モンキー・D・一家の日常【空島短編集】
①私もああなるの?
暖かな日差しを受けた朝、家の玄関にて靴を履き直した男は肩を回す。家族のため今日も一日頑張るかと。
そしてそんな彼に笑顔で鞄を渡すその男の伴侶。
かなりの仲の良さが伺える光景だ。この夫婦の姿はよく見えないがその愛情は確かにあると感じられる。
男は『今日は早く帰れそうだよ』と優しく言うと、妻のほうが
「うん!待ってるねダーリン♡」
と熱烈なキスをして男に愛を示す。何とも胸やけしそうなやり取りだが、男もそれに慣れた感じだろう。そのまま扉を開けて笑顔で言う。
「じゃ行ってくるよミライ」
「はーい♡♡♡」
そんな新妻ミライの朝の────
「わぁあ!?!?!?!?」
ガバッ!とベッドから跳ね起きたミライ。混乱する頭で周りを見渡せば空島の宿泊施設の一室……。
荒い息を整えて頭を振る。
「え、待って……なに今の夢!?」
なぜにあんなスウィートなやり取りを自分がしてるのか、パパとママがやるならともかく自分が!?と未だ覚醒に至らない頭を抑える。
と自分の寝ていたベッド……その枕が原因かと。
そう言えば宿泊施設のスタッフが言ってたなと昼間の話を思い出した。
「空島名物、島雲の柔らかい部分だけを使った『夢まくら』をお使いになりますか?様々な夢が見れてご好評ですよ」
へーそれは面白そうだとルフィ達は皆その枕を使って寝ようと決めたのだ。
……確かに良い夢が見れるとは言ってないなとスタッフの口の巧さに感心したが、それより
「夢って願望が現れるとか言うよね?……え、待って私あんなやり取りを望んでるってこと?
え、私もママみたいに頭スウィートになりたいの?」
寝起きだからか言葉に遠慮のない長女である。ここにウタがいれば『ミライ!?』と驚愕してるだろう……なぜか両親が見当たらないが……
「いやいやいや、私の理想像はクールな女性……そうロビンさんとかああいう感じな人で。
男の人なら普段から大人なタイプでたまになら子供っぽくても良い感じで……あれー?身近にいない?」
別に両親が嫌いなわけじゃない。ただあの甘々でイチャイチャな空気感に疲れるから自分はもっと大人な恋愛がしたいと思うのだ。
……そう思う時点で子供っぽいということに気づいていないが。
「はぁもう、ちょっと散歩してこよ」
なんか頭の中がグルグルしてきたので夜風にでも当たろうかなと空島で買った上着を羽織り……部屋の中にいる弟と妹達が目に入る。
「どんな夢見てることやら」
と少し笑って寝息を立てる彼らの近くに立つ。
「うーん……どんどん、行くぞぉ……ついて、こい」
「夢の中でも探検してら」
どんだけ好きなんだと破顔する。だがマストらしい寝言だなぁとも思う。
その横でもう一人の弟が寝言を言ってたので聞き耳を立てた。
「…………ぅぅん、バスター、コール…だぁ」
「ええ、ど、どんな夢見てんの?」
まさかの温厚な次男から物凄い単語が出てきた。まぁ夢だから何でもありかと思うが正直ビックリした。
こうなりゃ妹達の夢も気になって、近づいてみる。
……静かな寝息、どうやらララとムジカはぐっすり眠っているので夢の内容はわからない。
そしてセカイはと言うと……
「信じ、られる……信、じられ……あの、星あ、かり、を……」
ママの歌を唄っていた。そう言えばタイトルに同じ名前がついてるなと思って、ちょっとクスッと笑ってしまう。
兄弟たちの寝息や寝言をバックにゆっくりと扉を閉めて、ミライは夜の散歩へと歩き出す。
「……うーん、それにしても……私ってあんな感じになるかなー……」
夜の街の通りを腕を組んでうんうん唸る。ちょっと周りを見て誰もいないのを確認する。
「ダーリン♡大好き♡」
パパに対するママの真似をする感じで両手を顎の前で組んで媚びポーズ。
「うん、無いわ」
大きく頷いて、自分を無理やり納得させる。
あー恥ずかしと先ほどのポーズと台詞は誰にも見られ無くて良かったと一人安堵するミライであった。
②縁の下の力持ち
空島観光のある日──夜中を過ぎた頃ウソップは宿泊施設から出てのんびりビーチを散歩していた。
初日に船長の子供たちの相手をしたり、夕食時にバカ騒ぎしたりと久しぶりの空島でテンション高くなって踊りまくった。
そしてちょっと夜の海雲の浜辺でも写真に撮って故郷にいるあの娘に送ってやろうと思い行動を起こしたのだ。
人には言わないがこういうロマンチックな気持ちになる事もある……
ふと、いつものくせで見聞色を発動して周りに誰かいるかなと探ってみた。まぁこんな深夜に誰かいるわけが……いた。
「夜風が気持ちいいねぇ」
「ああ、そうだな」
我らが船長とその奥方が夜の浜辺デートをしていたみたいだ。
ちょっとタイミング間違えたかなと自分は出直した方が良いかなと思っていると。
「ねぇルフィ……ちょっと来て」
「ん?」
と、浜辺にある大きなコナッシュの木の根元でルフィを引っ張り、ウタは少しだけ顔を赤くして抱き着いた。
「セカイにはバレちゃってたけど……今日言ってた『すごい水着』興味ない?」
「お! 確かに言ってたな! どんなのだ?」
その会話を聞いてウソップはまずい!と考えた。これは言うなればそういう展開でそういう事が起こる前兆。
ルフィは『すごい』の意味を履き違えてる感があるが……
ウタの青色のワンピースの下に来てる水着、間違いなくナミやロビンの着てた水着以上の代物だろう。
よし、ここは男ウソップ……船長夫婦のそういう場面は覗かず反対方向へ向かうかと歩き出した、その時。
「ああもう、変な夢見たせいで目が冴えちゃったぁ」
向こうからミライが歩いてきたではないか。見聞色でいち早く察知したウソップは彼女の進行方向を確認して冷や汗をかく。
(まずい!!このままじゃルフィ達の夜の新時代をバッチシ見ちまうんじゃねぇか!?実の親のそういう現場は正直嫌だろう!?
ミライはまだ13歳だぞ!どうする!?!?)
一人あわわと冷や汗をかいて考える。何とかこの思春期特攻ダメージを回避する方法はと悩んだ時、足元に何かぶつかる。
(……コナッシュ?)
穴の空いたコナッシュ。きっと昼間マストとライトがコニスに開けて貰って飲んでたモノだろう……。
その時、ウソップは閃いた。
コナッシュを持って、狙いをつける。
「初空島の時の仕返しだ!おらぁ!!!」
それをルフィ目がけて全力投球!そう言えばルフィが初めてコナッシュを手にした時ウソップの頭にぶつけたこともあったなと先ほど思い出したらしい。
「ぶべぇ!?」
狙撃手の狙い通りルフィの頭を横から強襲する鉄のように固いフルーツ……正直ゴム人間じゃなかった怪我してたかもしれない。
「!?!?」
いきなり頭にぶつかってきたコナッシュに混乱するルフィと、すぐさま脱ぎそうになったワンピースを着なおして顔を赤くするウタ。
誰かいるのか!?と飛んできた方向を見ればガッツポーズを決めたウソップを目にしてルフィはやったなーと仕返しとばかりに違うフルーツ(ヤシの実)を手にする。
ここは同い年の男だからそういうテンションになるのだろうか、ウタはそういう雰囲気にはならないなと諦め二人の男がし始めた空島フルーツ合戦を観戦することにした。
「…………元気だなー」
と、遠くでパパとウソップさんが遊んでるのを見たミライは邪魔をしないようにと砂浜とは違う方向へ歩き出して、夜の散歩を続行。
……ミライよ、ウソップのフォローに感謝すると良い。彼のおかげであなたの心労は一つ減ったのだから……
]
③良い子は真似しないでください
マストはトーンダイアルを使ったアラームで起床した……と言っても未だ星が輝く深夜の時間である。
今宵は前から考えてた計画を行動に移す時だ。部屋の中で一緒に寝てるライトを起こして準備をする。
「マストにぃ、なにー?」
未だ寝ぼけた顔で兄の突然の行動に首を傾げる弟。
「ライト!今から黄金を捕りに行くぞ!」
「え???」
話は空島行く前に遡る。
パパの仲間達の雑談を聞いてる時だ、空島ではこういうことがあった、こんな事件があった、懐かしい話に花が咲いてる時。
ナミがいきなりため息を吐いた。
「本当、あの時は惜しかったわ……」
「お前まだ悔やむのかよ」
ウソップが呆れて言うが、ナミの金欲から考えれば仕方ないかもしれないこと。
実は数年前、ロビンから聞いた話だが空島の人達から『黄金の柱』を受け取れる算段がついてたらしいのだ。
あの黄金の鐘の脇に聳えてた柱。重量も相当な物でありベリーにすればいくらになるかわかったものではない。そんな垂涎のプレゼントを知らなかったとはいえ見す見す見逃してしまったのだ。
金はあればあるだけ良しとするナミも思い出して悔やんでしまう。
「まぁあの蛇のお腹の黄金だけでも良しとしたいけど……あぁぁもーう」
うう、とお茶を飲んでこのモヤモヤ毎飲み干そうとした。
「蛇のお腹?」
そこで話を聞いてたマストが何のことだと父親に聞いてみれば、なんでも家よりもでっかい大蛇のお腹の中に黄金があったらしい。
物色して無事手に入れた話を聞いてマストは顔を明るくする。
これはやってみたい事が増えたぞと。
「森とかジャングルは冒険したことあるけど、蛇の腹の中はまだだろ。だから俺達で入ってついで黄金も取ってこよう!」
「え、ええええ!?」
何とも破天荒な兄の計画にライトはまじろぐ、いや確かに楽しそうかもしれないけど……絶対怒られるよと兄を止めようとするが
「なんだお前?怖いのか?良いぞ、おれ一人で行っても」
「…………」
そう言われればこちらも立ち向かわなきゃと小さなプライドが出てくる。男兄弟あるあるだが兄の挑発は弟には効く、逆もまた然り。
「ぼ、ぼくの方がたくさん宝を取ってくるもん!」
「お!言ったな!よしそれじゃ行くぞ!」
場所は遊園地で遊んで貰った蛇の場所。大きいから直ぐに見つけられた……今はスヤスヤと大口を開けて眠っている。
長靴に冒険用の服に着替えた二人は大きめの袋を持っていざ冒険の地へと興奮と緊張で昂っている。
「マストにい、怖くないの?」
「へ!これぐらい何ともねぇよ!…………父ちゃん達が入ったんだ!おれ達にも出来るさ!」
怖いという気持ちを隠せずに兄に疑問の口を開けば、兄は強張った表情で意地を張る。親譲りの負けず嫌いは強いのかマストは父親が出来たことに自分が挑戦しないのが嫌らしい。
昼間遊んで貰った友好的な蛇でも、近くで見れば巨大な爬虫類。海王類かと思われる程のでかさだ……10にも満たない子供からしたら怖くない筈もない。
だがモンキー・D家の男はその恐怖より興味を優先する傾向にある。
「「……いざ!トレジャーハント!!」」
生唾を飲んで覚悟を決め、大蛇の口へと兄弟は足を踏み入れようとした──が
「止めんかぁ!!」
ゴンゴン!!と二人の頭に拳骨の音が響いた……。
「いってぇ!!何すんだ姉ちゃん!!」
「た、タンコブ……できた……」
頭を抑えながら突然の制裁に意を唱える長男と蹲る次男。
「こっちの台詞だ!あんた達なにやってんの!?バカなの!?ああ、マストあんたはバカだったね!!」
夜の散歩から帰って見れば弟達がおらず、嫌な予感がして見聞色を使って探せば何やら無謀なことをしようとしてる真っただ中。
姉としては鉄拳を繰り出してでも止めねばと思ったのだ。
「なんだよバカは余計だ!父ちゃん達だって蛇の腹の中から取って来たんだぞ!おれにだって!」
「パパだから出来たことなの!それに、子供のあんたじゃ危ないのよ!ほら見なさいノラの口元!」
そう言ってミライが指さした方向を見ればノラの口元……細かく言えば牙の先、何やら濃密な液が垂れて……
ジュワァと石畳が溶ける音が響いた。
それを見てマストとライトは顔を青くする。
「ね?いくらノラが大人しいと言っても身体の構造的に危険がいっぱいあるの」
毒蛇特有の牙先からの毒液の惨状を見て、きっと喉の中や胃液も十分溶解力のあるものだろうと察しがつく。
まったく本当向こう見ずな冒険が好きなんだから、と腕を組んで顔をしかめたミライの説教に、ライトは真面目に受け取って頭を下げる。
しかしマストはあまり納得してない……最近出てきた性分なのだがルフィのしてきた冒険や行動を自分も真似したいという気持ちが強くなってきた。
だからミライの説教も理屈はわかれど、あまり諦めきれない……説教にも飽きてきたのか、つい魔が差した。
「良い?今はぐっすりだけど、もしノラが違和感を感じて暴れたり、口を閉じてどこかに行ったりしたら大変でしょ?」
「この気性の良い蛇が?」
「あのねぇ、気性が良くてもずっと良いとは限らないの。何が起こるかわからないんだから」
『この気性の良い蛇が?』
「だから、深夜に起こされたら蛇だって苛立つものでしょ。わかったらとっとと帰って」
『この気性の良い蛇が?』
「マスト、あんた遊んで貰ったからってどんだけノラを……」
「トーンダイアルでしたー♪」
てってれーとドッキリでもないが悪戯心を出してダイアルを見せて長女をおちょくる長男……
その時、ライトは『あ、マストにぃやっちゃった……』と呆れと驚きが混ざった表情である。
そしてミライの方を見ると……
「…………」
ライトは目を伏せる。ミライねぇはかなりご立腹、いやもうこれはキレてる。後ろに鬼の顔をした何かが見えた。
ミライはふぅと息を吐いて目を細めた……。それもそうだろう、弟のためにと真剣に怒ってる時にこんなおちょくりをされれば怒りも沸点に到達する。
「久々に姉の怖さ、わからせとくか……」
手首を回して指を鳴らす。その時、マストの顔は今日一番の恐怖の顔……後悔したって遅かった。
「ね、姉ちゃ──」
「言い訳無用」
夜の空島にマストの悲鳴が上がる。
後日ライトは語る。『兄のタンコブが10段になった』と