モモイのミスでした。

モモイのミスでした。


穏やかな日が差すシャーレの執務室。

先生も不在なため、静寂に包まれていた。

しかしその静寂は一人の小さな生徒によって破られる。


「時間は…うわぁヤバい!遅刻するぅぅ!!」


シャーレの扉を勢い良く開け放った生徒は才葉モモイ。

ミレニアム学園ゲーム開発部に所属する彼女は、妹のミドリと比べると抜けている所がある。

その抜けている所が遺憾無く発揮された結果が、今の彼女の焦りを招いていた。


「台本、台本…あっ!あった!」


先生のデスクを乱雑に開け、分厚い茶封筒を取り出す。

今日は彼女達が作成しているゲームの音声収録日だ。

しかもキャストとして呼んでいるのはトリニティ総合学園の生徒会長ら三人。

遅刻なんてしたら下手をすると榴弾を叩きこまれかねない。


出演してもらう作品の名は『アンハッピー・シュガーライフ』。

自らも巻き込まれたあの大事件を、その当事者達に出演してもらうことで薬物の恐ろしさを生徒たちに教育することを目的としたゲームだ。

最初の依頼は「こんなことがあったので、薬物はダメ!死刑!」くらいの温度感だった。

だが、ゲーム開発部の一員である彼女としては「教育BD見てるだけみたいなのはゲームじゃない!」という思いがあった。

これには他の部員も同調し、セミナーには内緒でルート分岐、ユズ監修のゲーム性、Modを作成・追加可能な拡張性を持たせたのだ。

するとこれがキヴォトス全土で大ヒット。収益の40%をミレニアムに還元したことでユウカは泣いて喜び、部としての予算にも余裕ができた。

その後も好評は続き、アップデートやDLCを望む声が後を絶たなかった。

これにはセミナーとしても更なる収益が見込めるとゴーサインが出たため、現在も製作は続けられている。

結果としてゲーム開発部の作業量は爆増。最近ではヴェリタスとエンジニア部共同製作のスパコンに√分岐とシナリオの叩き台生成を任せている。


「今から全力で走れば…ギリ間に合う!うおぉぉぉ!」


モモイは扉や引き出しなどは開けっ放しのまま全力疾走でシャーレを去る。

本来持っていくはずだった、当番生徒用作業デスク上の茶封筒を置き去りにして。


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「はぁ…はぁ…間に合ったー!」


モモイは何とか時間通りに収録を行うスタジオに到着していた。

そして、まだキャストのいない二つの控室に先ほどシャーレから持ってきた茶封筒を叩きつけるかの様に置く。


「ふぅ…これでヨシ!次は機材の準備だ、急げー!」


またも急いで去っていくモモイ。

その数分後、入れ違いで控室にキャストの生徒達が入ってくる。


「はあ…なんか私損な役回りばっかりな気がする…」


「そう悲観することはないだろうミカ。君の評判はこのゲームのおかげで右肩上がりだろうに。」


「そうですよミカさん。最近ではティーパーティーに復帰させるか検討されるほどなんですから。」

「いつも通り原稿がこちらにありますね。さ、ミカさんも目を通してください。」


「うぅ…はーい…」


また別室にも、キャストが入室していた。


「うへ~、今日も収録かぁ~…おじさんの老体に鞭打たないで欲しいな~」


「諦めなさい。私たちはこうしてまともな仕事に従事出来てることに感謝すべき立場よ。」


「そうですねぇ…でも気持ちはわかります。私なんてこないだは砂になって消えましたし…」

「あ、今回の台本ですね。少しはマシな内容だと良いのですが…」


そしてモモイが置いて行った台本をキャスト達が開く。

先生がこれはダメだと判断し、制限解除版にのみ実装を検討していた台本を。


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“あー…しんどい…。”


ゲッソリとした顔でスタジオに現れた先生。

つい先ほどまでは百鬼夜行の自治区に居たのだが、エンジニア部作成の超音速グライダーを使用して何とか十分程度の遅刻で済ませていた。

ちなみに先生の身体強度ではアロナによる防御が無いと初速でミンチになること間違いなしである。


“ん?なんだか騒がしいな…?”


何かが壊れる音やら大声がスタジオから聞こえてくる。

恐る恐る扉を開けた先にはミカに片手で頭を鷲掴みにされたモモイがいた。


「ぎいあああああああ!!!」

「割れる!頭がクルミみたいに割れるうううう!!!」


「喋れるってことはまだ余裕があるじゃんね☆」


「あっ先生!へーるぷ!へるぷみぃぃぃ!!!」


“おおう…これは一体…?”


先生に気づいたモモイが助けを求める。

目だけを動かして周りを見渡すと居合わせたメンツはそれぞれ異なる反応を示していた。

まずはゲーム開発部の面々。

大きなため息を吐くユズ。

ミカを応援するミドリ。

シャドーボクシングをしているアリス。

次に元カルテルトリオ。

台本を読む姿勢のまま硬直し、真後ろに倒れているハナコ。

膝を抱えて座っているホシノ。

どうしようと狼狽えているヒナ。

そして最後にティーパーティーのミカを除く二人。

自らの翼を抱きしめ、セイアに泣きつくナギサ。

非常に困った顔をしたセイア。

先生は全てを察した。


“モモイ…私の引き出しのものはダメだって…”

“それに昨日、当番用の机の上に置いとくねって言ったよね?”


「え、そうだっけ!?でも普通に引き出し開いたし先生が悪いよー!」


“うーん…流石に今回は擁護できないかな…”

“ミカ、やっていいよ。”


振り向いたミカの顔は笑顔だったが、何本もの青筋が立っていた。


「うん、モモイちゃん…砕くね。」


「ほぎょおおおお!?」


“アリスもやる?”


「はい!アリス、秒間千発でモモイを殴ります!」


「流石にそれはヘイローが砕けるからやめてええええ!?!?!?」

「あががががが頭蓋骨が真っ二つにいいいい!!!!あ゜っ」


その後、モモイの土下座により収録は再開され、無事に終了した。

同じミスで孤独な勇者√を読まされたことのあるアリスは、

モモイに世紀末バスケコンボを決めたという。

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