モンキー・D・ルフィ 15歳の絶望 ④

モンキー・D・ルフィ 15歳の絶望 ④

ヱ四


 様々な人に様々な正義像を聞いたルフィだったが、従軍の日々の中にあってもなかなか自分の正義を見つけられずにいた。

 「祖父のように、かっこいい海兵になりたい」それが彼の最初の目標だった。おっかなくとも優しい祖父は、両親のいないルフィに目いっぱいの愛を注いで育ててくれた。虐待じみた教育に転びかけたときも『お鶴のおばあちゃん』が止めてくれて、幸せに暮らしていた。素直で染まりやすい性格だったルフィにとって祖父ガープは正しく『英雄(ヒーロー)』だった。だから祖父のようになりたかった。仕事でいつも一緒にはいられない祖父だったから、自分も祖父と同じ場所に行きたかった。海兵になりたい理由はそれだけで、仕事に疑問もなかった。

 だが、同期たちとの交流を経たルフィは、『自分の正義』とはなにかという疑問にぶつかった。海兵たらんとする理由が他人に依存するルフィでは、「守るもの」というのがよくわからなかった。強くなれば褒めてもらえた。海賊を捕らえれば褒めてもらえた。…それが理由にならないなら、自分はなんのために『正義』を背負っているんだろうか?


 迷い悩むルフィだったが、その内心とは裏腹に彼の功績と名声は着々と積み上がっていった。その血筋、才能は間違いなく海軍史上最高峰。ルフィは13歳半ばにして、『六式』『覇気』『生命帰還』といった高等技術を完全に習得し、並み居る海賊たちを次々と討ち取っていった。

 四肢と背中、特に肩から背筋に過密させた武装色を青く輝かせ、強化した拳を連打する。

六式で船から船へと『跳び』回りながらの超高機動、超乱打戦。背中から蒼い燐光を立ち昇らせながら、戦場を蹂躙するその姿。いつしか『蒼翼』という忌み名を着けられたルフィの武勇は、彼が14になる頃には海軍史上最年少の本部将校という肩書きと共に、『偉大なる航路』に轟いていた。


「…で、そのエリート様がオレみたいな下士官になんのようだ、ルフィ少佐」

「…おめぇだって充分エリートじゃねぇかスモーカー少尉」

 

 海軍本部の食堂の奥、同期4人でよく座る「いつもの席」に、ルフィとスモーカーは顔を突き合わせて座っていた。最近は各々が階級を上げて、合同で動くことも少なくなっていたが、それでも時折こうして集まって交流をする程度に彼らは親しかった。


「ほら、二月くらい前によ、自分の正義はなにかって話をしたの覚えてるか?」

「……ああ、アレか。なんだ、もう見つけたのか」

「そう簡単じゃねえよ、分かってるだろ。…色々聞いてみたけどな。やっぱ『守るもの』ってのが大事なんだと思うんだ、おれは」

「『守るもの』か。まあソレが定まってるのとそうじゃねえのはだいぶ違うだろうな」

「そうなんだよ。やっぱおれもソレがないのが問題なんだよな…」


(こいつがこんな長い間迷うほどのことだったとはな)

 しょげたような顔でカチャカチャとフォークを動かすルフィを眺めながら、スモーカーは考える。今何気なくルフィが行っている食事の作法も、入隊直後のマナーの悪さを見かねたヒナが教えこんで3日でマスターしたものだ。彼は基本的に天才肌で、飲み込みが異常に早いということを、軍学校の頃からの同期であるスモーカーは知っていた。悩まず、即断即決が常だった7つ下の少年が、こうも懊悩した様子を見せるのは初めてではなかろうか。


「『市民を守る』じゃダメなのか。お前この間人質にされた島民を島ごと救ったとかで表彰されてたじゃねえか」

「いやそりゃ守るぞ。そのために命もかけるさ。でも…」

 それはおれが海兵だからだ。とルフィは独りごちる。守りたいから守っているわけじゃないと、いっそ恥じるような顔でつぶやくのをみて、スモーカーはガシガシと頭を搔いて言った。

「いや、あのな。そりゃ誰もが義務感で戦ってるわけじゃねえがな。同じくらいに私情で任務につくやつもいるだろうよ」

「でもおれ、じいちゃんみてぇな立派な海兵に…」

「バカ野郎。おまえの言う立派の定義はなんだ。聞いた限りじゃおまえの『じいちゃん』が品方公正な海兵て風には思えねえけどな」

 功績はともかくとしてだが。と付け足して言葉を続ける。

「原点を思い出せよ。お前はなんで爺さんみたいになりたかった?お前はモンキー・D・ガープのどんな姿に憧れた?それがわからねえんじゃお前の言う『立派な海兵』も、『自分の正義』もわからねままだろうが」

「原点、か…」

 一息ついたスモーカーは、胸の内を探るように目を閉じたルフィをみて随分らしくない事を言った、と猛烈に後悔していた。自分が他人に、それも友人とはいえ上官に向かって説教をできた義理ではない。しかし自分の発言が元になって目の前の少年を悩ませているのは事実である以上、ある程度面倒を見る必要があるだろう。


 顔を上げたルフィは少しでも参考がほしい、とスモーカーを頼ることにした。

「…じゃあよ、ケムリンの原点は何なんだよ。なんでケムリンは海兵になろうと思ったんだ?」

「オレか、オレは…」

 ルフィの問いかけにスモーカーは何故か顔色を悪くすると、キョロキョロと辺りを見回した。

「…いいか、オレが原因の話だからお前には教えてやるけどな、今から言うこと誰にも言うんじゃねえぞ。特にヒナとドレークにはだ」

 苦々しいという感情をありありと顔に浮かべながら他言無用と釘を刺した。おおかた自分のオリジンを語ってみせた場合のヒナとドレークの反応を想像したのだろう。

 再び周りを見回したスモーカーは、聞き耳を立てるものがいないことを確認して口を開いた。

「オレの原点、海兵を志すきっかけになった人は、一般の海兵だ。オレも名前は知らねえ。当時ガキだったオレの住んでいた街を海賊が襲った。そしてその海賊は順当に鎮圧されて街は助かった。で、そのときにオレとオレの家族を助けてくれた。話にすりゃそんだけだ。…だがな、あの人は、おふくろを守って戦ってくれた海兵の背中は大きかった。オレァあのとき、『安心』したんだ。市民を、オレたちを守ったあのデケぇ背中に憧れた。あんなふうに、弱いやつを安心させてやれる人間になりたかった」

 だから海兵になった。そう締めたスモーカーは真っ直ぐにルフィの目を見た。スモーカーの最も根源的なオリジンを、誰かに晒したのは初めてだった。

「なあルフィ。お前は義務で市民を守ったと言ったな」

「…おう」

「それでいいんだ。他に何がいる。この世で一番弱いやつが安心して暮らせる場所があるなら、海兵がそれ以上を求める必要はねえはずだ」

「そうだな」

「だからおれの目的は「海賊の根絶」。それを通り過ぎた先の「海兵が暇を持て余す世界」がほしい」

「…海兵が暇を持て余す世界…」

「受け入りだけどな」

 神妙に話を聞くルフィの頭をぐしゃぐしゃとなでて、スモーカーは口の端を吊り上げた。

「何すんだよ、おれもう子供じゃねえぞ」

「言ってる内はガキだよ、お前は。そんでガキでも、市民を守り通したお前はオレたち同期の誇りで、『立派な海兵』だ」

 だからお前も誇れよ。と最後にこぼして、スモーカーは席を立った。

「うん。…ありがとうなケムリン」

「…だからケムリンはやめろつってんだろうが!素直にしろやこういうときぐらい!」

「シシシ!断る!ケムリンはケムリンだ!相談に乗ってくれてありがとな!」

 騒ぐルフィの顔にもう憂いはなかった。どうやらこの騒がしい同期の悩みを解決する一助にはなれたらしい。…本当に慣れないことをしてしまった、とスモーカーはため息を吐き、今日は奢りにしといてやると言って席を後にした。立ち去る背中は兄貴分の風格だったと、その場を目撃していた海兵はのちに語ったという。


 後日、食堂から届いた請求書の額にスモーカーが悲鳴を上げることになるが、それはまた別の話。





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