モンキー・D・ルフィ 15歳の絶望 ①

モンキー・D・ルフィ 15歳の絶望 ①

ヱ四


「お前はいずれ世界最強の海兵になるんじゃ!」

 小さな頃から、祖父に憧れていた。

「君のお祖父様は偉大な海兵なのです。きみもいずれ英雄と呼ばれうる海兵になれるよう頑張るのですよ」

 小さな頃から、祖父は彼の誇りだった。

「この歳で何という覇気か、流石は英雄の孫と言ったところか」

「六式をこうも容易く…!これが英雄の血筋か」

 小さな頃から、彼の評価には常に祖父がつきまとっていた。

 悔しくはなかった。彼は元来素直な性格で、おっかなくとも大好きな、憧れの祖父を引き合いに出して褒められることは嫌ではなかった。だから、幼少の頃から少しずつ訓練を重ねて、晴れて海軍に入隊した頃には「祖父のようになること」が彼の目標になっていた。


「爺さんみてえになりてえだぁ…?」

「おう、おれはじいちゃんみてえなスゲえ海兵になりてえんだ!」

 入隊してからしばらくした頃だった。当時弱冠13歳で海軍に入隊したルフィは順当に功績を上げ、その年では異例の軍曹の地位についていた。彼は部下を持つようになり、当時最も気心のしれた部下にして同期たちを連れて食堂を訪れていた。

「おまえの爺さんつったら確か…」

「『英雄』ガープ。世界でも有数のビッグネームだな」

「へえ、随分と高い目標を立ててるのね。ヒナ関心」

 四人組はテーブルを囲みながら食事を取っていた。話題は「海軍における目標、やりたいことはなにか」だった。

「ああ、彼ほどの英雄を目標に上げるとはな。見上げた根性だ」

「ししし、ありがとなドレ男」

「ドレ男はやめてくれ、トレモみたいで嫌だ」

 ケラケラと笑うルフィの横では、大柄の青年が食事の手を止めて難しい顔をしていた。

「…あら、どうしたのスモーカーくん」

「…いや、ただ、ずいぶんもったいねえこと考えるんだなと思ってな」

 とたん食悪の時間が凍りついた。いな、実際に凍りついたように止まっているのはヒナとドレークだけで、ルフィは平然と食事を続けていたが。

「モグモグ、んっ、ぷはぁ。もったいねえってどういうことだよ、ケムリン」

「ケムリン言うな。いやな、おまえのあこがれを否定するわけじゃねえが、おまえにしちゃずいぶん小さくまとまった夢だと思っただけだ」

 ムッ、と今度はルフィが顔をしかめる。

「じいちゃんは小さくねえぞ、ケムリン」

「だから、別にけなすわけじゃねえ。ちゃんと聞け。…あのなおまえの実力は大佐まで含めても現状若手トップだろうよ。最近明かされた覇気だか六式だか言う高等秘匿技術もお前はもう会得してるって話だろ?」

「おう、バッチリだぞ。5歳の頃からみっちりしごかれたからな」

「そいつはイかれた話だとは思うがな、つまりはおまえの才能と熱意なら上に上がるのは簡単なわけだ。なのにその目標が爺さんみてえになるってのは、まあ、なんかすぐに終わりそうだなと思ったわけだ」

 平然と海軍の英雄を軽く見るかのような会話(一方的)に、隣で聞いているふたりは冷や汗をかき始めていた。

「おいスモーカー、流石に失礼だろう」

「そうよ、言いたいことはわかるけどもう少し歯に衣を着せてちょうだい。ヒナ辟易」

「だが言いたいことはわかるんだろう?」

 スモーカーは平然とこたえた。

「ん〜?」

 ルフィはといえば頭をかしげて、スモーカーの発言を噛み砕こうとしているようだった。

「どうした」

「いやよ、ケムリンがじいちゃんのことバカにしてるわけじゃねえのは見聞色でわかるんだけどよ「サトリかてめえは」いまいち言ってることがわかんねえんだよな…」

 ついで食事を終えたスモーカーは一息つくとこういった。

「なら視点を変えてみろ。おまえはどうして爺さんみてえになりてえんだ」

「どうして…?」

 またしても首をかしげるルフィ。なぜそんなことを聞かれているのかわからないという顔で、それでも一応答えようとしている。

「なんでっつってもなあ…じいちゃんがスゲえから…?」

「また随分と曖昧ね」

「ああ、スモーカーの言いたいことがちょっとわかってきた」

 ようやく会話の行末がわかりそうな運びになったことに内心で胸をなでおろしながら、ヒナたちも会話を継いだ。

「つまりはだ、ルフィ、おまえは『英雄』と呼ばれる海兵になれたとして、その力で何がしたい?その影響力、武力でなにを成し遂げたいんだ?」

 スモーカーの質問はつまり、ルフィの根本への問いかけだった。力をつけて何がしたいのか。その動機は、つまるところ、

「お前の正義はどこにあるんだ?」

 ルフィは答えられなかった。

「そんなこと、考えたこともなかったなぁ…」

「それがないってのが、おれがもったいねえと思ったところだ。

 てめえはまだガキだし、誰に迷惑がかかるわけでもねえ。ちょっと考えてみてもいいんじゃねえか」

 そう閉めるのを隣で聞いていたヒナは、面白そうに口を開くと、スモーカーに水を向けた。

「御高説ね。それじゃあスモーカーくん、あなたの正義は何なのかしら?もう決まっているなら、ヒナ興味津々」

「ああ、オレも聞きたいなスモーカー」

「…別に大したもんじゃねえよ。オレの正義は海賊の根絶だ」

 スモーカーの口から出たありきたりな、海兵の第一原義でしか無い言葉にヒナは一瞬つまらなそうにしたが、まだなにか言いたげな彼をみて続きを促した。

「その果てに、このクソッタレな時代を終わらせる。大海賊時代に終止符を撃つ。それがオレの正義だ」

「へえ」

「ほう」

「…なんだそのツラは」

 面白そうに声を漏らす二人をスモーカーが睨みつけた。

「いえ?別に?」

「お前がその顔で夢想じみたことを真顔で言い切るのが面白かった」

「素直ねドレークくん!?」

「よくわかったテメエら歯ぁ食いしばれ」

 にわかに騒がしくなる三人。それをよそに、スモーカーの言葉を聞いていたルフィはまだ頭を捻っていた。

「おれの正義なあ…?」






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