モンキー・D・ルフィ 15歳の絶望 ③

モンキー・D・ルフィ 15歳の絶望 ③

ヱ四


 元帥から特別に便宜を図ってもらったルフィは沢山の先輩海兵、それも中将以上のベテランたちに話を聞ける機会に恵まれていた。


『ゼファー特別教官』の場合

「おれの正義?…生意気にいいこと聞くじゃねえか。おれがかつて掲げた正義は『守る正義』だ。シンプルだろ?自分の大切なモノ、家族、部下、故郷。それらを死んでも守る。そのために悪党を蹴散らすのがおれの正義だった。…「それは簡単じゃない」って?よくわかってんじゃねえか。そのとおり、そいつは簡単な話じゃねえ。ひたすらに続く茨の道だ。手を伸ばせば伸ばすだけ、取りこぼしちゃならねえもんが増える。その果てに、最初に手に入れたものをいつの間にか取りこぼしちまう。そんなのもざらにある話だ。…そんな顔すんな、おれはお前みてえな小僧に心配されるほどやわじゃねえさ。…そう、簡単じゃねえ。だが楽に逃げることも許されねえ。なぜならそれは、一度己に刻んだ誓いだからだ。いちど正義を誓った以上は、たとえソレがどんなに荒唐無稽な夢物語でも、軽々に取り下げることはあってはならねえ。…だからな坊主。せいぜい悩め。おまえの正義は、譲れねえもんはなんなのか、悩んで悩んで悩み抜いて、その果てに答えが出たらソレに従え。ソレが唯一、航海のない、『お前の正義だ』。…泣くなよ、おれの話でお前が先に進めるならこれ以上はねえよ。…礼なんざいらねえ、いや、そうだな、じゃあ一つ頼まれてくれや。お前がもしもおれの正義に共感してくれたならよ、いつの日かお前が休めるようになったときに、今のおれの正義を思い出してやってくれ。この『教え導く正義』を。…おう、約束だ。頑張んな、ルフィ。」 


『大将黄猿の場合』

「オー、書類ありがとうねえ。聞いてるよ少年。正義について聞きたいんだってねぇ。この書類片付けながらでいいなら答えるよぉ。…そうだねえ何から話そうか、わっしが掲げる正義は『どっちつかずの正義』と言うんだけどねえ。意味、わかるかい?…まあそうだろうねぇ。クザンとサカズキの正義はもう聞いたかい?まだ?じゃあそっちを聞いてからでもいいと思うけどねぇ。…わっしらは三大将なんて呼ばれてるだろう?同時期に大将が三人輩出されるというのは珍しくてねぇ。わっしは他の二人の行き過ぎたところ至らないところのフォローがほとんどだからこんな正義を掲げとるんだよ。あんまり君の聞きたいものの参考にはならないかもねぇ。…確かに主体性のない正義に聞こえるかもしれんねぇ。けどね少年。世の中の海兵がみぃんな自分の正義を掲げられるわけじゃあねぇんだ。少年みたいに迷っている若手も、他の正義に心酔する兵も多くいるんだよぉ?ソレを迎合だと笑うことは誰にもできないからねぇ、そういう連中をまとめるのもわっしの正義の範疇なのさ。…「つまり団結する正義ってことか」ってぇ?簡潔だねぇ。君みたいに世の中真っ直ぐに見れる連中ばっかりなら良かったのにねぇ…。…おや?もういいのかい?「書類が忙しそうだから邪魔すると悪い」?…お前さんホントにいい子だねぇ」


『大将青雉の場合』

「ほい、書類ありがとな。…で、お前さんが噂の天才新兵か。ガープさんの孫とかいう。…?「忙しいなら出直す」って?いや構わねえよ。新兵と話する時間くらい取れるさ。…おお礼儀正しいのな、…お前さんホントにあの人の孫か?よく言われるってか。まああれだそんな堅苦しい話し方じゃなくていいぜここでは。…「おっさん」てお前、おれぁまだ三十路だ、おっさんなんて言われるトシじゃねえよ。呼ぶならお兄さんと呼びなさいよ。「分かった!クザンの兄ちゃん!」…ホントに呼ぶのか、素直だねぇ…。…あー、で、なんだったか、あー、なんの話ししてたんだっけか?「兄ちゃんの『正義』を教えてくれよ」あーそれだ。掲げる正義の話だったな。おれが掲げてんのは『だらけきった正義』つって…おいおいまちなって。ふざけてねえさ。ふざけた名前なのは承知してるがね。…まああれだ、手を抜きましょうってわけじゃねえんだぜ?だらけるっつのは言い換えりゃ肩の力を抜くってこった。肩肘はって正義正義、悪を撲滅撲滅って四六時中気ぃ張ってりゃあ誰でも擦り切れらぁな。おれはソレが気に食わねえわけ。行き過ぎた正義はいつか守るべきものにまで牙を向いちまう。そうさせねえのがおれの正義と覚えて帰りな。…なんだその顔。「思ってたより真面目な答えが返ってきて驚いた」ってか?…ま、字面がよくねえのは分かってらあな。一部の将校連中から嫌われてんのも含めてな。でもよ、覚えときなルフィ。世の中なんでも丸く収まるわけじゃねえんだ。それは海軍の団結であっても同じだ。行き過ぎたやつがいるなら誰かが止めてやらなきゃならねえ。立ち止まるやつがいるなら誰かが発破をかけてやらなきゃならねえ。そういう意味で今の海軍を二分する構造は結構都合がいいのさ。それはサカズキもわかっててやってる部分だな。…「ホントはサカズキ大将と仲がいいのか」って?…いや、悪いとは言わねえけどよ。……ああもうこのへんでいいか?ったくらしくねえことしちまったぜ。ほら帰った帰った。おれぁ疲れたから寝る。『ダラケきった正義』にもとってな。…ああ嘘だ。よく分かったな。ダルいから寝んのさ。後の仕事は、適当に部下に任せよう…。…なに?「じいちゃんみたいなことしてる」って?フハッ、ありがとよ。そいつぁ褒めことばだ」


『大将赤犬の場合』

「む、ご苦労じゃったな、軍曹。下がってええぞ。…何、手伝いじゃあ?…ああ、元帥の言っちょった…、ならお前、そことそこの書類を捌いちょれ。話なら聞いちゃるき、ちょっと待て。…それで、何が聞きたいんじゃ。「正義について」?海軍で海賊を滅すること以外の、個人が掲げる正義についてか。ええか、わしが掲げちょるのは『徹底的な正義』じゃ。悪を、特に海賊じゃな。奴らを根絶やしにする。悪が生まれる『可能性』から摘み取る。そのために徹底的に、強靭な『絶対正義』を執行する。それがわしの正義じゃ。…わからんか。精進せえよ。…ほんじゃのう軍曹、おまえは何を守りたい?もう海賊と戦ったこともあるじゃろ。あの悪鬼共、奪うしか能のないゴミどもにお前が襲われるとして、お前は何を奪われたくない?…『全部』か。そうじゃのう、そのとおりじゃ。あやつらにやるもんなぞ一片もない。じゃったら何一つ渡さん言うのが正しいのお…。じゃが、お前も、わしも、手を伸ばせる距離には限りがある。全部を奴らから守るっちゅうのは到底無理じゃ。じゃからわしの正義は『徹底的な正義」なんじゃ。手を伸ばさずともハナから脅かされることがない世界、悪亡き世界の実現がわしの理想じゃ。…なんじゃと?「おれも同じ正義を掲げるべきか」じゃと?阿呆かお前は。わしら海兵は皆同じ正義を掲げとる。個人の掲げる正義まで同じにしたら守れるものが増えんじゃろうが。…まあボルサリーノの迎合主義もあれはあれでつかいみちはあるがのう。じゃが今の海軍はわしとクザンの綱引きで大方まとまっちょる。これ以上どっちにも偏りはいらんき、お前が気兼ねする必要なぞ無いんじゃ。…むしろ軍曹、お前はおまえの正義を見つけえ。そしてその正義で、他の海兵を引っ張る側に回るんじゃ。お前の才気ならそれができるはずじゃ。お前ほどのもんが誰かの正義に寄りかかるなど、そんな腑抜けは許さんぞ。…おう、それでええ。さて、仕事も終わりじゃ。御苦労じゃたのう、軍曹」




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