃね?』
『まさかー、いくらウタちゃんでも……』
『有り得る!!!』
『ありえる!!!』
『ありうる!!!』
『どうしよう、配信ミス気づいたときのウタちゃんの反応が楽しみで仕方ない』
『『『わかる』』』
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―――所変わって、ここは新世界のとある島。
レッドフォース号の甲板。
「くっそ!あの海賊達!今日はウタの配信日だってのに!!」
「まぁまぁお頭、こういう日もあるって。後で録画したの見れば良いじゃねぇか」
「俺は生で見たかったんだよ!孫たちも映るかもしれないってのに!」
機嫌悪く船を歩く船長、シャンクスは仲間の言葉に対して珍しく素っ気なく返す。
どうやら配信を楽しみにしてたのにその時に限って、別の海賊から喧嘩でも売られたらしい。交戦して勝利したのは良いが、その時にはもうウタの配信は終わってる時間帯だ。
苦笑いする幹部たちも今のシャンクスに何言ってもダメだなと半ば呆れ、使った武器の手入れや戦利品の確認作業に移ろうとした。
その時、船の一室から勢いよく走ってくる船員、船番を任された新人たちが冷や汗を流して出てきた。
「お頭ぁ!お嬢の配信がぁ!!」
「?」
『ほら、ララ。ゆっくり飲んで、お水零れてるよ』
『……ぅ、ごめんなさい』
『あ!!兄ちゃん!それ俺の肉!!』
『へっへーん!いただきぃ!!』
『こら、マスト!弟のおかず取らないの』
『ええ、だって父ちゃんだってするぞ!船の仲間たちに』
『それは宴とかの話でしょ。パパはお家のご飯中にしたことある?』
『……ない』
『ね?じゃ返そうね』
『悪ぃライト……』
船の一室、シャンクス曰く‘ウタの配信専用シアタールーム’そこで映されていたのは朗らかな家族の団欒……の話し声だけが聞こえる。
「なんだ?この部屋ってレコーディング室だよな?ウタ達の声は聞こえるけど、てか昼だってのにまだ配信してるのか?」
何事か起きたのかと新人たちの言う通り電伝虫から映し出される映像、未だに生配信されてるウタのレコーディング室を見てシャンクスは首を傾げる。
「いえ、その……恐らくですが、お嬢は配信のスイッチをオフにしないでそのままにしてることかと」
「はぁ?……だっはっはっは!!何やってるんだか!ウタも間抜けなことするなぁ」
「笑い事じゃ済まねぇかもしれんぞお頭」
と、後ろでタバコに火をつけた副船長ベックマンから何とも不穏なことを言われる。
「お頭……これウタが気づいてねぇってことはだ、このままじゃウタの私生活が赤裸々に映っちまうってことになるぞ。
今はまだ飯時で家族の話し声だけが聞こえるだけで、何も起きて無いから良いが」
「……!」
この時、シャンクスは表情が強張った。我が最愛の娘と孫たちのプライベートまで映されたら……流石に可哀想だ。
「それにだ……もしルフィが帰ってきて、ウタとそういう空気にでもなって見ろ」
「…………まさか……」
「この配信はR指定になる」
「ウタぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!気づけぇぇぇぇぇええええ!!!!!」
レッドフォース号から四皇の叫び声が響く。