モンキー・D・一家の日常【空島短編集】

モンキー・D・一家の日常【空島短編集】



④その響きは寂寥を払いのける



 姉弟達が寝静まる深夜の夢の中の話である……ふとムジカは不思議な空間にいるのを自覚した。

 白いのだが明るいわけではない、景色は朧気だが色々と不思議なものが散らばっている。

 母のウタワールドに似てるが、どこか違う。

 そんな不思議な世界。


「~♪」

 母の歌を鼻歌で流す。たまに見る不思議な世界の夢。明晰夢というやつなのかわからないけど、ムジカはたまに自分とこの空間を自覚して見ることがある。

 次の日の朝には覚えていたり覚えていなかったり曖昧な記憶として残るのだが……

 そして、この夢を見る時は決まって

「──」

 何かが隣にいる。黒いような白いような、自分より大きいけどたまに小さく見える、不思議な影。

 人影だと思うけどその輪郭はどこか安定しない、白くて黒い靄。なんだかピエロちっくに見えることもあれば自分そっくりに見えることもあるよくわからない何か。

 でも自分を害することは今までなかった。

 最初見た時は怖かったけど、慣れた今では安心して接することが出来る。

「今日はね、空島ってとこに来たの」

 いつの頃からか、この影に話しかけるのが習慣になっていた。毎日見るわけじゃないけど懐かしいという気がしないよくわからない隣人に話しかける。

 この影は頷きも相槌も打たないが会話を返すことがある。

 何て言ってるかはっきりとはわからないけど、なぜか何が言いたいのかわかる……

「うん、パパもママも元気に燥いでる。もうちょっとイチャイチャは抑えて欲しいけど」

 ただの談話、これと言って何を話そうかと考えてたわけじゃない。

 親に対する気持ちや何して遊んだか、今日の出来事を話してく内にムジカはそうだと思い出して


「すっごく綺麗な音を聞いたの!」

 空島に来て一番印象に残った話。綺麗な、それはとても綺麗な音──鐘の音の話をした。

 それは壮大でだが人の心に自然と沁みこむ美しい音楽。

 楽譜やテンポがあるわけじゃないのに、その単一の音だけで音楽を奏でている素晴らしい鐘の音。

「皆感動しちゃって、ボクもすごく嬉しくなっちゃった。こんな素敵な楽器があるなんて!」

 あの巨大な金を楽器と言えるのはムジカの独特な感性ならではだが、あながち間違ってはいないだろう。

 そしてムジカはむむむと何かを念じるように唸る。

「この世界なら……うーん!」

 夢の中の空間ならば、自分の思った通りの事が起こせる筈だとなぜかそう思う。

 実際、音楽に関しては好きな物が出せたし、一度聞いた音楽をこの空間に響かせることが出来た。

 念じてから数秒後


──雄大な鐘の音が響く


 とても大きく、どこまでも響き渡るかのような美しい音色。

 ムジカはパッと笑顔になり隣にいる影に笑って見せた。

「どう!?こんなに凄い音ってボク初めて……」

 そして気づく。


「……泣いてるの?」

 隣人の影は涙を流していた……いや周りからはそう見えないが、ムジカの目にはこの影が泣いてるように見えたのだ。


「羨ましい?」

 ムジカにしかわからない影との会話。曰く、この鐘の音の‘意味’がとても羨ましいというもの。

「鐘の音の意味……」

 そう言えばパパとシャンディアの人達が話していた。この鐘の音はとても大切な人達に対するメッセージも兼ねていると。

 自分たちまで代を繋いできてくれた先祖、それを助けてくれた先祖の友人、そして自分たちを曇天の歴史から救ってくれた恩人達。

 その人達に対する感謝を示す意味と灯としての意義。


‘おれ達はここにいる’


 1100年前の栄えた時代から、800年前に滅んでも、400年前に空へ行こうと、13年前に鐘が見つかって……

 どんな時代を送ろうとこの意味を届けて来た。大きく、本当に大きな音を持つ鐘の音。

 その鐘の音が、ここにいるという鐘の音の意味が、影にとって凄く羨ましいものだった……


「寂しいの?きみは」

 ムジカは隣で涙を流す影に首を傾げてそう聞いた。それに対して頷きも否定もしない影の輪郭。

 だがムジカは理解する。この人(人なのかわからないけど)はすごく寂しい気持ちでいっぱいだったと……

 この影は長年と寂しい気持ちでいっぱいだった。誰よりも音楽が好きなのに誰も耳にしてもらえない、誰も……自分がここにいるということに気づいてもらえない。

「そう……じゃあさ」

 立って影の正面に周り胸を張る。

「ボクがいっぱい演奏してあげる!この鐘の音にも負けない、すっごい音楽を!

だからボクと一緒にこれからも色んな音楽の話をしよう!」

 にこやかな、まるで太陽を思わせる笑顔を見せてムジカは笑う。

「ボクはここにいる、君も確かにそこにいる。まだまだ素敵な音楽はあるんだから!」

 ムジカという音楽は彼女が生きていれば無限に奏でられる。

 色々な意味を持たせて演奏する。それはとても素敵な事だろうと思いを馳せた。


──いつしか影の涙は収まり、ムジカの前でその影は嬉しそうに輪郭を揺らめかせた。


……

………


「……ん~」

 暖かい朝日を浴びて目を覚ます。なんだかすごく不思議な気分、ホテルの人がお勧めしてた『夢まくら』を使ったからか何だか素敵な夢を見た気がする。

「ほらムジカ~ララ~起きて歯を磨いて」

 姉がそう言って布団を畳んでいた。いつもながら本当にしっかりしている自慢の姉である。

 まだ眠い瞼を擦りながらベッドから起きてホテルの部屋の洗面所に向かおうとして、気づいた。

「ねぇ、なんでマスト兄たんこぶだらけなの?」

 足元に10段たんこぶを腫らして寝てる(気絶してる?)長男を見てムジカは首を傾げた。


 さて今日は何して遊ぼうか、空島の楽器店をめぐりたいし、ウェイバーにも乗ってみたい。

 だけど、それより……

「もう一回、あの鐘の音を聴きたいな」

 音楽を愛する一人の演奏家として、あの雄大な鐘の音を楽しみにしていた。




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